表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/11

ep9:おやすみなさいませ

「ゾンビとは、まぁ醜い評価をしますねぇ」


 夜鷹は灰皿に煙草を擦り付けた。その時の彼の指は煙草の中央部を潰していた。


「おっと、勘違いしないでおくれよ。別に彼女をバカにした訳じゃない。私からしても感動の復活だ」


 草薙は「ただ……」と続ける。その彼女の瞳には演技ではない『哀』が込められていた。


「小柳遥花は『小柳遥花』にはなれないよ。完璧な元には戻れない。だからゾンビだ」

「……厳しいお言葉だ」

「でも、ゾンビにはゾンビなりの生き方があるんじゃないかな?例えば……」


 草薙も灰皿に煙草を擦り付け、喫煙室の扉の方に視線を向け、こう言った。


()()()()とかさ」


 それだけ言い残すと草薙は可愛い教え子の元へ足を進めた。()()()()には目も向けず。


「……よく言うよ」


 一人、部屋に籠る鴉は新たな灯りを求めて再び煙草に火をつけた。


◇◇◇


「……()()()の劇団員との練習はどうでしたか?」


 帰りの車の中、夜鷹は後部座席でウトウトしている遥花に話しかけた。落ちかけていた遥花の頭は夜鷹の声によって起き上がる。


「……疲れた」

「はは、お疲れ様です」

「……何か面白いことでも?」

「いやぁ?お嬢がここまで疲れているのを初めて見ましたので」


 バックミラー越しに頬を膨らませる遥花の様子を夜鷹は見ていた。そして、彼は思う。……彼女は本当に人が変わったな、と。


 まるで、ドッペルゲンガーだ。


「……夜鷹ってさ、泣く時って笑う?」

「え、笑わないですけど。……どうしてです?」

「いや……さ、今日、草薙先生に言われて演技したんだよ」

「……へぇ」


 夜鷹は喫煙室での会話を思い出す。おそらく、草薙が遥花を評価した演技の話だろう。


「突然、泣けって言われてさ……」

「それは中々な難題で」

「で、私はその泣く演技で笑ったんだ」

「……っ!」

「涙は頑張って出したけど、それ以外は元気な女の子。そんな演技をしたんだよ。先生も恋雪ちゃんも驚いたような顔をしてた。ねぇ、『小柳遥花』ならどんな、泣く演技をすると思う?」


 夜鷹は「少し時間をください」とハンドルに手を置きながら考えていた。今の遥花の話がそのままなのであれば、草薙の言葉の意味がわかった気がした。


 元には戻ることができないゾンビ。改めて思うと言い得て妙だな。そう感じる。


 たしかにこれは『小柳遥花』とは()()()()()の演技だ。


「以前のお嬢は泣く演技の際に笑うことはなかったと思います」


 もちろん、その状況にもよりますけど。夜鷹は保険を挟んで言った。


「喜怒哀楽。見る人に100%しっかり伝わる演技をする。それがお嬢でした。それ以外の人の心理も全て150%の実力で発揮する。基礎と応用が訳わからないほど完璧なのがお嬢。あなただったんですよ」

「……そうなんだ」


 『小柳遥花』の壁の高さを改めて押し付けられた遥花は少し俯く。そこには押し殺されたため息が存在していた。


「以前のお嬢は学校の教科書。今のお嬢は個人塾のワーク。基礎応用を極めたのか、人への解釈呼び掛けを極めるのか。その違いです」

「……夜鷹は昔の方が好きなの?」


 その弱々しい声は慰めを求めたのか、容赦ない現実を求めたのか、あるいはどちらもか。ただ、夜鷹は残酷に事実を告げる。


「えぇ。俺は昔のお嬢に狂わされた人間ですから」

「そっか……」


 明らかに落胆した声だった。それもそうだ。この言い方は遠回しに「今のお前には興味は薄い」と言っているようなものなのだから。


 言い方は悪いが、それは事実であった。夜鷹は遥花に興味は持っている。しかもかなり強くだ。


 ただ、『小柳遥花』の影響が大きすぎた。もう、彼女ではないと満足できなくなっていた。遥花だけでは満たない何かを埋める方法は何一つない。そう、『小柳遥花』でなければ。


 だが、全てを正直に伝える訳にはいかない。こんなこと言われたら誰だってモチベーションは落ちるだけだ。そのため、言葉というものを上手く扱う必要がある。


 夜鷹はそれに、長けていた。


「だから──」

「え……」

「また、俺を狂わせてくださいよ」


 嘘ではない。もう一度狂わされたいと思っている。ただ、その相手が『小柳遥花』というだけだ。本音を嘘で包み込み、相手にとって都合のいい言葉だけを残す。


 夜鷹が芸能の世界で身につけた、一番の武器であった。


「……わかった」


 俯きながらもそう言う彼女の口角は少し上がっていた。そして、それで気分が良くなったのか、遥花は少しだけ深い眠りへと落ちていった。


「『小柳遥花』を超えることを期待してますよ、お嬢。そして──」



【ep9:おやすみなさいませ】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ