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ep6:演技以外でも笑うんだね

「あれ?お嬢、緊張してます?」

「……吐きそう」

「そしたら、俺は知らない人のフリするので」

「助けろよ」


 念の為、ということで持ってきたエチケット袋が役に立ちそうとは思いもしなかった。持たせてくれた凪桜に感謝をしたい。


「……キツかったら言ってくださいね、いつでもクルマ出せるようにしとくんで」

「……ありがとう。でも、大丈夫」


 一度誓ったのだ。『小柳遥花』を取り戻すのだと。夜鷹の家で一週間ほど過ごしてみたが、記憶の回復の兆候は見られない。


 やはり、記憶を取り戻すためには『小柳遥花』と同じ生活を営むしかない。


 遥花は唾を飲んで一歩歩き出した。


◇◇◇


「ほ、本日から復帰となります。ぎょ、ご迷惑お、おかけしてしまうかもしれませんが、よ、よろしくお願いしましゅ……す」


 遥花は噛みまくった。それはそれは噛みまくった。相手に伝えたいことが伝わっているか不安なくらいには噛みまくった。


「……という訳で、小柳は練習には少しずつ参加していくことになっているからよろしく。小柳もわからないことがあったら私とか他の子に聞いてくれ」

「は、はい」


 緊張のあまり遥花が噛みまくって気まずかった場の空気を一人の女性が入れ替えた。


 彼女は劇団ベルスーズの指導者にして現役の舞台役者である。名前は草薙(くさなぎ)詩音(しおん)。役者に興味がない人でも名前を知っているほどには有名な人だ。


 事前に夜鷹から「少し怖い人」とは聞いていたが、その情報は間違っていた。「滅茶苦茶怖い人」に訂正してほしい。


 彼女が一息数だけで団員達の視線が彼女に集まる。それほど存在感が大きい。


 彼女の声や仕草が裏社会の人間そのものだった。顔は……整っていると思う。可愛いというよりかっこいいが似合う美人さんだ。


 ただ、柔らかくなさそう。体がではない。態度がだ。ふざけたら殺されそうだし、ふざけようとも思えない。それくらいの圧があった。


 比喩としては……ドライアイスだろうか。冷たくて堅そうな人だな、それが第一印象だった。


◇◇◇


「うああああああああああああああああ!!」

「うるっさいわ!!」


 悲鳴を上げる遥花とそれにキレる恋雪。もちろん喧嘩をしているという訳ではなく、ただの練習の一つだ。


 その練習内容は全身ストレッチ。体力を戻さない限りは演技の練習したってすぐにバテるのだから体力の基礎練をやろうと遥花は決めた。


 一応、遥花の付き添い係の恋雪は遥花と同じメニューをすることになっていた。


 遥花は初っ端から走り込みに行こうとしていたけど、恋雪が「怪我したらどうすんのよ!」と全力で遥花を止める。


 そして、まずはストレッチからとなり、今に至る。


「記憶失ってからアンタずっとぐーたらしてたでしょ!?死ぬほど体が硬いじゃない!」

「だって、こんな短期間で体硬くなるとは思わなかったんだよ」

「バカねぇ!人間、一ヶ月くらいストレッチサボったらだいぶ体の硬さ戻るのよ!」

「人間って不便」

「でも、体はその柔軟性を覚えてる。毎日ちゃんと続ければ戻るわよ」


 恋雪は百七十度開脚を見せつけてそう言った。それを見て、改めて実力トップなだけあるなと遥花は感心を抱く。


「ちなみに、今までの私ってどのくらい脚開いてたの?」

「百八十度」

「……え?」

「なんならもっと行ってた気もする」

「私、化け物じゃん」

「否定はしない」


 否定してよぉ、と遥花は恋雪に泣きつく。それを恋雪が振り払って遥花のストレッチを強制継続させた。嘘泣きのつもりだった遥花は本当に痛みで涙を流すこととなった。


◇◇◇


「やっと……解放されたぁ」


 一時間近く続いた地獄のストレッチが終わった遥花は悲鳴を上げている脚と共に蟹みたいな歩き方で施設内の自販機まで歩いた。


 遥花は自販機のスポドリのところのボタンを押し。そして、びっくりするほど残金があるスマホの決済アプリを起動し、自販機のセンサーにかざした。


 喉が渇いたので早く飲もうとウキウキで自販機からスポドリを取り出した時だった。


「小柳さん?」


 スポドリを手に持ちながら遥花は振り返る。そこには、同い年か一個違いくらいの男子が立っていた。名前は……。


「……ごめん、名前がまだ覚えられなくて」


 申し訳ないな、と思いながら遥花は聞いた。同じ劇団に所属している人だというのはわかるのだが、なかなか名前が覚えられない。


宇佐美(うさみ)(れん)だよ。改めてよろしく」

「宇佐美くん……ね、よろしくね」


 遥花はできる限りの笑顔で答えた。『小柳遥花』が同じ団員にどのような接し方をしていたかなんて知らないが、良い当たり方をしておいた方がいいだろう。


 そして、そんな笑顔を見た宇佐美は驚きのあまり目を見開いていた。


「なんか、小柳さんって記憶失う前と性格違うね」

「そんなに違うの?個人的にはこれが素なんだけどね」

「なんて言えばいいかな……」


 宇佐美は考え込んだ素振りを見せて、一言。


「今の小柳さんは──」



【ep6:演技以外でも笑うんだね】

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