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星の栞 -慟哭するひとつの導‐  作者: 白石さくら
23/49

5

 この三月で暙桜はよく笑うようになった。……新八を除外して。あの鬼の副長という土方でさえ、彼女の前では柔らかい表情を見せている。微笑みを見せながら彼女に対応している土方には、まったく他意などないようにしか見えない。総司は明らかにからかいながら、しかしどこか嬉しそうに接している。ひねくれた笑みか何かたくらんでいるような笑みしか見せたことのなかった総司だが、彼女の前では素で笑っているようだった。斉藤と接しているところは見ていないが、接するとしたら尊敬する土方のような対応を彼はするだろう。新八はあれだ。幹部としか関わることのない彼女は、しかし文句一つ言わず、屯所での生活を続けている。

 暙桜の愛刀である桜吹雪は、実は一度だけ総司と屯所の外に出かけたときにこしらえたものらしい。柄の部分に桜の紋が入っているあの太刀は、確かに彼女にあっている。


「………うぶ? 暙桜はすぐに………だからね」


 笑い声に混じって聴こえる総司の声。

 総司の言葉に、反論したらしい暙桜は、しかしすぐに笑みに戻る。


「沖田さんは………、……? 原田さん、ですか?」


 くるりと向きを変えて原田を見た暙桜に観念したように原田が姿を見せると、少しだけ申し訳なさそうに柳眉を下げた。


「あの…、先ほどはすみませんでした。少し、取り乱してしまって……」


 深々と頭を下げた暙桜を慌ててとめた原田は彼女が顔を上げると軽やかに笑う。


「気にすんなって。まあ、太刀だけじゃなくて、新八の言動にもイラついてたのは、見て分かるしな。あいつ、わかってやってんじゃないから、許してやってくれ。な?」


 原田のその言葉に暙桜は眉を寄せた。苛つきの類じゃないその表情に原田や総司が口を開く前に、少女が口を開いた。


「別に……、ちょっと行動がウザ……、ちょろまかしてるのは気にしません。できるだけ。けど、わたしだからまだいいですけど、あの人正直女性から見るといい男性、じゃなくて鬱陶しい付きまといに近いですから……」


 まっすぐというか、直球というか、彼女の言葉は時として刃より鋭い効果をもたらすんじゃないかと最近は考えられる原田だった。


「まあ正直言うとストーカーですね」

「すと………、なんだって?」


 時に彼女は、彼らによく分からない言葉を使う。そしてその説明を求めるとただ一言。


「すみません。西洋から来た言葉で、いわゆる付きまといです」


 謝罪の言葉と、簡単な意味。しかもいつもそれは比較的良くない言葉で、新八に向けられている。


「まあ悪く言うと、ですから。一概にそれとは言えませんが、あの行動だけは直していただきたいですね。話されるならまだしも、ただ近くに来てはた迷惑な行動だけするというのは、人間としてもどうかと思います。しゃべれない、しゃべりたくないなら近づいてほしくないですし…」


 本気で思案顔の彼女は、心底そう思っているようにしか思えない。

 総司と原田は顔を見合わせた。

 新八がことあるごとに彼女にちょっかいをかけていたのは知っていたし、彼女もそれを快く思っていないことも知っていたが、まさかここまでとは考えが及ばなかった。これからは彼に自重させようと心に誓った二人であった。


「………、どうかなさったんですか、お二方…?」


 小首をかしげて二人を見上げる暙桜には悪気どころか悪意も無い。

 溜息をつきたくなるのを堪えて、総司は自分の胸の辺りにある頭にぽんと手のひらを置いた。少年というのには華奢な身体つきは、幹部しか知らない事実がある。彼女の身元は、公では土方の遠縁。だが、彼女はじっさい途方にくれていたただの少女だった。

 それがこの三月で、ぐんぐんと剣の腕を上達させていき、今じゃ幹部と張り合えるぐらいにはなった。もちろん、鍔迫り合いでは男女の力の関係上、彼女が押し負けてしまうが、押し負けたあとの対応も大事で、彼女は自らを護る力に秀でている。だからといって、攻撃ができないかというとそうでもなく、相手の攻撃を程よい感じに受け流しながら、懐に飛び込むことが多い。そういう意味では、その身体の大きさをうまく使っているといえるだろう。

 腰に佩いている桜吹雪は、彼女が好んで身につけている。もちろん、性別を男と偽っている以上、なにか腰に下げていないといけないが、普通の女子ならばとうに嫌になっているはずの屯所の生活も、だんだんと慣れを見せ始めている。


「君は変な子だね」


 以前も、そして最近も総司によく言われる言葉だなと思いながら暙桜はにこやかに笑顔を作った。それはもう、皮肉気に。


「ありがとうございます」


 この対応もなれたもので、最初のほうは何もいえなかったが、危ないことを言わなければ彼は特に抜刀するという言うことは、まずない。だから暙桜は、いつもそうやって対応している。


「それより沖田さん、今日は巡察ではなかったのです?」


 ふと暙桜が小首を傾げると、彼は苦笑交じりに頷いた。


「そうなんだけど。土方さんが、一度夜の京についていってもいいってさ。行く? 行かない? そこは君しだいだから、僕は強制しないよ」


 途端、目元を険しくした原田を見て総司は苦笑を深くした。

 夜の巡察は昼の巡察より、いっそう危険が増す。彼女が屯所に連れてこられた原因である『彼ら』の存在がある。彼らが活動するのは夜の暗い時間が比較的多い。


「おい、総司…」


 非難がましく口を開いた原田はしかし、視線の先にある少女の瞳が思っていた反応とまったく違うものを見せていたので思わず口をつぐんだ。

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