ep8:ゾンビだったな
「泣くって……どういう──」
「そのままの意味だよ。泣く演技をしろってこと」
草薙と恋雪は興味津々な様子で遥花を見る。不謹慎ではあるが、記憶を失った天才がどのような演技をするのかが気になってしょうがないのだ。
「え、でも……どうやって泣けば……」
「……さすがに実質初心者にいきなり泣けってのはキツかったか。……じゃあ、一つだけ泣くコツを教えてあげるよ」
草薙は遥花の耳元にこう囁く。
「お母さんが死んじゃったらどう思う?」
「え……」
心臓を握られた気がした。
恋雪には聞こえない声量だった。イヤホンでもしてしまえば完全に遮断できるような声。ただ、そんな声に何かが抉られた。
「今のは、子役に泣く演技をさせる時のコツの一つだよ」
残酷すぎて嫌いなんだけどね、と草薙は言い捨てる。なら言うなよ、と遥花は思うが、何かがピンと来た気がした。
「……子役みたいな演技じゃなくてもいいですか?」
「構わないよ。喜怒哀楽の『哀』で、涙があれば泣きの演技として認める」
しっかりと確認が取れたので遥花は深呼吸をし、上半身の力を完全に抜いた。子供の力程度で軽く押したら倒れてしまいそうなほどだった。
その様子を恋雪と草薙はテストの問題確認のように真剣に見つめる。そんな視線を送られたらたった二人分であっても常人なら緊張する。
常人であれば、だ。
なぜ、子役に対してあの教え方をするのか。なぜ、草薙が親の記憶を持たない遥花にそれを利用したのか。
それはおそらく、生物としての本能に訴えかけるためだ。意志を待つ生物は本能として母親を自分を守る最大の壁だと考える。
実際に母親がいるいない、良い人悪い人関係なく、母親という概念が失うことは耐えられないのだ。
ならば、今の遥花にできる母親への思いを全面に出すことができれば草薙の期待に応えられるだろう。
「……」
声を出す必要はない。喚く必要もない。ただ自然に、生物として不自然でも構わない。どこまでいってもこれは『演技』であるのだから。
そして、遥花が選んだのは。ぎこちない笑顔だった。そこに気持ち程度の涙を添える。口元が『喜』で、目元が『哀』。その不自然な選択がプロ達の口角を上げた。
「……それが君の答えか」
二人の熱心な観客はそれぞれ違う表情をしていた。ただ、共通して感じていることは読み取れる。
『驚嘆』だった。
「一応聞いておこう。『哀』の演技と伝えたのになぜ笑った?」
「……子供だったら泣き声を上げると思います。でも、私くらいの歳だと人前で声を上げることはあまりしない。少なくとも私なら無理をしてでも笑います」
「……先生、勿体ぶらずに評価してあげたらどうですか?」
恋雪がこれまでにないほど笑顔だった。それはそれはいつも人の事を小馬鹿にするような子の笑顔ではなく、好きなものを見つけた子の笑顔だった。
「そうだな。……やっぱり君は、君なんだな。小柳、合格だ」
◇◇◇
草薙は喫煙室の扉を開けた。理由はもちろん煙草を吸うためだ。可愛い教え子二人には簡単な自主練をさせている。
ぎこちない手つきで煙草の箱を開ける彼女は一つ深刻な忘れ物をしていることに気づいた。
「ライター……」
ホールに置いてある鞄の中に入っているのだろう。わざわざ取りに行くことも面倒だ。草薙は諦めて喫煙室を出ようとした時だった。
「火、いりますか?」
「……いたのか。夜鷹」
ここの喫煙室は仕切りがついている造りだったので中に人がいることに気づかなかった。こんな恥ずかしいところを誰かに、ましてや知り合いに見られるとは思わなかったが、火をくれるというのでその恥ずかしさは忘れよう。そう思い草薙は夜鷹に近づく。
「珍しいですね先生もお吸いになるんですか?」
「昔、ほんの少しだけ吸ってたんだよ」
火をつけてもらった流れで二人は並んで座った。
「なぜ、突然?」
「……ちょっと昔を思い出してね」
そう言う草薙の脳内モニターには遥花の演技の様子が流れていた。まだまだ下手くそで明らかな初心者ですよ感が強かった演技。だけど、才能を感じる演技。
初めて『小柳遥花』と出会った時のことを思い出した。
「お嬢のことですか?」
「……君はまだそう呼んでるのか」
「個人的にこの呼び方気に入ってるんですよ」
「……君も丸くなったものだな」
落ち着いている夜鷹の服装を見て草薙はボソッと言った。それが夜鷹にもしっかりと聞こえていたようで反応する。
「俺は昔から丸いですよ」
「……まさか、君ほどの男がたった一人の少女の専属マネージャーに成り下がるとはね」
嫌味とニコチンを含んだ息を草薙は吐く。
「成るべくして成った。俺の人生の歯車の最後の部品がお嬢だっただけです」
「……相変わらずのロマンチストで羨ましいよ」
お嬢の演技を見た感想は?夜鷹がいくつもの会話をすっ飛ばして直接聞いてきた。余程気になるらしい。
「正直、驚かされたよ。てっきり小柳は演技はもうできないと思っていた。だけど、小柳は『小柳遥花』と別の方面の演技の才能を持っているのかもな」
「でしょでしょ。お嬢は凄いんですよ」
「どうして君がそんなに嬉しそうにするんだ。……私が持った感想としてはあれだな、一度役者として死んでも蘇った。まるで──」
【ep8:ゾンビだったな】




