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星の栞 -慟哭するひとつの導‐  作者: 白石さくら
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2

 一方、屯所を出て不ぞろいな髪のままとおりを歩けば、当然人目を引くわけで、暙桜はしかし堂々と歩いていた。


「ねえ、暙桜……?」

「はい?」

「君は……、その……」


 総司が言葉を濁すとは珍しい。そんな感慨で彼を見ていた暙桜は意を決したように口を開こうとする彼を、さらにものめずらしそうに見上げた。


「その髪で、歩くことは恥ずかしくないのかい? 仮にも女の子だろう?」


 仮にものあたりは小声だったが、隣を歩く暙桜にはもちろん聞こえている。苦笑した彼女は、まっすぐに青年を見上げた。


「恥ずかしくはありませんね。羞恥より勝るのは好奇心です」

「好奇心?」


 不思議そうな総司に、暙桜は辺りを見回す。慌てて視線を逸らす人、客を招くために声を張り上げている人、お茶を飲みながら談笑している人、あたりいっぱいの市井の人々に少女は目を奪われていた。楽しそうで、幸せそうで、満足そうな彼らの表情はときにころっと変わる人間の心情のようだが、それでも今彼らは笑顔で笑っている。

 そう呟くように口にすると、総司は小さく笑い出す。


「なんですか…」


 恨めしげに上を見上げる暙桜の瞳は苛烈にきらめく。


「いや、ごめんね。君があまりにも普通だったからね。思った以上に女の子だね君は」


 軽く目を瞠った彼女は、しかし総司を素通りしてとおりの向こうを見ていた。思わず彼が彼女から視線を逸らした瞬間、少女が駆け出した。


狗守(くがみ)……っ」


 呟かれたその名は、聞いたことの無い名だった。

 少女の髪が風に煽られて翻る。思わず腕で顔を覆った少女は、すぐに視線を戻すが、そこにもう、姿は無かったようで落胆のような安堵のような表情を浮かべた。

 その横顔は、妙に切なくやるせない。そしてなぜか、その表情を見せる彼女が、果てしないほど愛おしいと感じてしまう。


「ごめんなさい。いきましょう…」


 くるりと向きを変えた少女の顔は、それ以上は見られなかった。まるで、その瞳から涙を流すことを是としない頑なな意思を貫き通すように、少女はその瞳を、涙でぬらしたりはしなかった。



「落ち着かない……」


 高い位置で結い上げられた元来より短くなった髪は、うなじの辺りで毛先が揺れている。

 腰に佩いてある彼女の愛刀は申し訳程度にぶら下がっているだけだ。しかしそれは、隙があるようでまったくそれ無い立ちかた。見るものが見れば分かるその様子は、彼女の腰にはいてある獲物も同じだ。

 不意に影がさす。反射的に剣を抜きながら振り返った少女の苛烈にきらめく瞳は、その人影を見咎めてその体に傷をつける寸前で剣をとめた。


「いやぁ、やるね」


 軽い口調で彼女に話しかける新八を見て、少女は忌々しそうに刀を鞘に納める。


「あなたなら斬ればよったわ」


 きん、と鞘にしまいきったときに刀が音を立てる。そして本当にそのまま彼を切ろうとした少女は、一瞥もくれずにさっさと立ち去る。声をかけようとした新八はしかし思いとどまって、伸ばしかけた手をすっと引いた。

 少女は変わった。二日前、総司と髪を整えに出かけてから、凍てつく冷気は他人をひきつけることを是としない、ひどく冷たく、いままではあまり帯刀していなかったのに、あの日以来、愛刀を手放すことをしなくなった。桜吹雪はその名のとおり桜のような色を柄の部分に納めている。甘い桃色は、いまでは冷たい桃色に変わっているような気がしてならない。そして、変わったのは少女の瞳だ。時折、何かを探すように視線を動かし、しかし安堵と落胆の混じった溜息をつく。

 その光景を屯所の中で繰り返していた少女は、人が変わったように新選組の者と離さなくなった。玉依としてなのか、ひとりの人間として、なのかは彼らにはわからないままだ。

 夜が静かに更けていく。

 それはまるで、闇が蠢く時間を告げるように―――。

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