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星の栞 -慟哭するひとつの導‐  作者: 白石さくら
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6

 彼女の耳の奥で、懐かしい声がよみがえる。


 ―――きっと、この髪を伸ばしたら綺麗だろうな…


 哀しそうに、けれどどこか楽しそうにあの人はそういった。だから、あの人に見せるまでは切るまいとしていた髪の毛を、無造作に切られた。

 暙桜は無感情な瞳を武田に向けた。その視線は凍てつくほど冷たく、暗い。


「………―――」


 風を切る音だけがその場に聞こえた。武田のあとについてきた隊士も、その場にいた幹部さえも動くことができなった一瞬の間に、暙桜は武田を倒し、彼の脇差を奪い、それを彼の喉仏に突きつけた。

 そして笑った。凄絶に、凍てつくほど、綺麗に。


「ねぇ……、死にたいの?」


 くっと彼女が小さな脇差を埋めると、倒れた武田の喉から血が滴る。ひゅっと息を詰めるように空気が凍り、武田の取り巻きとも思える隊士が我先にとばかりに逃げ出す。彼らの悲鳴にも似た逃走の声音に我に返った土方が暙桜へ叫ぶ。


「そいつを殺すな!」

「なぜ?」


 それは本当に些細な疑問のように彼女は返してきた。とっさに言葉を失った土方だが、彼はすぐに言葉を続けた。


「そんなヤツでも幹部だ。殺すな。殺すのならば俺がお前を殺す」


 それはごくごく当たり前の新選組の問題だった。けれどそれを彼女は一笑した。


「わたしを殺す? 大歓迎よ。殺してくれる?」


 武田に突きつけていた脇差を自分の首元に据えた彼女は、心から嬉しそうに笑った。


「殺して、くれる?」


 もう一度繰り返した少女は、その瞳に憂いを乗せる。それは些細な変化で、心から死を望んでいるのに、心からそれを恐れている。死ぬことは怖くない。未来を失うのは、怖い。

 少女の考えは彼らには分からない。

 暙桜の刀に添えられた脇差を誰より早く摑んだのは、彼女の下敷きになっていた武田だった。下から彼女の体に力をかけ、逆に少女の肢体を押し倒す。

 今度は武田が上で、暙桜がしたという体制に変わる。

 したたか打ち付けた背中を痛む暇もなく、彼女の喉仏に再び脇差が武田によってすえられる。残忍にきらめいた彼の瞳を認めた暙桜はされるがままにその場に転がる。


「お前が………っ」


 息苦しくなるほど悲痛なその声音が耳朶を打つ。その場に二人しかいないような空気になりかけたそこに、武田を殴り飛ばした影があった。

 幹部の中でも巨体の部類に入る彼を難なく殴り飛ばしたのは、新選組の中でも小柄な平助だった。先ほどまで夢現の彼だが、覚醒しきっていなくても、寝起きでも幹部となる最年少の力は伊達ではない。


「そこまでだよ、観さん」


 握り締めたこぶしが僅かに震えを帯びている。それは、哀しみか怒りか。

 僅かに咳き込んだ暙桜は、垂れ下がる自分の髪を見咎めて哀しげに目を細めた。腰まであった漆黒の髪が、ざんばらに切られている。一番短いところでは背中より上だろうか。一番長い部分の髪をひと房握った暙桜は、愛刀桜吹雪を抜き取り、抜き身のそれを一閃した。反射した刀の軌跡が僅かに残る。

 すっとその切っ先を殴り飛ばされた武田に向けた暙桜は、凄絶に笑った

「わたしが気に入らないなら正々堂々来なさい。わたしだって逃げない。けど、今後一切他人のことを傷つけるな。何が大切かなんて分からないんだから、やるなら木刀でも何でもできるはずよ。女の髪を切るなんて、言語道(断。覚えておきなさい。女を傷つけると、十倍以上で返ってくるからね」


 優しげに笑った暙桜は、しかし次の瞬間武田の横顔を蹴り飛ばしていた。襖を突き抜けて、隣の部屋までとんだ巨体を見て満足そうに息をついた少女は刀を鞘に戻し、平助に笑いかけた。


「あなたが仲間を傷つける必要なんてないわ。悪者は、わたしがかってでるから、ね?」


 だから無理はしないでと、その瞳が雄弁に語っているのを見て、少年は口ごもる。

 そして何より、その場にいる誰もが、彼女の後姿を見て痛々しそうに顔をゆがめる。長く伸びていた漆黒の髪が背中の辺りで不ぞろいに揺れている。


「暙桜……」


 総司が呼びかける声が、わずかに揺れている。後ろを振り返った暙桜は、苦笑を見せた。


「どうしよっかな、これ……」


 困ったようなその声音に、思わず安堵する自分が恨めしいと思う。

 ぐいっと細い腕をつかんだ総司は、彼女を着替えさせるため別室へ連れてゆく。


「ちょ…っ、沖田さん……」

「着替えな。髪、切りそろえるよ」


 でも、と言い募ろうとする少女が不意に上を向いたとき、その瞳を見て、瞳を揺らした。自分より上にあるその瞳が、わずかに揺れている。それが妙にやるせない。

 言われたとおりに着替えようとする暙桜を見て、総司はとりあえず部屋から出てゆく。襖に背を預けて、少女の着替えを待っているというのは、どうにも落ち着かない。

 そんなことをうつらうつらと考えながら、青年は僅かに瞼をおろした。

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