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「出て行くのは離隊と同じだ。いくらお前が隊士じゃないとはいってもな」
わかっていると頷きかけた暙桜を遮って土方は続けた。
「だから、お前には面上は死んだことにしてもらう」
「っ……」
息をのんだのは、暙桜だけではないようだった。部屋の四方を囲っていた襖が、音を立てて開いた。
「ど……ゆ…、ことだよ……っ」
青ざめた表情でそこに立ちすくんでいたのは原田だった。彼は隣の平助ほど取り乱してはいなかったが、それでも、動転はしているようだ。
「こいつは隊士じゃないから、て。さっきアンタが俺たちに言ったんだろっ!? いつもの切腹とか、隊の規則はこいつにゃ関係ないって、あんたがっ!」
土方の胸倉をつかみあげた原田は、はっとしたように彼の服を話して小さく謝る。しかし憤懣やるかたないといった様子で、土方を相変わらず睨み続ける。
「だから、死んだことにするんだよ」
本当に殺しやしねぇよ、と付け足す彼は、しかし苦渋の決断をしたように眉を顰めている。それは今まで誰一人としてみたことのない彼の判断に苦しむ姿。
「じゃあ何か残せばいいですか?」
血痕のついた服とか、髪の毛とか、とつらつらと並べはじめそうな少女を慌てて止めたのは平助だった。
「ちょちょちょっ! そこまではさすがに…―――」
「いや、服ならある。そこは心配しなくていい」
「っているのかよっ!」
止めに入った平助を遮ってあっさりと意見を発した土方に突っ込む平助というなんとも珍しい場面を見た暙桜は、大きな瞳をさらに大きく開かせて珍生物達を見るような瞳で彼らを凝視したあと、ふっと視線を逸らした。
その行動が、なぜか妙に寂しそうだったが、それを見たものはいなかった。
すっと立ち上がった暙桜は、にぎやかな部屋をそろっと出た。
夜空に輝く月とそれを取り巻くようにひとつひとつが小さな星。開放されるのは、暙桜か新選組か。
ふと思いをめぐらせた彼女は簡単な答えにたどり着いた。
「彼ら、だよね………」
自嘲じみたその笑みは、自分を責めているようにも見える。
屯所の塀を軽々と飛び越えられるほど跳躍した少女は、しかし屋根の上でいったん止まる。後ろを振り返り、先ほどまで彼女が居た部屋を振り返る。
いま、新選組の彼らが暙桜の行動に気付かないのは、ひとえに彼らはまだ暙桜がそこに座っているようにしか見えないからだ。
彼女はあの部屋を出るとき、自分の髪の毛を形代にして式を作り出した。しゃべらない。ただそこにいるだけの、人形。それは気配に鋭い彼らを欺くほどの所業。
振り返った暙桜は寂しげにその瞳を揺らした。声をかけないこと。何もいえないこと。それはこれほどまでに胸を締め付けるのか。
「…………ごめんなさい」
謝罪の言葉を口にするのは、いつものことだったはずなのに、これほど切ない謝罪は初めてだ。胸が締め付けられて、苦しい。けれど暙桜は涙を流さなかった。
「……………っ」
ひとりじゃ辛いと泣いていたのは、幼いわたしの弱い心。
ひとりじゃないと、わかったから、今伝えよう。
仄かに微笑んだ暙桜の横顔は、月光によって輝いて見える。
「ありがとう…、ございます………」
あなたたちに出逢えて。
あなたたちと過ごせて。
あなたたちと、戦えて。
それは切ないほど激しい思い。けれど溢れるこの思いをさらけ出すことはきっと二度とない。




