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星の栞 -慟哭するひとつの導‐  作者: 白石さくら
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     ◆     ◆     ◆



 夢を見るのは、いつも唐突だった。

 前触れも無く、ただ、未来の断片を見せ付ける一方的な情景は、ただ哀しみと憤りだけをもたらすものだった。


 ―――人間が再び、か…

 ―――貴様らが玉依の尊き血を汚したのだ――っ


 慟哭のような叫びは、彼女の心を酷く締め付ける。自分のことではないはずなのに、彼らの言葉はどこまでもまっすぐに彼女の心に突き刺さってくるのだ。

 なぜだかわからない。負の感情のはずなのに、それは酷く優しく聞こえる。


 ―――かえせ。我が――…を…


 金色の瞳が、わずかに揺らいだ。

 思わず手を伸ばした彼女は、その手が彼に届かないことがもどかしいと思った。抱きしめたい。あの冷たく哀しい場所にいる、あの人を―――。



     ◆     ◆     ◆



 ぷつりと途切れた意識のはずなのに、しかし彼女は反して瞳を見せていた。彷徨わせた視線に何かが映る。


「おきたかっ?」


 歓喜の声音が耳朶を打つ。聞きなれた少しだけ甲高い青年男子の声が、一瞬誰のものだか分からなかった。薄ぼんやりとあたりを見回した暙桜は、少しだけ大きな瞳を見つけた。

 萌黄の瞳と視線がかち合う。ぶわっとその瞳に涙が溜まってゆくのを見た暙桜は困ったように顔を崩した。


「……したの……、と……どう…さん…?」


 悲しそうな顔をしている同じぐらいの背丈の彼は、成人男子というより同年代の男の子の感覚に近しいものを感じている。暙桜はけだるい腕を持ち上げて、今にも涙が滑り落ちそうな彼の頬に指先を当てた。

 人の体温を感じるほど温かいそれに、己の指は冷たいんじゃないかと引きかけた腕はしかし、彼によって阻まれた。


「………っかった…」


 とうとう涙がぼろぼろと流れるが、そんなことかまわないとばかりに彼の瞳からはとめどなく大粒の涙が流れる。眩しそうにそれを見つめていた暙桜は、彼の手に握られている己の手を少しだけ動かして、その涙を少しぬぐった。


「……めん…ね…………?」


 謝罪の言葉は、彼女の口から自然にこぼれたものだったのに、平助はそれすらかまわないとばかりに首を横に振る。

 その行動が、表情が、感情が。彼のすべてがまるで、暙桜自身が目を開けてくれてよかったといっているようで、彼女は目頭が熱くなるのを感じた。

 けだるい体のはずなのに。起こしたくも無いのに。暙桜は、ゆっくりと起き上がって、未だに涙を流している平助を抱きしめた。

 暙桜の胸に顔をうずめる形になった平助は赤面したものの、彼女の背中におずおずと手を回して、その存在を確かめるように力を入れた。


「よかった……」


 幾万もの想いがこめられたその言葉一つで平助は心からの安堵を見せた。

 平助の頭に少しだけ埋めた顔には彼の髪が頬をくすぐるようにはねているが、暙桜はそれすらかまわないほど、今の彼を強く抱きしめた。


「ごめんね……?」


 まだどこかけだるさが残る声音が、平助の耳朶を打つ。それはひどく耳に心地がいいまま、暙桜の声音。

 悪くないのに、彼女はなにも悪くない。ただ平助が勝手に心配してぼろぼろ涙しているだけだというのに、暙桜はすべてを包み込むように優しく謝る。声を出したいのに、今口を開いたら嗚咽しか出てこないことを自覚している平助は、ただわずかに首を横に振ることしかできなかった。それがいま唯一できる、行動。


「おい平助、暙桜はおきた……か……ぁ?」


 語尾がだんだんと小さくなってゆく。ふすまが開くと同時に固まった幹部の面々が現れる。そして室内の様子を見た瞬間、みんな一様に同じような反応をする。

 顔を覗かせた原田に、苦笑交じりの笑みを見せた暙桜は、その反応にいぶかしむがすぐに得心のいったような頷きをみせた。

 胸にうずくまる平助に視線を移して、少年の頭を撫でているのと逆の手で人差し指を唇に押し当てる。静かに、と口外に告げる。

 頷きをみせたのは土方で、彼は自身と近藤以外はとりあえず部屋の外で待たせた。

 暙桜は胸の中でうとうとし始めた平助に、小さく何かを呟いた。おそらく、寝てもいいよと優しい声音で声をかけたのだろう。そのまま瞼を下ろした平助は、暙桜に膝枕をされる形で居心地の良い眠りに入った。

 それを確認した暙桜は、改めて土方たちに視線を移した。すべてを知りたいと、雄弁にその表情が語っている。


「屯所が襲撃されてから、今日で三日目だ」


 みっか、と呟いた少女は、膝に乗っている平助の頭を無意識に撫でた。優しい手つきのそれは、忘れたはずのなにかを思い出させる。それは僅かに胸に痛く、しかし酷く心地が良いもの。


「屯所は機能している」


 理由はわかるか、と問われ暙桜は考えるように人差し指を唇に僅かに触れるように折り曲げたが、明確な理由がみつからない。

 なにしろ彼女が最後に見た屯所は、血の惨劇の有様だった。こう言っては悪いが、生存者はあの場に集っていた幹部だけだったようにしか見受けられなかったのだ。そしてそれ以外は、血の海に沈んで息絶えていたようにしか見えなかった。


「屯所は機能している」


 同じ言葉を繰り返した土方は、しかし次の瞬間、彼女が信じられないことを言い放った。


「屯所内での死人は、いない」


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