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星の栞 -慟哭するひとつの導‐  作者: 白石さくら
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5

 搾り出す声音は涙に濡れて、しかし、しっかりと青年の耳に届く。

 いとおしげに少女を抱き上げた総司は、胸に顔をうずめる暙桜をこれ異常ないほど優しい眼差しでみつめる。


「うん。帰ろう」


 横抱きにされたまま無抵抗な暙桜はただ総司の胸の中で涙を流している。声を漏らすまいと、嗚咽を押し殺し、流れることしか知らないその涙をせき止める術を探しあぐねている。

 腕の中の少女を優しく抱きしめた総司は、しかし次の瞬間抜き身の刀を握っていた。

 金属同士がぶつかり合う乾いた音が響いた。


「ほう、なかなか…」


 感嘆した声は聞き覚えのある男の声音だった。


「千歳……!」


 奥歯をかんだ総司は腕の中にいる少女を一瞬忘れかけたが、暙桜が僅かに身を強張らせた気配を察知してはっと我に返る。

 腕の中に少女を抱えたままでは戦えない。だからといって、少女を手放すのならそれはそれで危険だ。

 そんな総司の葛藤を見抜いたように、千歳は口角を持ち上げた。


「安心しろ。今日は俺ひとりだ」


 貢はいない、と続ける千歳はさらに楽しそうにその唇に弧を描いた。


「貴様らごとき雑兵など、俺一人でも事足りる」


 すらりと刀身を引き抜いた千歳は、その切っ先を総司へと向けた。そして不遜に言い放つ。


「それは俺のだ。汚い手を離せ」


 ぎゅっと暙桜が総司の服を握る手に力がこもる。


「違う…」


 小さな声はしかし『鴉』である青年には届いたようで、不機嫌そうに眉を寄せた。


「なに?」

「わたしは神の……、天之御中主神のためにある人間。ひとのためでも、ましてや鴉のためにもある存在でもない。わたしは天地を隔てる神のためだけに在る」


 凛と言い放った暙桜は、その瞳をまっすぐ千歳に向けていた。

 やがて男は引き抜いたばかりの刀身を鞘に収めた。


「興が削がれた」


 そう言った後に、ふらりと姿を消した。

 どちらともなく大きく息をついた二人は、互いの体が密着していることにようやく気付いた様子で、暙桜は慌てて総司の胸板を押し返す。


「すみません…っ」


 慌てた様子は、しかし初々しく頬を染めている。突き放した腕も細く、華奢なその体はぞんざいに扱うと折れてしまいそうなほどはかない印象を与える。

 火照った頬をつめたい手で押さえていた暙桜は、視線を感じてふと頭上にある紺の瞳を見つめた。その瞳からは、ひとつの感情以外読み取れない。

 ただ、果てしない哀しさ以外は、何ひとつ。


「どうして、君は……」


 総司はそこまでいって口をつぐんだ。そしてゆるく首を振ると、哀しそうに笑う。


「屯所へ、行こう」


 暙桜の瞳を見ることなく告げた総司は、腕を引くこともせずにそのまま歩き始めた。一定の距離は、決して縮まることのない二人の距離のように見える。

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