ep10:この後時間ある?
「恋雪ちゃん、待って!ほんとにほんとに死んじゃうから……!」
「だーめ、あと一分」
「鬼!悪魔!」
「喋ると余計辛くなるわよ〜」
恋雪はタイマーを遥花に見せながらニヤニヤとする。相手は死ぬほどキツイ状態だというのに自分はパイプ椅子に腰掛けているのだ。優越感がものすごい。
現在、遥花はプランクをしている。理由はもちろん体力強化。半年後に舞台公演が迫っているのだから、せめてひと月以内に落ちた体力を戻したい。そのために遥花は肉体的なトレーニングを主に取り組んでいる。
そして、約三十秒後。タイマーが解放の声を上げた。それによって遥花は力が抜け、床に伏せる。
「もう……一分経ったの?」
「あの時から既に残り三十秒だったわよ」
「嘘つき!!」
「残り時間長く言った方が頑張れるでしょ?」
「それは……まぁ、たしかに」
これに関しては恋雪の経験上の見解であるが、こういうトレーニングは「まだゴールは遠い」と考えた方が成績が伸びやすい。それを毎回数十秒伸ばしていく。それが一番効率がいいのだと。
「あー疲れたぁ……暑い」
「このくらいで根を上げてちゃ『小柳遥花』もまた夢のまた夢よ」
「別に……限界だって言ってない……!」
「それはいい心掛けね。でも、やり過ぎは注意よ。少し休みなさい」
恋雪は遥花のペットボトルを手に取って彼女に渡した。それを受け取った遥花は恋雪の隣の空いているパイプ椅子に勢いよく座り、一気に飲む。
「あー生き返る」
「まだプランクやっただけだろうが」
「何やったって喉は乾くんだもん」
それもそうか、と恋雪もペットボトルの蓋を開け、冷たいスポーツドリンクで喉を潤した。
「……ねぇ、このタイマーってまだ使う?」
軽く休憩中の二人にある人物が話しかけてきた。
ストレートな黒髪が腰の辺りまで伸びているのが特徴で、第一印象は物静かそうな子。頭に花の髪飾りを飾れば映えそうなそんな子だった。名を矢車明澄香という。
「別に今日はもう使わないわよ」
「え、恋雪ちゃん、まだプランクやってないじゃん!」
自分はプランクをやらずに次の練習メニューへ行こうとしていた恋雪の作戦を潰すように遥花が言った。
それを聞いた明澄香は「そう」とだけ口にし、手に持っていたタイマーを恋雪に渡した。
「……もしかして、アンタもプランクするつもりだった?」
「プランクじゃないけど……体幹トレーニングはするつもりだった」
その場を立ち去ろうとした明澄香を恋雪は呼び止めた。これはチャンスだと思ったからだ。ここで明澄香に圧倒的な体幹で勝てば遥花に自分の実力を知らしめることができるのではないか、と。
「もし良かったら勝負しない?制限時間なしで、どっちが長くできるかで」
「……いいよ。やろっか」
勝負事がというのが明澄香の目に火をつけたのか、彼女はかなりやる気のようだ。それに気圧されずに恋雪もやる気を出す。
ここでやるつもりがなかったのか、上着を着ていた明澄香はそれを脱いで遥花に渡した。
「椅子に掛けといて」
「わ、わかった」
遥花の手に渡ったのはXLのウインドブレーカー。手に取ったことのないサイズの服が来て戸惑ってしまったのだ。
明澄香は身長百八十ほどある。その恵まれた体格で行われる肉体演技は目を惹くものである。
「遥花がスタートの合図して。恋雪もそれでいい?」
「異論なしよ」
両者、準備が終わり、いつでも行える体勢となった。そして、遥花の合図で始まる。
スタートから約二分半ほど。そこで恋雪が「もうダメ」と脱落した。それでも遥花よりは三十秒ほど長く、一般的に見ても長い部類ではある。ただ、隣の奴が異常なだけだった。
そこからだいたい一分後くらいに明澄香が体を下ろした。そして、恋雪に勝ち誇った顔を見せる。
「三分半ってアンタ、バケモンじゃないの!?」
「このくらい……普通だよ」
「トップアスリート並の記録出しといて普通って言うな!」
さすがに疲労が溜まっているのか、明澄香はその場にあぐらをかいて、パイプ椅子に座る二人を見上げた。
「調子はどう?遥花」
「隣の悪魔にしごかれてだいぶ体力ついたよ」
「おいコラ」
恋雪が遥花を肘でつつく。その様子を見て明澄香が軽く笑い声を漏らした。
「仲がいいようで羨ましいよ」
「でしょ!?」「はぁ!?」
「「……は?」」
明澄香の問いに息ぴったりで答えるものだからそれが余計に明澄香の笑いを助長した。こんな光景見た事なかったからだ。
一匹狼同士がここまで仲良くなるのなんて。
そろそろ帰ろうか、と明澄香は腰を上げた。その際に、二人に一つだけ提案した。
「二人とも、今日さ──」
【ep10:この後時間ある?】




