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星の栞 -慟哭するひとつの導‐  作者: 白石さくら
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「まったく、総司は悪戯がすぎるなぁ」


 ははは…と笑っている近藤は放心している暙桜をよそにからからと笑っている。


「……っ」


 穴があったら入りたい心境の暙桜は総司から一番離れた原田の陰に隠れるように座っていた。最初は驚いていたものの、激怒した土方の怒りからしてまた総司がなにかやらかしたと察した面子はおとなしく原田の陰に隠れている少女がいっそ哀れに思えてきた。


「しんっっじらんないです、沖田さんっ!!」


 憤りを隠そうともしない暙桜が、ただの少女にしか、見えない。きっと総司はそれを組長たちに見せたかったのだろう。彼女は、『あれ』の保持者であるかも知れない。血族かもしれない。けれど、彼女はそれ以前に、一人の少女であるということを。知っていて、ほしかったのだろう。


「っ………、っ!」


 それまで憤りで顔を赤くしていた暙桜が急に胸元を抑えて咳を抑えている。その顔は先ほどでは考えられないほど蒼白だ。


「おいっ! 大丈夫かっ」

「………だい……っ、じょぶ……ですからっ」


 伸ばした原田の手を、音を立てて払い落とした暙桜は先ほどとはまるで別人のように、一切の感情を払い落としたような表情をした。脂汗がにじんでいる額は前髪で隠れてしまっている。


「………っ…、ぁぅ……」


 苦しい、熱い。身のうちから焼けるようにあつい。そう、この血は()くのだ。この躰を。心を、そして精神を。だから早く殺してほしい。だって、そうしたらこんな風に愚かしくのた打ち回らなくてもいい。苦しまなくてもいい。だから、はやく―――。


「……っぁ―――!」


 仰け反った躰から迸る力。新選組の幹部達はその力を食い入るように見た。光が包みこむこの体は、人間の身体じゃない。人であって、人じゃない。もう、この血の血族は、残してはいけない。

 だからわたしは―――。


「っ………、…っ!」

「おいっ!」


 切羽詰った声は、誰のものだかわからない。



 原田は慌てて声をあらげたが、苦しんでのたうちまわっている暙桜には聞こえない。胸を押さえて倒れたまま動かない。否、動けないように見受けられる。


「おい!」


 不意に暙桜が咳き込んだ。口許に手のひらを当てて、必死に咳を押さえ込もうとしている様は、見ていて痛々しい。なんともなしに、彼女の手のひらを見つめていた原田は、嗅ぎ覚えのある臭いが鼻についた。

 嫌な予感がした。

 この部屋にいる今、誰も怪我なんてしていない。けれど鉄の臭いが僅かに風に紛れて匂う。唐突に悟ったのは、目の前で咳き込んでいる幼い少女。


「……っごほ……っ…」


 ごぽりと、嫌な音がする。

 抑えきれなくなったように、暙桜が口許から手のひらを外し、胸を押さえ込む。


「………っぁ……ぅ…!」


 のたうちまわっている彼女を、誰一人として動けずに凝視している。見苦しいとか、おろかだとか思うんじゃない。ただ、動けないのだ。この尋常ではない彼女の状況に。


「ちょっと、君…っ」


 珍しく総司の慌てた声で、その場の誰もがはっと我に返った。

 近づいて抑えようとした沖田だが、またはじかれるだろうと思っていたが、彼女はその場にいる者の意に反して、彼に縋るように身を預けた。彷徨わせるようなうつろな瞳は、総司を映してほっとしたように安堵の色が垣間見える。


「………っ」


 ひくりと喉が音を発しそうになった。しかし、彼女の声は発されること無く、声にならぬ声がただその場を静寂から開放していたが、それはただただ痛々しいものでしかなかった。見開かれた瞳が、苦しさを物語っている。

 赤く汚れている手で懸命に総司の服を掴んでいる細く白い指は、今にも力なく垂れてしまいそうで少しだけ恐怖を煽る。目の前の少女がどうなろうと彼ら新選組には関係ないというのに、それでもなぜか、不安になる。


「あ、ぁ……っ」


 最後とばかりに激しく咳き込んで彼女は事切れたように意識を失った。慌てて口許に手のひらを持っていき、総司は息をしているのを確認すると、安堵に包まれた。

 口許を赤く染める液体は、それが紅ならば美しいと感じただろう。


「ちょっと!」


 総司がからだを揺らすが起きる気配は無く、青白い顔で汗を滲ませているだけだった。


「………土方さん」

「んだよ…」


 その場にいる誰もが、言葉を失っていた。

 総司の腕の中にいる少女は、何かを抱えている。それは分かっていた。だが、それは小さく些細な秘密だと思っていたが、ここまで大きく、とめようの無いものだったのかと。


「彼女、松本先生に診せましょう」

「当たり前だ。松本さんにはちっと無理を強いるかもしれねぇが、こんな奴を放っておくわけにもいかねぇ。というわけだ。いいか近藤さん」

「あ、ああ……」


 投げられた近藤は戸惑いながら返事をしたが、その視線は土方ではなく総司の腕の中にいる少女に注がれたままだ。

 唇についた赤い液体は、彼女の血だろう。異常に軽いこの身体も少しだけ高い体温も、少しだけ高いこの体温ももともとじゃないだろう、おそらくは。


「………治らねぇとは、思うがな…」


 分かるんだ。この病の病名が。その場にいる、誰もが。

 そして、それが絶対に、手の施しようが無いことも―――。

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