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「………沖田さん…」
「なに?」
「わたし…、夜の巡察行きたいです…」
「な…っ!?」
声を上げたのは原田で総司は満足そうに笑みを深くした。二人の反応を意にもかえさない暙桜は僅かに胸を躍らせた。
「そこまでですよ、沖田くん」
瞬時に空気が冷えかえったような錯覚に陥った暙桜は、身体をこわばらせた。ゆっくりと振り返った先には、夕焼けを背景に山南が立っていた。左腕を首から吊り下げている姿は、ここ一ヶ月でもうなれた。だが、彼がかもし出す雰囲気が怪我をする前としたあとでがらりと変わったのは、付き合いが浅い暙桜でも敏感に感じ取るほどだった。
負傷する前は厳しさが見え隠れはしたものの、まだ優しいまなざしで笑っていた。しかし、負傷した後は笑みを見せる回数は増えたものの自虐的な笑みだったり蔑むような笑みだったりとすることが多かった。彼は、まったく別人のように変わってしまった。
「山南さん……」
総司が小さく呟くと、返事の変わりに彼は笑みを深くした。そしてそのまま再び口を開く。
「土方君が許可を出していようと、今の状況で彼女を外に出すことは許せませんね」
「あれ、山南さん珍しく土方さんの言うことに口挟むんですか?」
総司が茶化すようにそういっても、三南は深く刻んだ笑みをそのままにして少しだけ瞼を上げた。僅かに見える瞳に映る暗い色はどこか恐怖を煽るようにきらめく。
「彼らの正体は未だ部外者に見せてはいけないもの。土方君が許可したといっても、夜の京に彼女を出すことに私は賛成などできません」
はっきりとそう言い切った山南はおもむろに暙桜に視線を向けた。視線を受けた少女は身体を強張らせた。居竦むほど鋭い眼光に狂気的な色が宿っている。
思わず後ずさりそうになった暙桜は、しかし僅かな勇気でそれをとめた。もともと彼は、負傷してからというもの、彼女に好意的に話しかけることはおろか、新選組のなじみの者達にさえ、笑いかけることをやめた。
「…………っ」
不意に暙桜の身体が後ろにそれた。右腕にある感触に、慌てたのも一瞬で、目の前に広がる大きな背中に虫息にほっと胸をなでおろした。
「山南さん、こいつが外へ行くか行かないかはこいつが決める。許可を出すのは局長である近藤さんか、副長である土方さんだ。総長であるあんたは、二人と一緒に今後の新選組を支える策をめぐらすのが仕事だろう? こんなところで俺たち相手に油売ってる暇はないんじゃねぇの?」
少しとげとげしい物言いのものの、前に出てそう言った原田は自分より小さな体躯の暙桜を山南の視線から隠すように、そしてその視線を自分に向けるためにあえてそんな物言いを選んだ。
背後に庇われた暙桜は、一瞬だけ非難がましく原田を見たものの、右腕を掴む総司の力が思った以上に真剣で、強かったため、すぐにやめた。彼もまた、同じことを言いたいのだろうか。
三ヶ月近く彼ら新選組隊士と一緒にいるが、彼らはまだ暙桜に心を許すことをよしとはしていない。だからこそ、分からないのだ。なぜ今彼らが、長年の相手にわざわざそんな物言いをしてまで、疑いを向ける自身を助けるのかが。
「……!」
すっと暙桜は原田と山南の間に進み出た。思わず総司が手を伸ばしかけるが、彼女は少しだけ身体を捩りそれをかわした。そして山南へ深々と頭を下げた。
「すみませんでした。わたしの浅慮な考えではそこまで考えつかず…。新選組の総長であられる山南さんのおっしゃるとおり、わたしはまだ新選組を信用してませんし、されてもいません。―――あの夜のことを、完全に忘れることもまだできません。なので、あなたの疑心と非難も甘んじてわたしが受けましょう。ですが、それを他の隊士、あるいは幹部の方々に向けるのは筋違い。八つ当たりも甚だしいとは承知していると思います。怒りをぶつけるのは、わたしだけのはずです」
挑むように少しだけつりあがった瞳を向けると彼は面白そうに口許をゆがめた。
「そうですか」
たったそれだけの言葉が、何故だか妙に不気味に感じた暙桜は、小さく震える体を必死でころして山南が去って行くまでその後姿を睨み続けていた。




