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ep2:アンタのライバルよ!!

「……で、私はどうすればいいの?」


 立場的に敬語は使わなくていいと理解した遥花は砕けた態度を夜鷹に見せる。


「二週間ほどは入院生活ですね。その後二週間は自宅療養。復帰はそれが終わってから少しずつですね」


 もちろん見学からですが、と夜鷹は付け足す。


「おっけー」

「……軽いですね」

「別にここで悩むことないし」

「それは……そうですが」


 そんな夜鷹に遥花は背中を向ける。そして、()()()()()()彼に聞こえるような声量でため息をついた。


「さすがに……疲れた」

「そう……ですね。記憶のないお嬢にとって情報量が大きすぎましたね。俺はお嬢の担当医と話をしてから帰ります」


 また、明日来ますね。夜鷹はそう言って病室を後にした。遥花は背を向けたままだったので確証は得られていないが、夜鷹の声は少し、悲哀の意が込められている気がした。


「『役者』……かぁ」


 遥花はベッドの横にあった引き出しみたいなものの上に置いてあるスマートフォンに手を伸ばした。


 その画面を開いてみるとFaceIDでロックが外れた。パスワードを覚えていなかったので助かった。たまにFaceIDが使えなくなるスマホなので、遥花は設定で画面ロックを外しておく。


 スマホの操作方法や、日本語の言語文法などは問題なく使える。記憶喪失というものを実際に経験するのは初めてなので上手く説明できる気はしないが、『小柳遥花』に関する情報のみが欠落しているのだと思う。


 イメージとしてはある日、突然赤の他人の体になった感じだ。一般常識はわかるが、その人個人のことはわからない。たぶん、そんなイメージ。


 遥花は検索エンジンを開いて、[こやなぎはるか 役者]と文字を打ってみる。変換予想では[小柳遥花]と出てきたが本当の字はわからないので遥花はとりあえず平仮名で打つ。


 すると、出てきたのは……。


「劇団ベルスーズ所属。天才役者小柳遥花。活動休止!?演劇後の交通事故が原因か?」


 記事の見出しだけであるが、思わず声に出して読んでしまった。その内容の濃さもあるが、何よりも驚いたのはそれが()()の記事であったことだ。


 目を覚ましたのは本日だ。その知らせを聞いて夜鷹が飛んできたのも確認している。


「一週間、意識不明……」


 改めて口に出してみるとその重大さが感じられる。失ったのが記憶だけで助かった。下手したらもう一生自分の意思で動けなかったのかもしれなかったのだ。


「……マジか」


 記事を最後まで読んだ遥花はそっとスマホの電源ボタンを押した。……ロックがかかっていないか不安になった遥花はもう一度電源をつけるが、今回は画面をスワイプするだけで開いた。


 記事曰く、『小柳遥花』は公演終わりの休憩時間、一人でコンビニに行っていたが、その途中で信号無視のトラックに轢かれて救急搬送。そのトラックの運転手は罰金や免許停止などそれなりの処罰を受けたのだと。


 遥花は少し硬いベッドに身を沈めながら一つだけ思う。


「復帰……したくないな」


 夜鷹にはあんなに見栄を張って言い切ったと言うのに一人になった途端に醜い()()が溢れ出てくる。


 世間的に見れば『小柳遥花』が復帰した方がいいのだろうが、今の遥花は『小柳遥花』ではないのだ。偽物の天才役者を誰が望むんだ?


「……気持ち悪い」


 身体的な症状なのか、精神的な症状なのかはわからない。だけど、自分を自分だと思えない。それが気持ち悪くて仕方なかった。


 もう一度演技をしたいなんてのは嘘だ。もしかしたら『小柳遥花』と同じ行動をしたら記憶が戻るかもしれない。そんな幻想を抱いてあんなことを言ったに過ぎない。


 夜鷹への態度も適当に取り繕ったものだ。取り乱さなかったのは記憶がないからだった。


 もう……本当の自分が何なのかわかんなくなってくる。私は誰だ?私は誰だ?お前は……誰だ?


 さっき、記事に書かれているコメントを見てしまった。何千件も寄せられているコメントのほとんどが『小柳遥花』への温かい言葉。


 受け取れる『小柳遥花』はもういないのに。受け取る小柳遥花は偽物なのに。『小柳遥花』のファンの期待になんてもう……応えられない。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ご……」

「ずいぶんと気が参ってるようね」


 毛布に包まってずっと謝り続ける遥花に知らない声がかかる。その声は遥花の背中の方。つまり、病室の入口から強気な女性の声が聞こえてきた。ここは個別の病室だ。その声の相手は自分だろう。


「……誰?」

 

 遥花は顔を向けない。こんなぐちゃぐちゃの顔なんて見せられるわけないのだから。


「……夜鷹から聞いてるけど本当に記憶喪失なの?」

「そう……です」


 何とかそれだけ答えると相手は大きくため息をついた。そして、口を開く。


鷹峰(たかみね)恋雪(こゆき)



【ep2:アンタのライバルよ!!】

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