<24>
街を蹂躙する甲殻に覆われた巨体の怪物に向かって逞しい筋肉を誇る一団が駆け足で近づいていく。
彼らの瞳には乾坤一擲の強い思いが宿り、睨みつけただけで人が殺せるほどの気迫がこもっていた。
背を向けているモンスターに対し先制攻撃を行うべく皆が筋骨隆々たる肉体にふさわしき重量級武器を抜き放ち渾身の一撃を見舞おうと誰もが大きく振り上げる。
「クロム!」
「はいリーダー!」
「いつもの先制攻撃だ!」
近接戦を挑むのにはまだ大分距離があったが、それでも『祝福の大剣』のリーダー、ラシェルは自分のすぐ後ろを走っている同僚に先鋒を指示した。
先駆けを命じられたクロムという男は、このパーティーの中では珍しく重量級の武器をもたず片手剣を携えており、なおかつ周りと同様に鞘から抜かれることもなく納まったままになっている。
この集団にあって一人だけ異彩をはなつ装備をしているクロムはラシェルに命じられて初めて抜剣するのかと思いきや、そのようなことはせずに腰のポーチへと手をのばした。
自信の体に似合わないくらいに小さなポーチから迷う事無く取り出した物は拳ほどの大きさのある鉄球であった。
鈍い金属の輝きを放つ鉄球を力一杯握りしめたクロムは全身の筋肉を盛り上げた逞しいフォームで鉄球を巨大モンスタータイラントへと投げつけた。
クロムの投げた鉄球は風を切り裂くような轟音あげてタイラントへと放たれて行く。
そのままの勢いで背を向けて暴れる足に見事に命中するが乾いた音響かせて跳ね返されてしまった。
「確かに天恵が封じられているようだな」
虚しく終わった自分達の先制攻撃の結果を見てラシェルは渋い顔をする。
ラシェルが先駆けを任せたクロムの天恵は【剛速球】。
これは【投擲】の天恵が成長進化したものである。
初期段階の【投擲】が物を投げた時の命中率と威力に多少の補正がつく程度のものであったが、それが【剛速球】へと進化することで投げた物はどんな物でもものすごい高速で打ち出すことができるようになった。
そのためクロムが天恵を発動して今のように鉄球を投げれば分厚い鉄の板さえも易々と貫通してしまうことができる。
硬い殻に覆われたタイラントといえどただではすまず、何らかしかの被害を受けているはずであった。
だが、めぼしい成果は上がらず、何かがおこったことすら感じ取ることができずにタイラントは暴れながら街の中心へと向かっていた。
「あの小僧の言う通りブルトンがバカなことをしているのは本当のようだな」
レクトの言葉を疑っていたわけではなかったが、自分と同じハンターである以上ブルトンがモンスターをけしかけて街を襲っているというのは何かの間違いであって欲しいという願望がどこかにあった。
だが今のクロムの天恵が発動しなかった所を見ると信じざるをえなかった。
「どうやら久しぶりに熱くなれる戦いができるようだな!」
ブルトンの愚行について暗く苦悩に満ちた顔をしていたラシェルだったが、それも一瞬のことで直に気分を切り替える。
一流のハンターだと納得できるような凄みのある笑みを浮かべたラシェルは、目の前に強敵に向かって自慢の大剣を振り下ろした。
一方レクトはラシェル達『祝福の剣』の面々が駆け出し、その後をアリエス達仲間のパーティーメンバーがついて行くのを見送ると同時に精神の集中を始めていた。
背筋をピンと伸ばし瞳を閉じて深く静かに深呼吸する。
そして右手は自然体に垂れ下がり、左手はいつでも鯉口をきれるかのように腰のサーベルへとそえられたいた。
その姿をかたわらで見ていたレジーは、まるでレクトが森にある木石になってしまったのかと錯覚してしまいそうになった。
それほどまでに意識を集中したレクトのは姿は存在が希薄になり周囲の雑踏に溶け込んでいるように見えた。
『森羅万象を感じろ』
天恵や異能の発動を感知することができるようになるための特訓でジェイドはレクトにそのように言っていた。
修行をはじめたばかりのころは言葉の意味をよく理解することができず、見よう見まねでジェイドと共に森の奥で座禅を組んでいたが、今ならその言葉の意味を少しは理解出来るようになったのではとレクトは思い始めていた。
とは言えそれはまだ言葉を使って明確に説明できるようなものではなく感覚的な曖昧なものではあるが。
「見つけた」
ラシェルに先陣をまかされたクロムが【剛速球】の天恵を使って先制攻撃をしかけたが芳しくない結果に終わった所でレクトは静かに瞼を開きながら呟いた。
「レジーさん。ブルトンと思われる相手が天恵を使うのを感じ取りました」
レジーにそのように報告するレクトの声は興奮して高揚したものではなく、思慮深く落ち着きはらった感じのするものであった。
それでも言葉に力強さが感じるせいか、報告を聞いたレジーは拳を強く握りしめ鋭い眼差しののまま緊張感を高めてうなずく。
「行きましょう!」
レジーが一言つぶやくように告げると同時にレクトの体は静から動へと移り変わる。
ネコ科の猛獣を思わせるようなしなやかで鋭い動きで目的の場所へと駆け出して行く。
向かう先はラシェル達のいる所よりも二百デュメル(二百メートル)以上かけ離れた後方。遥か後ろとは言わないが、それでも五百デュメル以上は離れている瓦礫の一角へとレクトは迷うこと無く向かって行く。
「そこだ!」
背にあるファルシオンを抜きながら何もないように見える倒壊した家屋のものと思われる壁の一つを勢いよく斬りつけた。
ザシュ!
鈍い音をさせながらレクトの目の前の壁が袈裟切りにされ、切られた部分がゆっくりと地面に倒れ込んだ。
一見するとまったく見当違いの所を切りつけたのかと思うところだが、舞い上がる土煙が収まりはじめると、その向こう側に人影が姿を現しはじめた。
「こんなことしてどういうつもりよブルトン!」
人の姿の輪郭が現れると同時にレジーが凄い剣幕で、そこにいる相手へと詰め寄っていく。
「待ってくださいレジーさん!」
怒気を溢れさせて不用意に近づいていくレジーを見て、レクトは慌てて呼止めようとするが、それよりも早く土煙の向こうにいる人影の右腕がぶれた。
ガキン!
「くっ!」
いきなりの攻撃にレジーの口からうめき声がもれるが、それは不意打ちを食らって手傷を負ったためではなかった。
相手は素業が悪いことで有名なブルトンである。この程度の不意打ちは予想し警戒は怠らなかった。
そのためレジーはこちらに振り抜かれた閃刃に反応して受け流そうとすることは出来たが、繰り出される一撃の重さが予想以上だったために弾き飛ばされてしまったのだ。
「レジーさん。こいつは【封印】を使っているけどブルトンじゃない!もっと異質な何かだ!」
弾き飛ばされながらも着地に成功したレジーに向かってレクトが困惑気味の表情で警告する。
「どういうこと!?」
右手に短剣を構え左手は地に着けた四つん這いに近い姿勢になりながらも、土煙の向こう側にいるものに目を離さずにレジーはレクトに尋ねる。
「それは…」
「クククク」
レジーに聞かれて、目の前にいるブルトンとは違う気配を持つ異常な何かを説明しようともうまく言葉がですレクトは答えに窮する。
そんなふうに答えあぐねていると、土煙が収まりその向こう側にいた何者かがフードを目深に被ったローブ姿を現した。
「偶然トハイエ我ガ居場所ヲ突キ止メルトハ大シタモノダ」
フードの奥から瞳を怪しく光らせながらローブの男が語りかける。
そこから響く声は当然のごとく暴力的で野性味のあるブルトンのものではなく、今まで聞いたことの無い知性をもって相手を見下しているように感じる声音であった。
「おまえは何者だ?」
レジーよりも前に立ち、油断無くファルシオンを構えながらレクトはたずねる。
レクトが【封印】の力を感じ取った時、そこには以前に感じたブルトンの気配は感じ取れなかった。
ブルトンの気配が憎悪に満ちた猛々しいものだったのに対し、今【封印】を使っている目の前の謎の存在からは粘り着くようなおぞましい悪意と、自分は誰にも負けることはないという絶対の自信があった。
「クククク。我ノ正体ガ知リタイノカ?ナラバ教エテヤロウ!」
自分がブルトンでないことを見抜かれたことに焦りや動揺するところは見せずに逆に、さも愉快そうに目深かぶったフード取り除き、己の正体を明かす謎の人物。
「ウッ!」
その姿を見て、あまりのおぞましさにうめき声をあげる二人。
それは毒々しい色合いをした丸みのある頭に口元を覆う複数の蠢く触手。
けして人とは言えないその姿に一瞬ひるみはしたが、すぐに気を取り直し再び戦う構えを二人は見せる。
「…イシリッド人!?」
見ているだけで不快になっていく、その姿を直視していたレクトは、それがデーモン図鑑に記されていたとあるデーモンと条件が一致していることに気づいた。
レクト達の前にいるこの怪異は、ブルトンを伴ってこの街に入ってきた二人のイシリッド人の片割れのほうだったのだ。
「ホウ、我等ノコトヲ伝エルモノガマダイタトハナ」
自分がいかなる存在かレクトが知っていることに異形の者は心底驚いたような素振りを見せた。
何故なら彼らイシリッド人は千年前に魔王が英雄達に敗れてからは、ずっと地下に潜伏して姿を現さないようにしていたのだから。
だが、いくら姿を隠し続けていても、ときおり彼らとダンジョンで遭遇するハンターもいるのだ。
そういった微かな目撃情報と古い伝説とを照らし合わせ検証した結果、ハンター協会の出版するデーモン辞典には、彼らイシリッド人の情報が掲載されているのだ。
「おまえがイシリッド人だというのなら、その力は【強奪】によるものか?」
レクトの問いかけに目の前のイシリッド人は不敵に笑って答える。
イシリッド人の最大の特徴は先天的異能に【強奪】という異能を持っているということだ。
【強奪】とは特定の条件を満たすことで、それなりの確率で対象の異能又は天恵を奪い取ることができるというものだ。
【強奪】が発動する条件は人それぞれだが、イシリッド人に関してだけは、その条件は統一されている。
それは対象の脳を吸い取ることだ。
イシリッド人は口の周りにある触手で相手の頭部をしっかりと摑み取った後、口から吸引管なる器官を出して体内に突き刺す。
しかる後、それを脳まで這い上がらせて脳に到達したところで一気に吸い込んで食べてしまうのだ。
こうして捕食をおこなうことにより何分の一かの確率で相手の天恵や異能を奪い取ることができるのだ。
デーモン辞典を購入して読み始めていたレクトは本に書かれていたここまでのをことを思い出した。
それにより今朝方遠目で見たブルトンの姿と目の前にいる存在から推測して、このイシリッド人がブルトンを殺して能力を奪ったと推測した。
「ソウダ、ソノトウリダ!アノ愚カ者ハ我ガ身ノ糧ニナルトイウ名誉ヲサズケテヤッタ」
鷹揚な態度をとり自慢げな高笑いをしながらイシリッド人はこたえる。
「どいうつもりで、こんな馬鹿騒ぎをおこしたのかしら?」
「フッ、知レタコト。コノ街ノ魔泉ヲイタダクタメヨ」
今度は体勢を立て直したレジーが、このような大騒動をおこした理由を尋ねた。
「コノ地ニアル魔泉ノ力ヲツカッテ我ガ新シイ魔王トナッテ世界ニ君臨スルノダ!」
レクト達は知らないがセルバの街に来ているイシリッド人は二人いる。
すなわちタイラントを操る【テイマー】の異能を持つ者と、レクトの目の前にいる【封印】の異能を持つ者だ。
二人は共闘する仲間であると同時に、どちらが先に魔泉の力を手に入れるかを出し抜き合うライバルでもあるのだ。
彼らは先に力を手に入れたほうが魔泉を独占するつもりでいるのだ。
イシリッド人は探索を行う場合は実力が拮抗した二人を同列の存在として送り出すという風習がある。
なぜそのようなことをするのかはわかっていないし、彼らイシリッド人達も理由もわからず古くからの因習として続けている。
その結果双方の足の引っ張り合いで任務が失敗することも多々あるが、彼らはこの風習を頑に続けていた。
「どうやってこの街にあのモンスターを連れて来たんだ?」
レクトが最も疑問に感じたことを尋ねる。
セルバの街は魔泉などというものがあるせいで外部からの襲撃する脅威に対しては、かなり注意深く警戒を行っている街だ。
それなのにタイラントのような巨体を誇る怪物が秘密裏に外壁を突発して内部に侵入するなど考えられないことだった。
尋ねて素直に答えるとは思えなかったが、それでも聞かずにはいられなかった。
「ククククク。奴ハ実ニ優秀ナ商人ダッタヨ」
知ったことかと問答無用で襲ってくるかと思ったが、意外なことに聞かれたことを喜んでいるかのように自慢げにことのあらましを語り始めた。
その様子を見てレクトはデーモン辞典に載っていたとある一文を思い出した。
『デーモンとは人類より叡智があることを誇示するために回りくどい作戦をとることがある』
こうして自らの策の全容を語り始めるのも、そういった示威行為の一つなのだろう。
かくして目の前のイシリッド人が言うには、彼らはここから南の地にある小さな農村の近くにダンジョンの入り口を開いた。
そのさい近くに在った村を襲撃し、村人から【強奪】をおこなって能力を奪って全滅させた。
それからタイラントを操ってこのままセルバの街を襲撃する準備をしはじめた頃に、その男は現れた。
アーティファクトを扱うという怪しげな行商人と。
彼は異形の姿をしたイシリッド人を見ても臆すること無く積極的に商品の売り込みを行った。
そうやってノリと勢いで並べられて行く商品の中で、最も彼らが注目するものが現れた。
それはどんな大きな生き物でも仮死状態で収納することができる箱型のアーティファクトであった。
中に入れたものを解放すると壊れて使えなくなるという欠点があったが、そんなことなど些末だと言わんばかりに彼らはこれを要求した。
「そのアーティファクトを大枚をはたいて買い取ったというわけか?」
話に出てきた謎の商人に対して、余計なことをするなという怒りを込めながらレクトが尋ねた。
「フン、買ッタダト!」
そのことを尋ねられたイシリッド人は一瞬不機嫌な様子を見せる。
「ナゼ我等ガ金ナド払ワナケレバナルヌノダ!我等ハ世界ヲ統ベルニフサワシイ至高ノ存在ナノダゾ!」
意外な答えが帰ってきたことにレクトとレジーは思わず面食らったような顔をしてしまう。
「奴ハ我等ニ貢ギ物ヲ献上スルコトヲ拒ンダ。ダカラ殺シテ奪ッタノダ!」
そのように叫ぶイシリッド人の姿は、とても晴れやかで嬉々としているのが見て取れた。
最初は余計なことをした見知らぬ商人に腹を立てていたレクトだったが、イシリッド人のあまりもの身勝手な行いに相手に対するさらなる怒りを沸き立たせ、なおかつ殺された商人の冥福を祈らずにはいられなかった。
「サテ、冥土ノ土産ハコノクライニシテオコウカ」
レクトに尋ねられたことに答え終わったイシリッド人は腰の剣を余裕のある態度で抜き放つ。
「コレハ ククリ刀トイウ剣ダ。ナカナカスバラシイ切レ味ヲシテイルゾ!」
そう言ってイシリッド人はへの字に曲がった独特の刀身を持つ剣をペロリと一なめした。
「オマエタチニアル選択肢ハ二ツダ。我ラノ奴隷トナッテ生キルカ、コノママ蹂躙サレテ死ヌカダ!」
不敵に笑うイシリッド人が突きつけてきた選択肢の中でレクトとレジーが選んだのは、二つのうちの一つではなく戦って勝つという第三の選択肢だった。




