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星の栞 -慟哭するひとつの導‐  作者: 白石さくら
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 あえぐように息をするが、胸が痛いのだ。逆効果なのは分かっているが、求めるように息を吸う。朦朧とする視界の中、ととのった顔立ちの貢が覗き込んでくる。頬にひやりとした感触を感じた次の瞬間、唇に何かが当たっている。


「……っ」


 それが何か、一瞬理解できなかった暙桜だが、すぐにそれを察し彼の腕から逃れた。千歳の近くに転がっている愛刀を手にとった。そして霞む視界の中で、自分に口付けをした相手を睨みつける。


「何を……っ」


 貢は愉快そうに口許に笑みを作る。それが妙に少女の癇に障る。


「しるし、だよ」

「しるし……?」

「玉依といえど人間の体だ、死なれても、困る」


 淡々と並べる男は、後悔の欠片など見受けられない。それが暙桜の怒りに拍車をかけた。


「謝罪ぐらい………っ」


 痛みなど吹っ飛ぶほど彼女は憤っていた。知らぬ間に雷帝を呼ぶほど。

 ぱちぱちと電気がはぜる音がした。周囲を見回した千歳は忌々しそうに舌打ちをした。


「貢、なにしてくれる」

「いいだろう。力を見れる」


 いい機会だ、と続けた彼らの言葉は暙桜の耳には入らない。耳朶を打つのは、怒りの鼓動。心臓の、鼓動のひとつだ。


「しろ――――っ!」


 電気が爆ぜる音が、いっそう強く響いた。二人に向かって落ちてゆく稲妻にさすがに目をむいた二人は、しかし逃げることなくそれに対抗しようと手を掲げた。

 怒りで呼び寄せた雷帝ならば、と思ったのだろうが、暙桜はその口許に弧を描いた。それの気付いたのは、鴉以外の新選組だった。


「しゅんお……―――」


 声をかけた平助だが、彼女は聞こえていないように、口許に人差し指と中指を立て、他の指を折った状態にして持っていく。そして、その口許に笑みを浮かべたまま低く呟く。


「雷帝……、招来―――………!」


 けたたましいほどの音が、屯所内に響き渡る。さすがに逃げようとする二人を囲むように暙桜は指を突き立てる。


「五芒に集いし我が霊力よ、汝ら戒めたらんと欲す…!」


 地面に突き立てた少女の指は土で汚れるが、それをかまわず彼女は星を描く。

 そして満足そうに面を上げる。


「捕まえたよ、鴉ども」


 若干口が悪くなっている感は否めないが、平助は口を挟まないことにした。これが懸命な判断だったと実感するのは数秒後。


「人に勝手に口付けして、ただで帰れると思うなよ? 玉依の血も、こういうときは役にたつね。病を一時的にでも抑えられるんだもの。一瞬死のうとも思ったけどやっぱやめる。あんたらに利用されるのは嫌だけど、勝手に口付けされるのはもっと嫌。逆鱗に触れたこと、後悔しなさいね?」


 凄絶な微笑みは、穏やかなほど優しく、凍てついている。

 あでやかに微笑む少女は、怒りを通り越しているように思えてならない。いざというとき男より女が強いという言葉は、あながち間違ってもいない。


「それは、だから……っ」


 口を開きかけた貢を笑みひとつで封じる少女は、さきほどまで苦しんでいたのと同一人物とはとても思えないほどぴんぴんしている。


「黙ってね、鳥さん?」


 冴え冴えと凍てついた声音は、しかし口走っている言葉が妙に突き放した言い方に変わった。


「玉依は、穢れちゃいけないんだって」


 誰にとも無く呟いた少女は、しかしその瞳を悲しげにゆがめた。突然の変化についていけないのは、鴉の二人だけではなかった。


「だから、いつも人と遮断された生活だった。ご飯も、味気の無い美味しくないものばっかり。草みたいな野菜ばっかり。魚もお肉も、みんなが当然のように口にしているものは、何一つ知らない。しらな、かった……」


 哀しさを含んだその声音に比例するように、鴉を襲っていた稲妻が力を失い始める。

 しかし彼らは動けずにいた。今ならば雷の戒めを解くことも、足元の五芒から抜け出すことも容易なのに、彼らはそれができずにいる。ただ目の前で、滔々と語る少女から目を話せずにいた。

 玉依の威厳も何も無い、ただの少女から。


「だけど、ここにきていろいろ教えてもらった。いろいろ与えてもらった。だから…」


 きっと睨みあげる少女の瞳には固い決意が浮かんでいる。

 慌てて身の危険を察知した鴉がその場をどく。鴉の二人が地を蹴ったのとほぼ同時に、その場に大きなくぼみができる。

 千歳と貢が同時に暙桜を睨みつける。しかしそれを真っ向から受け止める少女は、すべてをその身に受けた、玉依の血統。


「この血が刻む命の刻限は短い」


 自分の胸に左の手のひらを押し当てる暙桜は瞼を下ろしてそういいきる。まるでそれは、川に水が流れているのが当然というのと同じように紡がれる言の葉。

 すべてを承知した上で、彼女は時を刻み続ける歯車の上で踊っているのだ。


「だから、時を刻み続けるこの世界でわたしの時間をあんた達のために割く気は、ない」


 言い切った少女は凛と前を見据える。すべてをあきらめているようにも、すべてに抗っているようにも見える彼女の所業の真意は、きっと誰にも分からない。


「退きなさい、玉依の血をだれよりも尊ぶ鴉の一族の者たちよ」


 しかし、と続ける暙桜の瞳に強い光が宿る。


「見逃すのは今だけよ。夢、忘れないことね。わたしの近くに居る人間一人でも手を下したら、わたしは玉依の誓約をもってして、あなたたちに死の償いをさせるわ。強制的に、ね?」


 僅かに首を傾けた少女は、人の死を背負う覚悟をしたものの瞳をしていた。

 小さく笑った千歳は、貢に目を移し、彼が頷くのを確認すると身を翻した。


「また会おう、暙桜」


 その声がこの名を呼ぶとは思わなかった暙桜は、虚を衝かれたように軽く目を瞠った。そしてすぐに淡い笑みを見せた。


「ええ、千歳」


 頷いた少女の顔には、敵対しているとは思えないほど艶やかな笑みが浮かんでいた。

 瞬く間に姿を消した二人の後姿を見送っていた新選組の幹部の面々は呆然と消えた場所を見ていたが、何かが倒れる音がした瞬間、すぐにそちらに視線を向けた。

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