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ひとりじゃ辛いと泣いていたのは、幼いわたしの弱い心。
ひとりじゃないと、わかったから、今伝えよう。
――――、と。
◇ ◇ ◇
その場に臥している暙桜は、うっすらと瞼を上げた。冬の水面よりも透き通った瞳がそこから覗く。
淡い桜の色の大袿をかけたまま寝転がっている暙桜は、肘を支えにして体を持ち上げる。そこは三月生活して見慣れた屯所の一室だった。
傍らに置いてある淡い桜の色が目に付いて自然、そちらへ視線が移る。それを目に留めた瞬間、少女は僅かに瞳を細めた。
「……っ」
なぜだか分からないが無性に哀しくなってきた暙桜は両手で顔を覆った。何が哀しいのか分からない。そのことが妙に切なくてやるせないのだ。
しかし今は涙を流している暇ではない。そう思い至った暙桜は、傍らにある刀をつかみ、そのまま立ち上がる。いまいち体が思うように動かないのは、寝たきりだったからだろう。体を動かせば元通りに動くはずだ。
すーっと静かに襖が開く音がする。ゆっくりと視線を向けた暙桜はそこにいる土方を見て、苦笑した。彼らに気付かれないうちに、屯所を離れようと思っていたのだ。
「なにをしている」
「出て行きます」
言い放った暙桜は、土方の柳眉がぴくりと動いたのを認めた。彼女は苦笑に似た微笑を彼に向けた。伊達に鬼の副長と異名をとる采配をする男ではないらしい。
「それは許可できない」
「なぜ?」
小首を傾けて理由を察しているはずの暙桜は彼に問う。それはわずかな時間を稼ぐようにも思える。まるで、名残惜しむように。
「お前は屯所を二度も脅かした。理由を知っているようなのに、それを俺たちに説明をすることなく屯所を離れることは許さない」
鋭い視線が突き刺さるが、暙桜はそれをまっすぐに受け止める。今視線を逸らすことは彼に対しても自分に対しても逃げることに他ならない。
「わたしもすべてを知っているわけじゃないです。だから出て行く。新たなる災厄を防ぐために」
犠牲になるのは、少ないほうが良い。
暙桜は瞳を閉じた。思い出すのは、凄惨なほど美しい光景。
自らの首や手首を掻ききるのでもなく、首をつるのでもない。暙桜が尊敬し、救いたいと願った人物は、自らの体の中に新たなウイルスを取り込むことで、彼女がもっとも嫌った死に方をした。それは、死体が綺麗なまま残る、残されたものが一番心に残る方法。
屯所の中での惨劇は、血なまぐさい殺戮の光景。あれは、すべての人が同じように等しく死んでいた。だから、ひとりひとりの顔は、残らないけれどその光景だけは嫌でも残ってしまう。
どちらも、暙桜が嫌う人死の仕方だ。否、もともと人死など起こらないほうが良いのだ。
「すべての責はわたしにあるから。だからわたしは出て行く」
凛と言い放った少女は、その瞳の強さを讃えるほど澄んだ瞳をしていた。
穢れを知らない、無垢な少女。しかしそれはこの屯所に来てなくなった。血にまみれた両の手。汚されかけたその肢体は、決して無垢とは言いがたいほどになってしまった。
それは他でもない副長である土方と、局長である近藤の監督不行き届きだ。だから一概に彼女を責めるということもできない。
だからといって、許せるわけでもない。
「許せない」
「出て行きます。…………力づくでも」
すらりと引き抜かれた桜吹雪は、月光をはじいて淡くきらめく。少女の強い意志を秘めたその瞳は、決して自分が折れることを是としないものの瞳だった。
それをみとめた土方はどこかあきらめのあるような溜息をつき、暙桜に刀を納めるように手を振った。
しかし一度刀を手にし、自分の目的を阻もうとする土方を目前に彼女はすんなりと刀を納めることはできなかった。
「納めろ。大事にゃ、したかねぇだろ」
しばらく悩んだ暙桜だが、土方のいうとおりなのでおとなしく納め、ちょこんと正座した。利き手とは逆の左側に刀を置き、いつでも抜刀できる体制ではあるが。
胡坐をかいて座った土方は、彼女の臨戦態勢を見てあきらめたような溜息をついたが、なにも触れずに口先を切った。




