3.決してデートではない
目当ての女性、つまりスナックのママは開店準備中で都合よく店にいた。しかし聞き込みはそう簡単ではない。
「だからアタシが誰かに情報を流すとしたら営業中だけなの。それ以外の時間にペラペラしゃべったって一円にもならないのよ? それくらいわかるでしょ」
「そこをなんとか。今日の夜まで待ってたらせっかく昼間っから動いてんのに時間が無駄に過ぎちまうんだ。なあ、夜にはまた来るから頼むよ」
「まったくもう、そんなのアナタの都合じゃない。だったらアタシの都合にあわせてくれてもいいんじゃなくて? そうだ、これから買い出しへ行くから荷物持ちでついてきてよ」
「かっ、買い物だとお!? このオレがスーパーへノコノコ出かけていって食材をかごに入れて歩くのかよ。ハードボイルドが裸足で逃げ出しちまうぜ」
「別に来てくれなくても困りはしないけど道中話題がなくてついなにかしゃべりたくなっちゃうかもしれないなんて思ったんだけどなあ」
「任せてくれ。こう見えてもオレは庶民派なんだ。料理だって得意だぜ? カップラーメンとかから揚げなんてプロ級さ」
「まさかそんな難しいこと頼まないわよ。荷物持ちだけでいいんだから。とりあえず中の準備を済ませてしまうからそれまで店先の掃き掃除をしといてもらえる?」
「くっ、なんでオレが掃除なんて――」
「時間が無駄にならないように気を使ってるんだけど――」
「任せてくれ。蒲田で一番の家政夫と言ったらオレのことだからな」
◇◇◇
なんでママはこんなにバッチリ化粧してやがるんだ? 店が開いたってんならまだ分かる。だが今はたかが買い物に来てるだけだろうに。
「おっ、ママ! 今日はイケメン連れちゃって憎いねえ。同伴かい?」
「違うわよ。ウチの店はそういうのやってないって知ってるでしょ? これはただのデートよ。えっと、今日はホウレン草と玉ねぎを貰おうかしら」
「あいよっ、お通しは胡麻汚しあたりかい? どっちもいいのが入ってるよっ。それじゃこれとこれっと。ほい、二百六十万円ね」
「ありがと、じゃあ一億円札でいいかしら? 次はお魚ね。サーモンが安かったらいいけど割高だったらイワシにしようかな」
「ほお、ってことは今日のお勧めはマリネだな? ママもスナックじゃなくて小料理屋に変えればいいんだよ。そしたらおいらだって行きやすくなるしなあ」
「そうねえ、でも前のオーナーとの約束だから潰れそうになったら考えるわ。それじゃありがと」
ようやく買い物が一つだけ済んで次の店へと歩き出した。オレは片手に玉ねぎとホウレン草の入った袋をぶら下げている。そしてもう片腕にはママが腕をまわしていた。
「なあ、こんなとこ見られたら変に思われるぞ? ヤキモチ焼いた客に刺されでもしたらどうしてくれるんだよ……」
「あらやあねえ。こんな美人が頼ってるのに自分の心配? ハードボイルドって思ってたよりも情けないのね」
「そうじゃねえが、たかが買い物で腕をからめる必要は無かろうぜ。それになんでスーパーへ行かねえんだ? したら一か所で済むじゃねえか」
「地域の人たちとの交流も立派な営業よ? 八百屋さん自身は奥さんがうるさいから滅多に呑みに来ないけど他のお客さんにお店を勧めてくれるし、町内会の会合の後には何人か連れて来てくれるんだから」
「なるほどねえ。スナックって言っても酒を出してりゃいいってわけじゃねえとは難しいもんだな。その点探偵には常連や営業なんてもんはねえから気が楽だぜ」
「そのかわり、毎日呑みに行くのも大変なくらいしか収入がないじゃないの。カッコばかりつけてても懐はあったかくならないわよ?」
なんでこう女ってのは遠慮がねえんだ。ルナもそうだがこのママもやっぱりずけずけといいにくそうなことをぶっこんできやがる。
貧乏暇ありで図星をつかれたオレはわざと不機嫌そうにして見せた。
「うふふ、怒っちゃったの? かわいらしいところもあるのね。男の子ってホントかわいいんだから」
「そうやって男を子ども扱いするなよ。言われるこっちが照れちまう。それで本題に移っていいか? 少しでいいから聞いてくれよ」
「もうせっかちなんだから。これだから江戸っ子はいやねえ。アタシのところに来たってことは夜の話? それとも男女関係?」
「いや、全然違うぜ。ママが○○小の卒業生だって聞いたからよ。なにか手がかりになればと思って情報収集の一つさ。それに顔も広そうだからな」
「なあに? 人探し? ずいぶんと地味なことやってるのねえ。そんなの面白くないでしょ。浮気調査で尾行や張り込みとかないわけ?」
「無くはねえが今回は違うぜ。小学校の同級生を探してほしいって依頼さ。手がかりは名前と写真が少しだけ。だから当時を知ってる人間が見つかったらバンバンザイってとこだな」
「それで写真は持ってきてるの? 何年の卒業生かしら」
「いや、そいつは卒業せずに五年生で引っ越したらしい。だから余計に手がかりが少ねえんだ」
オレがわかっている限りのことを説明するとママはトンデモないことを言った。
「○○年度の卒業生なのね。ってことはアタシよりもちょっとだけ後の生徒ってことか。あら、ここに写ってるの小田ちゃんじゃないの」
「な、なんだと!? ちょ、ちゃ、ちょ、ちょっと――」
「なによそんなに何度も言うことないでしょ。この探してる子たちの年代よりちょっとだけ上なだけだって言うのがそんなにおかしい!?」
確かにママはオレよりも十は上に見えるから、ルナたちよりちょっと上ってことは無いだろう。
だが慌てたのはそこじゃねえ。
「ちげえ! 小田ちゃんってのはどれだ!? そのガキを見つけりゃすぐわかるかもしれねえじゃねえか。これがあわてずにいられるかって話だろ」
それを聞いたママは、まるで女児がやるように舌をペロッと出した。




