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星の栞 -慟哭するひとつの導‐  作者: 白石さくら
29/49

3

 誰。だれだれだれだれ、ダレ?


「だ……、…れ……?」


 何度目だろう。今日だけで、否この数時間の中で。

 答えなんて要らない。ただ、何事もなくここからさってくれれば、この殺戮を、やめてくれれば、それでいい。

 しかし、こちらの考えなど彼らにはまったくもって尊重すべきことなどではなく、目の前の男は、残忍にその瞳をきらめかせた。


「そうだな。千歳が説明する」


 そうして視線を向けた先には、金色の双眸をもつ男。彼が呼ぶ「千歳」とはあの男のものらしいと、やっと頭が理解した。

 すっと伸ばされた腕。そのとき手首にちらりと見えたのは、そこに直接埋め込まれている紋印。それが何か考える前に、白銀が一閃した。


「いい加減、ここから出て行ってくれないかな…?」


 少しだけ息を切らせた総司がそこに立っていた。挑発的に構えた刀は、しっかりと向かい側の男に向けられている。

 視界にちらりと見えた浅葱色に思わず視線を走らせると、原田の近くに近藤が駆け寄っていた。傷の度合いを見て、自分が痛ましそうに顔をゆがめた大の男の彼は、しかし原田に笑顔を見せられて、少しだけほっとしたように肩の力を抜いた。原田に肩を貸すと促したのか、原田は近藤の肩に腕を回して、体を引きずるようにして近くの大木の根元に腰を落ち着けた。少しだけ上がっている息が、遠くからでもはっきりと分かるほど、胸が上下している。

 不意に総司の目の前に居た男が口ずさむ。


「我、天地を分けるもの」

「なんのつもり?」


 総司の問いに答える様子の無い男は静かにそれを続ける。


「天は地に在ず、地は天に在ず、天地を結ぶ一つの楔、今我に従い、新たなひとつの楔を地上へ打ち込め」


 左手を空へとかざし、人差し指と中指だけを天へ向ける。まるで、何かの術のように。

 戦慄した暙桜は、目の前の総司ではなく近藤たちへ視線を走らせた。戦慄がいっそう強くなる。


「逃げてっ! 近藤さんっ、原田さんっ」


 目の前で男がにいと嗤う。残忍に、楽しそうに。


雷帝招来(らいていしょうらい)―――!」


 刹那、けたたましい音がその場に響き渡る。稲妻で照らし出された目の前の男の顔は、満足そうで、それでいてとても楽しそうに、歪んでいた。


「っ、近藤さん!」


 総司が刀を投げ出しそうな勢いで近藤たちがいたほうへと駆け出す。もちろん、背中はがら空きなわけで。


「待て、行くなっ、総司!!」


 土方の制止もむなしく、彼が振り返ったときには、血に染まっていた。

 目の前で狂い咲く(あだ)(ばな)のような赤に、暙桜は小さな悲鳴を喉の奥で上げた。それ以上の言葉も出てこない。


「総司―――っ!!」


 見える絶望の色。明け空に覗く太陽の赤は、今は血のように赤く見える。

 震える体を、叱咤して自分の力で立ち上がる。目の前の男は暙桜より頭いくつぶんか高いため、首が痛くなりそうだが、いまそんな些細な痛みなど関係ない。


「玉依って、なに」


 一体何者なのだ。自分は、暙桜は、そしてこの世界は。


「太古より生きし、神の化身。神の声を聞き、その身に降ろす役目を担うたった一人の人物」


 正直に答えられるとは思っていなかった暙桜は一瞬唖然と見つめたが、すぐにきっと睨んだ。


「どうして、みんなを巻き込んだ」


 恐怖なんて、すてた。今更何を恐れるか。死を覚悟した。死を覚悟して、死ねなかったのだ。だったら、いまここに分かっている人がいるのなら聞くべきことは聞いたって、かまわないはずだ。そしてその疑問は、一生胸の内に留めるべきだと思っていたから、まるで流れる水の如く自然に容易に出てくる。

 しかしあっさりとした返答は、暙桜の怒りを煮えたぎらせる。


「邪魔だからだ。玉依の覚醒には犠牲が必要だ。それがたまたまこいつらだっただけだ。力があるが故に苦しむ、ただそれだけだ」


 乾いた音が響いた。生きる目的を、ずっとずっと前に失った。

 生きるために生かされていると知ったとき、どんなに絶望したことか。何も関係の無いここに来て、どれほど心が救われたか。けれどここでも同じなのだ。誰かが何かをする。そしてその取り決めは暙桜が知らないところで全て下される。いい加減、飽き飽きだ。

 凪いだ水面の瞳が、静かに揺らめく。


「選定する。我が命に従いし天地の数多神々よ。今我(たす)けるか、それとも我を敵に回すか選ぶがいい。選んだ末に、出した答えに後悔せぬように」


 一瞬静まり返るその場の空気が、ぴんと張り詰める。暙桜はなおも続ける。

 救うか、殺すか。


「我が助けになるのならば今その力を具現せよ。我が武器として、糧として、楯として、力を貸せ」


 それは今まで見たことのない奔流の渦。渦中にいるはずの暙桜は揺るぎもしないのに、その傍らにいた男だけが吹き飛ばされた。


「っ……!」


 翻る漆黒の髪が彼女を包み込むように視界を覆う。

 これで、終わる――――。

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