ep4:地獄かよ……
「あの……えっと……これは何?」
「家ですよ」
二週間の入院を経て、自宅療養へと移行になった遥花は夜鷹の車に乗り、自宅に行ったはずだった。……だったが、彼女が降ろされたのは家というより屋敷と表した方が正しそうな建物だった。
広い敷地を防犯対策バッチリの塀が囲んでおり、中央部分に豪邸が。その豪邸から広がるように中庭が存在している。……規模としては少し裕福な私立高校くらいの敷地だと思ってくれればいい。
「ねぇ、夜鷹?ここって誰名義の家?」
「俺ですね」
「ここに住んでるのは?」
「俺とお嬢と何人かの使用人くらいですね」
そんな質問をする遥花に夜鷹は運転席から「何をそんなに驚くんですか」と疑問の眼差しを向ける。
「あなたって財閥の御曹司か何か?」
「一般家庭出身ですよ」
「何だこの日本経済の異分子は」
「それって褒め言葉ですか?」
夜鷹は余裕そうに微笑む。……改めて、こんな人間に「お嬢」と呼びせている『小柳遥花』の恐ろしさが少し垣間見えた気がした。
「俺はこのまま車を置いてきますんで、お嬢は先に中に入っててください」
と、夜鷹は言うが、「待て待て」と遥花が彼を呼び止める。
「中庭を少し散歩してもいい?」
「構いませんが……お嬢のお体は?」
「このくらいなら大丈夫。むしろ動かしたい気分だったから」
真夏だったらダッシュで室内に向かっていたが、今は秋なので室外が心地良い。それに、二週間病室だったし。
快く承諾した夜鷹は「できるだけ急ぎますので」と車を走らせに行ってしまった。家が広すぎると不便なのだな、と遥花は思う。
門の鍵は閉まっていなかったものの、本日退院したか弱な少女には開けるのは大変だった。「開けてから駐車しに行ってくれよ」と一人でボソボソ愚痴を言いながらも門を突破した遥花は池の方に歩いていった。
「うげぇ……錦鯉いるよ」
しかも高そうな柄、と遥花は素人目で鑑定をする。テレビの番組にでも出したら三桁万円はいきそうな鯉だった。
「……お前らは楽しいかー?」
遥花は返ってくるはずのない質問と共に人差し指を鯉に向ける。鯉は餌を貰えると思ったのか、口をパクパクとさせてみせる。その様子が遥花の質問に答えているようで少し面白かった。
しばらくパクパクさせていると、餌を貰えないとわかった鯉達は遥花の元から離れた。……これだから金持ちのペットは、と遥花はその池を後にした。
そんな時、遥花の背後から夜鷹の声が聞こえてきた。長い距離を歩いてきたからなのか、彼の声には疲労の色が見えた。
「どうですか?何か思い出すものは?」
遥花は首を横に振る。今回の収穫は生意気な鯉共を見つけたことくらいだったのでそれを夜鷹に伝えた。
「そ、そうですか……」
夜鷹は反応に困ったように言葉を捻り出した。そして、遥花は夜鷹に導かれるままに屋敷の玄関口まで連れて行かれ、そこに足を踏み入れた。
「お邪魔し──ただいま」
「ふっ……」
「今、笑った?」
「いえw笑ってなんかwいませんよw」
「笑いながら言ってんじゃねぇ!」
もう少し記憶障害者を労わってほしい。……と言っても、精神状態がまだ不安定な状態ではあるので夜鷹みたいな奴と会話していると気が楽だ。
遥花はまだ、夜鷹に本音を隠している。ただ、今のところそれを夜鷹に伝えるつもりもないのでこのまま隠し通すつもりだ。
室内に体が完全に入ると、フローラルな香りが遥花を包んだ。そして……。
「お帰りなさいませ、遥花様。颯様」
アニメでしか見ないようなガチガチのメイド服に身を包んだ淑女が、スカート部分の端を両手で摘んで深くお辞儀をしていた。
「颯って……あっ、夜鷹か」
「俺ちゃんと自己紹介しましたよね?」
すっかり忘れていた夜鷹の下の名前よりも遥花は目の前のメイドさんに興味津々だった。
「この人はウチの使用人筆頭の凪桜さんです」
「遥花様、改めてよろしくお願いいたします」
「お願い……します」
ついつい凪桜に見蕩れていてしまった遥花はテンポ悪く返事をした。それを夜鷹にいじられたので遥花は彼の脚を思いっきり蹴った。
「……では、遥花様はこちらへ」
日常茶飯事なのか、凪桜は夜鷹が悶え苦しむ様子を平然とした様子で見てから遥花を手招きした。
◇◇◇
「遥花様のお部屋はこちらになります」
凪桜に案内された部屋は、二階の階段近くに配置されている部屋だった。隣の部屋のドアが結構離れていることから、この部屋の広さが外からでも伺える。
「私めはここで失礼させていただきます。また、夕食の際に及びに参ります」
「うん、わかった。ありがとう」
「何かお困りでしたらいつでもお声がけ下さい」
凪桜はそう告げると、丁寧な所作で遥花に背を向け、鳴らない足音と共に階段を降りていった。
「……なんか、緊張するな」
天才役者(自分だけど)の部屋を無料で覗けるとは中々にない体験なので少しばかり興奮している。事前にどんな感じか凪桜に尋ねたのだが、「遥花様は部屋に入られるのが極端に嫌がっておりましたので本人以外は立ち入ったことがございません」と返された。
『小柳遥花』の性格はあまりよく知らないが、今の自分から考えて予想できることは一つ。
とんでもない汚部屋の可能性がある。
「片付けできないからなぁ」
このせいで病院に迷惑かけたのはまた別のお話。
遥花は恐る恐るドアノブに手をかけた。幸い、ドア周辺に物は散らかっていないようで引っかかりなくドアは開いた。ただ、ドアが開くのなんて前提条件だ。
「あ……」
そして、肝心の遥花の部屋はと言うと……。
【ep4:地獄かよ……】




