ep7:泣いてみてくれ
「うーん……」
自販機から戻って来た後、遥花はモヤモヤを抱えながら練習メニューを行う。
「何?あたしの練習メニューに何か不満でもあるの?」
ため息をつきながら体幹トレーニングをする遥花を見て恋雪は言った。彼女から「文句は言わせねぇよ」という気迫を感じる。
「『小柳遥花』ってさ、どんな子だったの?」
「……えぇ」
遥花の何気ない質問に恋雪は答えることもせずに嫌そうな顔だけして、遥花と同じプランクをする。
「いや、「えぇ」じゃなくてさ」
「正直、あんまりいい思い出ない」
「え」
「基本演技以外で喋んないし、笑わないし、ご飯も一人で食べるし、水飲む姿すらほとんど見たことないし、練習終わったら真っ先に帰るし。人付き合い最悪だったわよ」
「うわ……最悪だなその女」
「お前だけどな」
恋雪はまだ余裕があるというのにプランクを切り上げ、水を飲んだ。それを見て遥花は察する。彼女は『小柳遥花』の話をあまりしたくないのだと。
宇佐美にもここまで酷くはないが同じようなことを言われたので『小柳遥花』は人付き合いが悪かったんだな、と思う。
夜鷹も夜鷹でよく自分から『小柳遥花』を受け入れたものだ。何か特別な理由でもあったのだろうか?
◇◇◇
「はい、お疲れさま。今日の練習はここまでだよ」
腕時計を見て、草薙が全体に呼びかけた。その声で遥花はホールに置かれている掛け時計を見ると、時刻は十七時を回っていた。
「小柳、今日はどうだった?」
「なんか、新鮮な感じでした」
突然振られたので何と答えればよいのかわからなかった。ので、とりあえず思ったことを述べてみる。
「……そう。なら、良かった」
そのまま、草薙は二分ほどのミーティングを初め、終わった後は各自解散となった。
「小柳、鷹峰。少し残れるか?」
スマホをいじっている恋雪と夜鷹を探しに行こうとした遥花に草薙は声をかけた。
「「残れます」」
たまたま声が重なると恋雪は「げっ」という顔をした。その様子に草薙は微笑んで言う。
「なら、二人に特別レッスンだ」
草薙は二冊の冊子を取り出して二人に渡す。その表紙には[アリスの墓]と書かれている。遥花はピンと来なかったが、恋雪が目を見開いて驚いていた。
「約半年後に行われる舞台公演から君ら二人にオファーが来たよ。場所は東京芸術劇場。プロばっかの大舞台だ」
「東京芸術劇場!?」
「そんなにすごいとこなの?」
震えが止まらない恋雪を遥花は疑問の目で見ていた。東京芸術劇場がすごいところだと言うのはわかる。わかるが、どのくらいなのかがわからない。
「スポーツでいう国立競技場よ!?そんぐらい調べときなさいよ!バカ!」
「理不尽!」
「……茶番はもういい?」
「「あっはい」」
ハッとした二人は揃って草薙の方を見る。そして、「そこで一つ問題があるんだよね」とため息をついて言う。
「小柳、記憶ないじゃんね」
場の空気が凍る。それはそれは冷凍庫くらいには冷たかった気がした。
「鷹峰は大丈夫だとは思うんだけどね……どうする?小柳。全ては君次第だ。君がやりたいと言うなら私は素人同然の君に本気で教え込む。断るなら構わない。記憶がないのだもの。私だって君の立場なら迷う。だから、じっくり考えて選びなどっちをとっても文句は──」
「やります」
遥花の即答に草薙は驚いた様子を見せるが、すぐさまいつものダウナー系お姉さんに戻った。
「意気込みだけで何とかなる世界じゃないよ」
「構いません」
「……記憶を失った君は演技にそこまで執着はあるのかい?」
「はい」
恋雪はその会話のキャッチボールを隣で観戦していた。ひと月前まではうじうじして自分を見失いかけていた人間が自分の励まし(?)一つでここまで意志を強めるとは思いもしなかったからだ。
嬉しい。その感情が胸まで浮かび上がってきたが、恋雪はそれを意識的に叩き落とした。
「……そうか。なら、これから一時間ほど小柳に教え込みをしようじゃないか。鷹峰も見学していく?」
「します!」
「いい返事だ。じゃあ、小柳。ああ、気構えなくていい」
緊張でガチガチになっている遥花を草薙は言葉でほぐした。そして、草薙は遥花の正面に立って言う。
「小柳、今から──」
【ep7:泣いてみてくれ】




