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ep5:勘違いしないでよね!

「……っ」


 遥花は絶句した、目の前に広がる地獄に。


 天才というのはどこか変わった者が多いとはよく言われるが、確かにだなと遥花は思う。


 『小柳遥花』は掃除が苦手……というか嫌いだったんだろうな、それを見られたくないから夜鷹や凪桜に入るなと言っていたんだろうな、と遥花は予想する。


 部屋の構造としては三十畳ほどで、中央部分には防音室が置いてある。そこまではいい。……広すぎるという点はもう無視だ。


 そして、部屋の状況としては……ドアの開閉範囲外は床というものが一切見えないほどだった。書類やら衣類やらで地層ができあがっている。


 その地層が物語っている歴史はそれなりに深いもので、適当に一番下に滑り込んでいた書類を取り出すとそれは四年前のものだった。


 特に重要なものではない。だから『小柳遥花』はこれを放置したのか、そんな思いで遥花はその書類を読んでみた。……読んでみた。


 感想としては「滅茶苦茶大事なものやんけ」である。簡単に言ってしまえば劇団ベルスーズとは関係のない劇団。そことの契約書だった。


「……時効だよね?」


 遥花は見なかったことにして、契約書をそこら辺に投げ捨てた。


「防音室周りは綺麗なんだな」


 綺麗と言っても『比較的』である。正直汚いっちゃ汚い。ただ、扉を開けると別の感想が湧き出てくる。


「何……これ」


 外からは見えない防音室の中に、カレンダーのように貼られているただの紙に『小柳遥花』の意思が咲き乱れていた。


[お前に親はいないんだ 惨めな人間 誰もお前のことなんか見ちゃいない だから、演じて演じて演じ続けろ 誰かに見てもらえるように]


 十中八九『小柳遥花』が殴り書いたもので間違えないだろう。凪桜の話を聞いて、ということもあるが、字のくせが遥花と全く同じだった。全体的にカクついていて明朝体とゴシック体が適当に混ぜられたような字。何回見ても遥花と同じ字だった。


 そして、遥花は防音室内にポツリと置かれている机に目をつけた。これといって特別なものではなく、某家具屋にいけば数分で見つかりそうなもの。それに興味を持った遥花は「今更だけど失礼しまーす……」と机の引き出しの中を見た。


 そこに入っていたのは……何十冊にも分けられた何かのノートであった。百均で買い集めたもののようで、色や大きさに統一性はなく、使えるもの全部使った。そんな感じだった。


 この防音室で通信の授業でも受けていたのか、と思いながらノートを開いた遥花は表情を引き攣られせて見開きのページを見る。


[2019年3月2日

発声練習(3回の引っかかり。2回の声のひっくり返り。4回の舌噛み)総評△

台詞暗記(特に問題なし)総評◎

感情表現(『悲しみ』の表現に難あり。『喜び』テンションの上限を決めるべし。『怒り』今ままでで最高の出来)総評〇

体力作り(ランニングの後半のペースが不安定)総評△

────]


 さらに何項目か書かれた分が毎日。数年分に渡り、何冊ものノートに記録されていた。それを見て遥花は軽く恐怖を覚える。自分はこの怪物になろうとしていたのか、と。


 ここにあるメニューはおそらくやろうと思えばできないことはない。ただ、それを何年も続けろというのが無理難題なのだ。


 それを天才役者『小柳遥花』は毎日怠らずに行っていたのだ。


「才能だけじゃ戦えないってことか……」


 体が覚えているだろう。才能で何とかなるだろう。そう思っていた自分が恥ずかしくて仕方ない。


 一つ、決心した遥花は新たにパスワードを設定したスマホを開いて通話アプリを使用した。


 コールが一回、二回と鳴る。そして、三回目が鳴る直前に[……もしもし?]と強気な女の子の声がスマホ越しに聞こえてくる。


 その声質は電子機器を通したことで多少変化しているが、充分すぎるほどによく通った、聞き心地の良い声だった。


「恋雪ちゃん、今大丈夫?」

[恋雪ちゃんって呼ぶな!!……で、何?何か用?]


 遥花は軽く胸を抑えながら頭に思い浮かべていることを話し出した。


「恋雪ちゃんってベルスーズで一番上手いんだよね?」

[……不本意ながらね]


 だから何よ、と恋雪は早めに遥花から本題を聞き出そうとした。ちゃん付けに関してはツッコミを入れるのがめんどくさいのか、ただ単に聞き逃したのかはわからない。


「私が……復帰したら恋雪ちゃんに稽古つけてほしい」

[……は?]

「もちろん、コーチがいることはわかってるよ。でも、やっぱりコーチと生徒の間柄じゃあんまり上手く伝わないこととかあると思うんだ。だから──」

[あたしに遥花の演技を見ろって?]


 スマホ越しに聞こえてくる声は明らかに機嫌が悪かった。


「厚かましいお願いだけど……いいかな?」

[……何で、自分でライバルの強化しないといけないの?]

「それは……」

[あたしだって自分で自分の実力を高めたいんだ]


 その言葉を聞いて遥花は肩を落とした。そりゃそうだ。そうに決まっている。わざわざライバルを強化する理由なんてありやしない。……自分のお願いは傲慢すぎた。


 しばらく両者に沈黙が流れた。


 その沈黙に耐えられなかったのか、スマホからため息が聞こえてくる。


[……アンタの下手くそな演技を笑ってもいいなら見てあげる]

「……恋雪ちゃん!!」

[だあぁ!?うるっさい!!]

「やっぱり持つべきものは友達だよ!」

[はぁ!?友達!?]



【ep5:勘違いしないでよね!】

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