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星の栞 -慟哭するひとつの導‐  作者: 白石さくら
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「………っ」


 唐突に瞳を開けた暙桜は、自分が置かれた状況が一瞬だけ理解できなかった。しかし、すぐに状況を把握し理解すると、諦めにも似たため息が口からこぼれた。


「何を、したいんだろう…」


 新選組といえば幕末の治安維持部隊だ。江戸幕府が滅びても蝦夷まで逃げ、体制を整え、新政府を迎え撃った部隊だ。しかし、その裏には凄絶な血の歴史が隠されている。


 池田屋事件、禁門の変、三条制札事件、油小路の変、鳥羽・伏見の戦い、淀千松両の戦い、甲州勝沼の戦い、宇都宮城の戦い、白河口の戦い、母成峠の戦い、函館戦争。そして、鳥羽・伏見の戦いからは、歴史ではこう刻まれている。

 ―――戊辰戦争。

 それは、暙桜が生きていた時代の礎とも呼ぶべき明治新政府の勝利と地固めを確定した、幕府との最後の戦争。日本国内での大きな戦争。

 そして、十年にも満たない新選組の意向は、そこで費え、消え去るのだ。


「…………っ」


 なぜだか、胸が痛む。ちくりちくりと、まるで小さく細い針を差し込まれているように、ゆっくりとじわじわと胸が痛む。


「そういえば……」


 どうして幕末のことだけ覚えているのだ。学校の歴史の授業でも、そこまで細かくなどやっていないはずだ。日本史もしかり。歴史の教科書の視点はどちらかといえば坂本龍馬や新政府軍だ。


「…………血、かな」


 自嘲気味に呟いた言葉だったが、しっくりこない。全部が全部、この血族だからじゃないか。


「………どうして」


 細い記憶の糸を必死で辿るが、その答えは判然としない。ただ、朦気に浮かぶ記憶が、何かを暗示しているように見える。

 気持ち悪くて、気味が悪い。暙桜自身が、自分のことが分からない。

 思わず胸を押さえた。心臓から流れ溢れるこの血が、忌まわしくも疎ましく、けれどこの血に生かされていることが、愛おしい。自身の気持ちが分からないほど、気味の悪いことはない。

 思わず胸を押さえている手に力をこめた。胸元の服に皺がよる。苦しいわけじゃないのに、なぜか胸が痛む。


「どうかしたのか?」


 突然かかったこえに思わず身が竦んだ。目に見えて暙桜の肩が震えたのを見て、新八は少しだけ居辛そうに頬を掻いた。


「あー…っと……、驚かせちまったな、悪ぃ…」


 本当に恐縮した様子の新八を見て暙桜は慌てて両手を振った。


「いえっ……あの……っ、違うんですっ!」


 何が、とは明確にはいえない。でも、本当に悪いと思っているような新八にあれが悪いこれが悪いというのは、なんだか気が引けた。

 不意に走馬灯のように切れ切れの光景が目の前に浮かぶ。


 ―――近藤さん!

 ―――待て、行くなっ

 ―――総司――っ!!


 舞い散る、赤。


「…ぁ………あ…」


 頭が、割れるほど痛い。耳鳴りがひどく、声が聞こえない。けれど頭の中に鮮明に浮かぶ情景の中の音だけは、聞こえる。

 肉を切る音。血が飛び散る音。足元にできている、赤の水溜りを踏んだときの、音。


 ―――どうして来た!?

 ―――土方さん!

 ―――原田、てめぇがなんとかしろっ


 背中が見える。背中の向こうの影が、刀を手にしてこちらに向かってくる。金色の双眸が暙桜を射抜く。


 ―――見つけた


 にい、と口許に弧が描かれた。その人が刀を一振りすると、新選組の幹部が倒れる。


 ―――人間ごときにこれは過ぎた血だ

 ―――こい。貴様はこちら側のものだ


 差し伸べられた手のひらを掴むことなどあろうものか。

 いつまで経ってもその手のひらに、手は重ならない。金の双眸が苛立たしげに細められ、残忍に笑う。


 ―――ああ…、こいつらか


 金の瞳が向いた先には浅葱色の羽織を羽織っている新選組のみんながいる。

 残忍な輝きを持ったその瞳が、もう一度暙桜が見ている方を向く。


 ―――殺せばいいか?

 ―――欠片も残さぬほど、切り刻んでやろうか?

 ―――その血肉も分からぬほどに、切り刻んでやろうか?


 いやだいやだいやだ。言葉が出てこない。分からない。

 暙桜に言っているのか。それとも、違う誰かの視点なのか分からないけれど、その男はその輝きを残したまま、ひとつの浅葱色に近づき、刀を振り上げる。


 ―――この人間どもが、貴様を戒めるのか?


 笑った顔に、一切の情などありはしない。


「――――っ!!」


 声にならない叫びが上がった。迸る光が、意思を持っているように暙桜の身体を包み込む。光が翼となるように。


「新八っ」


 土方をはじめとする幹部がその部屋に集まったのは悲鳴を聞いてからどのくらいが経ってからだろう。短かったかもしれないし、長かったのかもしれない。

 それすら判然としないほど、目の前の少女が変化している。


「あ、れは……?」

「力……、なのか…」


 初めて目の当たりにするその輝きは、目に痛いほど眩しくない。けれど神々しさを持っている。光の中にいる少女は、ただ丸くなって哀しみの涙を流しているように見える。

 総司と平助が呆然としてみているが、彼女に近づくことはできない。光が拒絶しているのか、暙桜が拒絶しているのか分からないが。


「―――っ」


 再び響く悲痛な叫び。言葉のようなその叫びはしかし、彼らには言葉としては届かない。ただ虚しく、空気に叫びとして消えてゆく。

 唐突に光が収まりだす。それは、永遠にも近い時間が、瞬きの間に終わったように。


「………………」


 その場の誰もが息をのんだ。目の前の少女は、暙桜のはずだ。

 なのに、彼女の冬の水面のようだった瞳の色は透き通った紅に。漆黒の髪は柔らかい黄金の髪に。

 開かれた紅の唇は、艶やかな笑みを浮かべた。


「はじめまして、とは少し違うが、お初に御目文字仕る、新選組」


 開いた唇から漏れた声は、暙桜のものとは別物だった。

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