第12話 足りないだらけ
ないよないよは工夫が足りぬ
次の日の魔術実技は、ちょうど俺が試したかったことと相性がよかった。
授業内容は方向転換と着地。走って、止まって、曲がる。それだけ聞けば単純だけれど、身体強化を使うと話が変わる。脚力を上げれば速く走れる代わりに、止まる時もその分だけ強い力が必要になるし、曲がろうとすれば膝や足首へ普段以上の負担がかかる。
訓練場には一定間隔で低い柱が並べられていた。そこを縫うように走り、最後に指定された場所へ止まる。今日は速度を競う授業ではなく、身体を崩さずに動けるかを見るらしい。
「強化量を上げれば速くなる。それ自体は誰でも分かる」
教官が生徒たちの前を歩きながら説明する。
「だが、速く動いた身体を止めるには、それ以上に技術がいる。特に方向転換では、脚だけ強くしても意味がない。足裏、足首、膝、腰。全部が同じ動きをしないと、自分の力で自分を壊すことになる」
俺は無意識に右腕を見た。
腕の話ではないのに、最近こういう説明を聞くたびに思い出す。
「エルド」
「はい」
「今日は右腕を使うなよ」
「分かってます」
「確認だ」
「最近確認されすぎな気がするんですけど」
「必要なくなればしない」
それもどこかで聞いた。
教官はそのまま他の生徒へ指示を出し始めた。
最初は身体強化なしで走る。
俺も列に並び、前の生徒が終わるのを待った。カイルは少し前の組で、柱の間をかなり速い速度で抜けていく。剣を持っている時より身軽に見える。
最後の柱を越えたところで急停止。
少しだけ靴が滑ったものの、身体は崩れなかった。
「次、エルド」
「はい」
俺の番。
走り出す。
今日は右腕を振りすぎないようにする必要があるので、少し動きにくい。それでも日常生活ではもうほとんど問題がないから、普通に走る程度なら困らなかった。
一つ目の柱。
左へ。
二つ目。
右。
三つ目。
最後に指定位置で止まる。
「問題なし」
教官が記録する。
「次は脚部強化。ただし普段の半分」
「はい」
列の後ろへ戻る。
今度が本番だ。
昨日調べたことを試せる。
「また何かやる顔してる」
後ろからミラに言われた。
「何で分かるんだよ」
「ずっと自分の足見てるから」
「昨日の小指」
「本当にやるんだ」
「やるって言っただろ」
「小指だけ強化するの?」
「最初は足の外側」
「もう小指じゃないね」
「そこは昨日も言われた」
俺が最初にやったのは、本当に右足の小指だけだった。
意味なんてなかった。
できるかどうか気になったからやっただけ。
でも昨日読んだ本では、方向転換の時に足の外側を使って身体を支える動きがあると書かれていた。だったら、そこだけ必要な瞬間に少し強化すれば、全体を強化するより少ない魔力で同じような効果が出るかもしれない。
少なくとも試す価値はある。
「次、グレイス」
「はい」
ミラが走り出した。
強化は控えめ。
それでも俺より明らかに速い。
方向転換も自然で、最後もほとんど滑らず止まった。
「何でそんな普通にできるんだ」
戻ってきたミラに言う。
「授業だから」
「説明になってない」
「普段からやってるし」
「魔法科なのに?」
「身体強化くらい使うよ」
「そうだけど」
魔法科だから魔術を使わない、というわけではない。無詠唱だって魔術の一種だし、魔法使いでも身体強化くらいは覚えている人間が多い。
ミラの場合、そこまで細かくはないけれど、基礎が普通に上手い。
「レン、細かくしすぎて普通のやつ雑になってない?」
「なってない」
「本当に?」
「同学年三位だぞ」
「そこは自信あるんだ」
「ある」
魔法なら言えない。
魔術なら言える。
それくらいはいいと思う。
◇
二回目。
脚へ魔力を流す。
太腿、膝、足首。
いつもの身体強化なら、この辺りをまとめて強くする。
今日は違う。
出力は半分。
さらに、方向を変える瞬間だけ足の外側へ少し多めに流す。
「始め」
走る。
一つ目の柱へ近づく。
左へ曲がる。
右足で地面を押す。
その瞬間だけ、足の外側へ魔力を集めた。
「っ」
身体が思ったより強く左へ動いた。
速い。
けれど、そのまま次の柱へ向かおうとしてバランスが崩れた。
「危なっ」
一歩余計に踏み、何とか転ばずに済む。
二つ目。
今度は右へ。
左足の外側。
強化。
また曲がりすぎる。
「……難しいな」
そのまま最後まで走ったものの、最初より明らかに動きが悪かった。
「エルド」
「はい」
「何をした」
教官に呼ばれる。
「方向転換の時だけ足の外側を強化しました」
「どの程度」
「普段の脚部強化の二割くらい追加で」
「多い」
「二割で?」
「一部分だけならな」
教官が俺の足元を指す。
「全体へ十の力をかけるのと、一点へ十をかけるのは同じではない」
「ああ」
考えてみれば当然だった。
狭い場所だけ強くすれば、その部分だけ地面を押す力が急に上がる。
俺が思っていたより身体全体への影響が大きい。
「もっと減らした方がいいですか?」
「試せ。ただし、先に何を変えたいのか決めろ」
「曲がる時の安定」
「なら速く曲がる必要はないな」
「……そうですね」
俺は知らないうちに、曲がる力そのものを上げようとしていた。
目的は安定させること。
なら必要なのは、強く地面を押すことではない。
「エルドは細かくできるから、細かく強くしようとする癖があるな」
「駄目ですか?」
「駄目とは言っていない」
教官が少し笑う。
「強化しないという選択肢も覚えろ」
それを聞いて、少し止まった。
「強化しない?」
「足の外側が崩れるなら支える。すでに足りているなら何もしない。全部の場所を操作する必要はない」
まただ。
できるからやる。
そこから先。
最近、いろんなところで同じ話にぶつかっている。
「分かりました」
「次は追加を一割以下。違いが出るか確認しろ」
「はい」
列へ戻る。
「怒られた?」
カイルが聞いてきた。
「怒られてない」
「何やった?」
「足の外側だけ強化」
「また変なことしてるな」
「意味あるかもしれない」
「今どうだった?」
「曲がりすぎた」
「じゃあ駄目じゃん」
「今から調整するんだよ」
カイルは少し考えたあと、自分の靴を見る。
「俺もやってみようかな」
「できる?」
「足の外側くらいなら」
「小指は?」
「何で小指までやるんだよ」
「そこから始まったから」
「お前だけだろ」
その通りだった。
◇
三回目は、追加する魔力をかなり減らした。
全体の脚部強化を半分。
方向転換時だけ、足の外側へほんの少し。
今度は力を増すというより、崩れそうになるところを支える意識で流す。
最初の柱。
左。
右足。
地面を踏む。
身体が傾く。
そこで少しだけ強化。
今度は曲がりすぎなかった。
「……これか」
次。
右へ。
左足。
同じように。
さっきより明らかに動きやすい。
最後まで走り、停止位置へ入る。
「今のは悪くない」
教官が言う。
「さっきよりかなり楽でした」
「魔力消費は?」
自分の感覚を確認する。
「少ないです」
「なら記録しておけ」
「はい」
訓練場の端へ移動し、ノートへ書く。
足外側。
追加強化は一割以下。
曲げるためではなく、崩れを支える。
そこまで書いたところで、一度止まった。
小指だけ強化。
最初は何の意味もなかった。
今は少しだけ使い道が見えてきた。
ただ、これなら別に小指単体を強化する必要はない。
足の外側全体でいい。
「……小指、いらないな」
思わず呟く。
「やっと気づいた?」
ミラが横から覗き込む。
「聞こえてた?」
「うん」
「完全にいらないわけじゃない」
「まだ言うんだ」
「一部としては使う」
「普通の身体の話になったね」
「それでいいんだよ」
今ならそう思う。
最初にやったことがそのまま役に立つ必要はない。
小指から始めて、足の使い方が分かった。
なら十分だ。
「先生に言ったら何て言うかな」
「オルフェン先生?」
「ああ」
「『小指にこだわるな』」
「言いそう」
多分そのまま言う。
◇
授業の後半は、着地の訓練だった。
低い台から跳び、指定された範囲へ着地する。最初はただ降りるだけ。次に脚部強化を使って少し高く跳び、同じ位置へ戻る。
方向転換よりこっちの方が難しかった。
着地する瞬間、足首だけを細かく強化してみたら、衝撃が膝へ逃げた。
なら膝も。
そうすると今度は腰。
結局、身体全体で受けた方が楽だった。
「細かくした方が効率いいと思ったんだけどな」
四回目の着地を終えて、俺は訓練場の端へ戻った。
少し離れたところで見ていた教官が言う。
「目的による」
「またそれですか」
「当たり前だからな」
「足首だけだと駄目です?」
「衝撃を一か所で止めるならな」
「じゃあ全部に分ける?」
「そういうことだ」
着地の衝撃は足だけで消えるわけではない。
膝が曲がる。
腰も落ちる。
上半身も動く。
身体全部で少しずつ受ける。
そこを一か所だけ強くしてしまえば、別のところへ負担が移る。
「細かい操作って、こういう時あまり意味ないんですね」
「意味はある」
「どこに?」
「全体へ同じ強さをかけないことだ」
教官が自分の脚を指す。
「足首にはこれだけ。膝にはこれだけ。腰にはこれだけ。細かくできるなら、それぞれ必要な量だけ使える」
「ああ」
「細かいというのは、小さい場所だけ動かすことじゃない。違う場所を違う量で動かせることでもある」
言われてみればそうだ。
俺は細かい操作と聞くと、どんどん小さく分けることばかり考えていた。
十二本。
筋肉単位。
小指。
もっと細かく。
でも、分けた後に全部同じだけ強くしたら意味がない。
「先生」
「何だ」
「それ、最初に言ってくれてもよくないですか」
「授業では何度も言っている」
「……そうでした?」
「お前が細かくする方ばかり聞いていたんだろう」
何も言えなかった。
多分そうだ。
◇
放課後。
予定通り、俺とミラは第四工房へ向かった。
今日は五号試験機の警告機能を作る。
昨日の試験では、先生が測定値を見て「上限」「下限」と声をかけていた。その役割を装置へやらせる。
自動で魔力を戻すのではない。
ずれたことだけ教える。
そこから先は俺が調整する。
「高い音が上限で、低い音が下限?」
ミラが作業台の前に座りながら聞く。
「そのつもり」
「逆じゃ駄目?」
「どっちでもいい」
「なら何で私いるの?」
「聞き分けやすいか確認」
「一人でもできるでしょ」
「俺が聞きやすくても、他の人が分からなかったら困る」
「昨日も言ってたね」
「あと、光も付ける」
小さな表示板を出す。
上限は一つ。
下限は一つ。
異常停止は別。
「色は?」
「上限と下限で変えたい」
「赤と青?」
「分かりやすいな」
「じゃあそれで」
決まるのが早い。
「もっと悩まない?」
「何を?」
「色」
「分かればいいでしょ」
「そうなんだけど」
俺一人でやっていたら、少しでも見やすくするために形や位置まで考え始めていたと思う。
ミラは必要なところだけ決める。
多分こういう違いがあるから、誰かと一緒にやる意味がある。
「音鳴らすよ」
「うん」
最初は高い方。
短い電子音。
「これは分かる」
「次」
低い音。
「これも」
「同時になったら?」
「何で同時になるの?」
「測定器壊れた時とか」
「その時は別の音にしたら?」
「三種類か」
「異常停止は長く鳴らすとか」
「それいいな」
その場で少し配線を変える。
高い短音。
低い短音。
異常時は長い連続音。
さらに表示灯。
「意外と普通だな」
「何が?」
「こういうの作るの」
「普通じゃ駄目?」
「いや」
今までの補助環は、魔力をどう動かすかばかり考えていた。
今日は音と光。
それだけ。
でも安全に使うなら、こういう部分の方が重要なのかもしれない。
「ミラ」
「何?」
「ちょっと離れて」
「どれくらい?」
「工房の端」
「何で?」
「距離あっても聞こえるか確認したい」
「なるほど」
ミラが工房の反対側まで歩いていく。
「鳴らすぞ」
「いいよ」
高音。
「聞こえる!」
低音。
「聞こえる!」
異常音。
「うるさい!」
「聞こえてるな」
「止めて!」
すぐ切る。
戻ってきたミラが少し嫌そうな顔をしていた。
「長すぎ」
「異常だって分かるだろ」
「分かるけど、耳痛い」
「じゃあ音量下げる」
「実験中ずっと近くにいるんでしょ?」
「ああ」
「絶対下げた方がいい」
確かに。
異常が起きた瞬間に耳をやられたら、それはそれで困る。
「警告音で怪我したら笑えないな」
「レンならやりそう」
「俺がやるわけじゃないだろ。装置だよ」
「作ったのレンでしょ」
「……そうだった」
音量を一段下げる。
もう一度。
「これくらいならいい」
「じゃあ決定」
思っていたより早く終わった。
◇
「少しだけ動作確認する?」
ミラが聞いた。
「先生いないから今日は警告部分だけ」
「本当に?」
「ああ」
測定器そのものへは繋がない。
代わりに手動で上限と下限の信号を入れ、それぞれ正しく音と光が出るかを見る。
上限。
高音。
表示灯。
下限。
低音。
別の表示。
異常。
連続音。
全部動いた。
「終わり」
「早いね」
「これ以上やることないからな」
「五号本体は?」
「触らない」
「成長した」
「だからそれやめろ」
工具を片付ける。
そこで、作業台の端に置いていた紙が目に入った。
昨日の《圧弾》の魔法陣。
蓄積と遅延発動まで成功したもの。
「……」
「何?」
ミラが視線を追う。
「やらないよ」
「何も言ってない」
「今、絶対やると思っただろ」
「少し」
「今日は五号だけって決めた」
「なら片付けよ」
魔法陣も鞄へ入れる。
ちょっとだけ名残惜しい。
でも明後日やると決めた。
急ぐ理由はない。
◇
工房を出たあと、俺たちは食堂へ寄った。
夕食には少し早い時間だったので、人はそこまで多くない。俺は飲み物だけ買い、ミラは小さな菓子を一つ取った。
窓際の席へ座る。
「今日の小指どうだった?」
ミラが聞く。
「小指じゃなくなった」
「やっぱり」
「足の外側を少しだけ強化すると、方向転換は安定した」
「使えるじゃん」
「ああ。でも着地は駄目だった」
「何で?」
「一か所だけ強くすると、別の場所に負担行く」
「普通に痛そう」
「痛くなる前にやめた」
「そこは偉い」
「……もう何も言わない」
飲み物を一口飲む。
「でも、今日ちょっと分かった」
「何が?」
「俺、細かくすること自体を魔術の上手さだと思ってたかもしれない」
ミラが菓子を食べながらこちらを見る。
「違うの?」
「違わないけど、それだけじゃない」
言葉を探す。
「小さく分けるだけじゃなくて、それぞれ違う量で動かしたり、使わないところは使わなかったり。そっちも細かさなんだと思う」
「当たり前じゃない?」
「……」
「何?」
「今日それ何回も言われた」
ミラが笑った。
「レンって難しいことできるのに、たまに普通のところ抜けてるよね」
「自分でも最近思う」
十二本に分けられる。
相反する魔力を同時に流せる。
小指だけ強化できる。
でも、強化しないという選択肢を忘れる。
何となく恥ずかしい。
「でもいいんじゃない?」
「何が?」
「今気づいたなら」
「簡単に言うな」
「だってそうでしょ」
ミラはそこまで深く考えていないようだった。
俺だけが勝手に難しくしているのかもしれない。
「五号にも使えるかな」
「今日の話?」
「ああ」
今の五号は、五か所へ魔力を待機させる。
右腕。
左腕。
右脚。
左脚。
体幹。
でも本当に五か所全部必要なのか。
「また減らすの?」
「まだ分からない」
「最初十二だったのに」
「減りすぎだな」
「最後一個になったりして」
「それはない」
言い切ったあと、少し考える。
「……多分」
「自信なくなってる」
「必要なら一個でもいいんだよ」
「じゃあ腕輪じゃなくてもよくなるね」
「それは困る」
「何で?」
「名前が魔術補助環だから」
「そこ?」
ミラが笑う。
確かにそこにこだわる必要もないのかもしれない。
でも、腕輪の形は好きだ。
それくらいは残してもいいだろう。
◇
翌日。
俺は五号の警告機能を持って、オルフェン先生の研究室へ行った。
先生は一通り動作を確認すると、特に褒めることもなく「分かりやすいな」とだけ言った。
「もっと何かないですか?」
「何が」
「昨日作ったんですよ」
「動いている」
「だから」
「ならいいだろう」
そういう人だった。
「今日は人工魔力材へ繋げます?」
「ああ」
「やっと」
「ただし一条件だけだ」
「何です?」
「お前は操作だけ。記録は私がやる」
「ミラ今日いないので」
「分かっている」
魔法科の方で別の授業がある。
「一人で全部やろうとするな」
「もうしませんよ」
「なら始めるぞ」
人工魔力材へ魔力を五十入れる。
五号の端子を接続。
測定器。
警告部。
停止機構。
全部を繋ぐと、机の上はかなり散らかった。
「本当に大きくなったな」
「試験機です」
「便利な言葉だ」
「先生が最初に言ったんですよ」
「そうだったか?」
「覚えててください」
主電源を入れる。
魔力を指定位置へ誘導。
昨日決めた範囲まで寄せる。
そこから待機。
少しずれる。
低い音。
「戻ってる」
出力を少し上げる。
止まる。
しばらく維持。
今度は高い音。
進みすぎ。
下げる。
「……これ、結構いいな」
「操作しながら喋るな」
「余裕あります」
「なら測定値も見るか?」
「喋りません」
警告だけ聞く。
高い。
弱める。
低い。
強める。
何度か繰り返すうちに、だんだん音が鳴る回数が減ってきた。
人工魔力材の状態に合わせて、俺の方が先に調整できるようになってきたからだ。
「一分」
先生が言う。
維持成功。
「二分」
まだ。
「三分」
少し温度上昇。
警告は出ない。
「五分」
「先生」
「何だ」
「そろそろ止めます?」
「お前から言うとは思わなかった」
「温度少し上がってるので」
先生が測定値を見る。
「〇・七度。停止基準には遠い」
「でも今日は維持試験ですよね」
「ああ」
「五分できたなら十分かなと」
先生が少しだけこちらを見る。
「止めろ」
「はい」
電気を切る。
端子を外す。
魔力が少しずつ板全体へ戻っていく。
「どうです?」
「一回目としては問題ない」
「成功?」
「好きに呼べ」
「またそれですか」
「五分維持できた。それが結果だ」
それでいいらしい。
俺は椅子へ座り、少し息を吐いた。
身体を使ったわけではない。
それでも五分間ずっと細かく出力を調整していたせいで、思ったより疲れた。
「先生」
「何だ」
「これ、戦闘中にやるの無理じゃないです?」
「今のままならな」
やっぱり。
「昨日はできると思ったんですけど」
「何回調整した」
「……十回以上」
「そのたびに相手から目を逸らすのか」
「音だけなら逸らさないです」
「頭は使う」
そうだ。
高い。
下げる。
低い。
上げる。
それを考えながら戦う。
バルガスさんの言葉がまた浮かぶ。
一人分の頭で足りるようにしろ。
「また戻ったな」
「何が」
「自動制御」
「完全自動は難しいんですよね」
「だから段階を作れ」
「どういうことです?」
先生が五号の操作部を見る。
「細かく調整する必要があるのは、常にか?」
「今は結構」
「目標範囲を広げたら」
「あ」
そこは考えていなかった。
「正確な一点へ置く必要があるのか?」
「……ないです」
必要な場所の近く。
そこまで運ぶのが目的。
数ミリずれたところで、最後は俺が自分で動かす。
「範囲を広げれば警告減りますね」
「その分、装置側の精度は落ちる」
「でも俺が調整する」
「ああ」
また同じだった。
装置を細かくしすぎる必要はない。
俺が細かくできる。
「俺、五号にも細かさ求めすぎてました?」
「そう見えるな」
「今日の授業でも同じこと言われたんですよ」
「学べ」
「学んでる途中です」
「ならいい」
先生は記録用紙へ何か書き込む。
「次は許容範囲を倍にする。それで操作回数を見る」
「今日やります?」
「やらん」
「まだ一回しか」
「一回やったからだ」
そう言われると思った。
「明日?」
「人工魔力材の状態を確認してから」
「はい」
以前より素直に答えられた。
◇
研究室を出る前、俺は机の上に置かれた五号を振り返った。
最初に考えていたものとは、もうほとんど別物だった。
十二本の魔力を装置で直接制御する腕輪。
それが今では、身体の大まかな場所へ魔力を待機させるだけの補助具になっている。
自動で強化もしない。
戦い方も決めない。
必要なところまで持ってきて、そこから先は俺がやる。
性能だけ見れば減っている。
でも、前より欲しい。
今の方が、自分が何に使うのか分かるからだ。
「エルド」
「はい」
「帰らないのか」
「帰ります」
「五号を見て何してる」
「ちょっと考えてました」
「歩きながらやれ」
「先生、たまに雑ですよね」
「研究室を閉めたい」
「それが理由?」
「それが理由だ」
追い出された。
◇
帰り道で、今日の授業と五号の試験を頭の中で並べていた。
細かくできる。
それ自体は俺の得意なことだ。
でも、細かくする必要がないところまで細かくしていたら、その分だけ頭を使う。
魔力も使う。
装置も複雑になる。
足の小指だけを強化できることは、多分これからも好きだ。
できるなら試したい。
もっと細かくできるなら、それもやってみたい。
そこをやめるつもりはない。
ただ、実際に使う時まで一番細かい形にする必要はない。
足全体でいい時は足全体。
外側だけ必要なら外側。
何もしなくていいなら何もしない。
五号も同じだ。
全部正確にやらせる必要はない。
俺ができる部分まで装置にやらせなくていい。
そう考えると、少し楽になった。
俺はずっと、魔術はできることが多いほど強いと思っていた。
多分それは間違っていない。
オルフェン先生の師匠の話を聞いても、変なことができる魔術師ほど厄介なのは確かだ。
でも。
できることを全部やる人が強いわけではない。
必要な時に、必要なことができる。
多分そっちの方が大事だ。
「……難しいな」
口に出す。
誰も答えない。
夕方の大通りを歩きながら、少しだけ自分の右足へ意識を向けた。
小指は普通に動く。
魔力は流さない。
今日はもう授業で十分使った。
試したいなら明日でもいい。
今は帰る。
そう決めて歩き続ける。
少し前までの俺なら、この程度のことをわざわざ考えもしなかったと思う。
やりたいからやる。
それだけだった。
今もそこは変わっていない。
ただ、その前に一度だけ考えるようになった。
今、本当にやる必要があるのか。
それだけでも、俺には結構大きな違いだった。
可能性は無限大!!!




