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一方髪を切りそろえるとは言われたものの、髪を切るのをまだ惜しむ暙桜は瞬迷した後に、おずおずと着物に手をかけた。
「別に、いいのに…な……」
不ぞろいならばそれで、かまわないと思う。困ることといえば、長かった髪が短くなったために、頭が軽くなったことぐらいで、それも自然になじんでくるだろうと考えているぐらいだ。だからわざわざそろえなくても、伸びてこれば勝手に紛れてしまう。
用意されている自分用の袴に手を伸ばしたが寸前で思いとどまる。
男と男の髪を切りに行く。
それはどうだろう。
「………、…………」
唇に指を添えて思わず真剣に考え込んでしまった。
それはそれでいいだろう。確かに。けれどあらぬ誤解をされてしまうのは自分ではなく総司だ。それは大いに困るだろう。暙桜自身なら、まだしも。
それを尋ねるべきか迷ったが、なにも言ってこないところをみるといいのだろうかと考え直してしまう。ともいえ、袴以外の服があるわけでもないのだから、結果的には袴をはくしかできないのだが。
寝巻きの単に袖を通した暙桜は、意図せずして襖が開いたので、思わずそちらに視線を移す。さらしを巻いている胸は、しかし男に比べてはやや膨れている。袴を着た後ならば言い訳はできるが、この事情を知っているのは一部の幹部のみだ。慌てて大袿を取ろうとした暙桜は、しかしその腕が意図せず強く引っ張られたことで体制を崩し、思わずその肢体が畳の上に転がった。思わず声を出そうとしたが、その前に大きな手のひらに口をふさがれる。
「っ……ふ……」
息が僅かに漏れるだけの音がする。それはあまりに力ない少女の声音。
そして自分の上にいる影を認めた暙桜は静かに目を瞠った。ゆっくりと見開かれる瞳の奥に浮かぶ色は、ひとつの驚愕。
「……お前の………せいだ…っ」
悲痛な叫びをするのは、先ほど彼女が横蹴りを入れた武田だった。したたか打ち付けたはずの体だったが、やはり女の力ではそれほどの痛手ではなかったらしい。
「っ……」
襖ごしに居るはずの総司を呼びたいのは山々だが、口に当てられている手によってそれはかなわない。恐怖に顔をゆがめた暙桜を見取って、妖しく嗤った武田は、彼女の単に手をかけた。
なにをするか、なんてことは明白になった瞬間、少女の体が勢いよく暴れだす。しかし、細いその痩躯で何をしようと、巨体の男である武田にはなんてことはない。ゆっくりと、恐怖を煽るように少女の単をはだけさせた男は、その瞳にさらしを見て忌々しそうに眉を顰めた。
「邪魔だ……」
辱めれば少女が屯所を出て行くという浅い考えにたどり着いた男は、すぐさまそれを実行に移しただ。暙桜は凍った瞳の奥でそれを悟り、毒づいた。
人間とは浅はかだとは思っていたが、年端も行かぬ少女をこうして襲うほどこの世界は腐っているのかと、眉を顰めた。
「……う…、…ふ……っ」
口が開けば手を噛むというなんてこと無いがしかし結構単純な策に講じられるものだが、男の手のひらはそれを許さないほど少女の口を戒める。
「…………そうだ」
まるで何かに返事を返すような男の言葉に動きを止めた暙桜はいぶかしみながら男を睨みあげる。しかしその手が、自分の肌を滑った瞬間、嫌悪と気持ち悪さに息が詰まる。肌を重ねることなど、考えたことも無い。ただ、自分のそばに誰かいることも、考えない。玉依として生を受けた暙桜は、誰かと直接話をすることも、誰かに触れることも禁じられていたのだ。
穢れに触れる、とただ一心に幼心に刻まれた。
けれどそのとおりだと、いま実感する。汚い汚い、汚い。ただ一心にそう思い続ける暙桜はその瞳に僅かな涙をためた。
それを見て満足そうに嗤った男を見て、少女は今度こそ愕然とした。壊れている。何かが、壊れている。
「……ぉ…っ……さ…」
声が出ないことがもどかしい。もごもごと唇が僅かに動くだけで、言葉が発せられないことが、いやなほど気持ち悪い。
首筋を滑っていた指が唐突に動きを止めた。ほっとしたのもつかの間で、少女の首を滑っていたその手が圧迫する。
「っ………、ぁ…」
口をふさがれて、喉の気道もふさがれて、息ができない。視界がくらくらと歪み始める。朦朧とする意識の先で見上げる男の顔は狂気に彩られた人間の表情。
「………ぃ……」
声で呼ばない。魂で呼ぶ。そう、呼ぶのだ。
暙桜はただ一心に心を研ぎ澄ます。刃のように。張り詰める糸のように。
―――迅……っ




