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<22>

 ブオオオオッ


 ケルトがコツコツお金を貯めて買った鎖鎌を取り出し使い心地を試している時、セルバの街から角笛の大音響が聞こえてきた。

 その音を聞いたケルトは頭上で振り回していた鎖分銅の回転をやめて地面にたらしてしまい。

 獲物に向かって駆け出そうとしていたレクトとアリエスは、しばし動きを止めて何事がおこったのかと訝しげな表情をして街のほうへと視線を向ける。

 あの角笛は本来なら魔泉を求めて襲ってくる巨獣の侵攻を知らせるもののはずだが、今いる場所から街の外壁の右側、すなわち東側のほうへと視線を向けてもそれらしい姿形を見ることはできなかった。

「とりあえず街のほうへと向かってみよう!」

 最初に街のほうから角笛の音が響き渡ってから五分以上が経過したが、状況を訝しく思っても変化することなく角笛は鳴り響いている。

 これほど長い間、誤報で緊急連絡用の角笛が鳴り響くわけがないと思ったレクトは、仲間のケルトとアリエスと共に街へと戻ることを提案する。

 もちろんレクトと同じような不安を感じた二人は力強い言葉で了承し、逸る心を抑えるようにセルバの街へと駈けていった。


 セルバの街を囲う外壁の入り口となる門へとたどり着いた一行が、その場で目にした光景は危険な野外から大慌てで門をくぐって中に入ろうとしている人々の群れなどではなく、逆に死に物狂いな表情で門から飛び出して行く大勢の人々の奔流であった。

「これはいったい!?」

 緊急時におこるであろうことと逆の現象がおこっていることにレクト達『明鏡止水』の三人は同様を隠せない表情をしてしまう。

「ちょっとあんた、何があったの!?」

 考えていても埒が明かないとばかりにアリエスが着の身着のままで逃げて来たようなオッサンを一人捕まえて胸ぐらを掴みながら事情を聞き出す。

「モ、モンスターが、モンスターが現れたんだ!」

「「「なに!」」」

 慌てふためいたオッサンの口からその言葉を聞くと同時に威圧感のある雄叫びが周囲に響き渡る。

 腹の底から響くような雄叫びを聞いたオッサンは腰をぬかしてその場でうずくまってしまった。

「モンスターはどこにいるんだ!」

 離れた所から見た限りだとセルバの街に脅威となるモンスターが近づいているところは見ることはできなかった。

 そのため南門からの死角になる北側からモンスターが襲来して、そこが戦場になっているのかと思われたが、目の前の男の怯えかたを見ていると、どうやらそうではないように思えてくる。

「モンスターは街の中で暴れてやがる!」

 それを聞いた三人の表情は驚きのあまり一層険しいものへと変化して行く。

「北門が破られたのか!?」

「わ、わからねえよ、そんなこと!なにせ気づいた時には街の中にいたんだからな!」

「どういうことだ?」

「わからねえって言ってるだろ!もういいだろう!やっとここまで逃げて来たんだ!奴がこっちに来る前に逃げなきゃならないだからな!」

 そんなふうにヒステリックに叫ぶとオッサンは胸ぐらを掴んでいたアリエスの手を振り払ってへっぴり腰で逃げていった。

「よし!このまま突撃だ!」

 オッサンの話を聞いたアリエスが脊髄反射のような即断で街へと突撃をかけていく。

 全力疾走するアリエスの姿を見てレクトとケルトも考えあぐねるのはやめて一緒について行くことにする。

「オレたちはハンターだ!通してくれ!」

 人ごみの濁流に逆らって進むために自分達がハンターであることを大声で叫びながら三人はかき分けかいくぐって進んで行くのだった。


 セルバの街の南の市街に住んでいたハンター達は街の中に突如として現れた怪物と対峙していた。

 集まったハンター達は街を破壊して行く暴れん坊の姿を見るなり、その巨体にまず驚いた。続いて禍々しさを感じる凶悪な外見に恐れを感じ、振るわれる単純にして強力無比な暴力を体感して言葉にできない絶望を感じた。

「タ、タイラント!」

 【識別】の天恵を持つと思われる誰かが怪物の名を口ずさんだ。

 ここにいる多くの者が、その名を知らないのかキョトンとしていたが、その名に聞き覚えのある者たちは驚愕の悲鳴をあげてさらなる絶望へと顔色を染めていく。

「なんだと!よりにもよってタイラントだと!」

「知っているのか相棒!」

「ああ、引退した先輩ハンターから聞いたことがある。未開の地にあるダンジョンの奥深くに鋭利に鍛えられた剣を弾き返し、強靭に鍛えられた鎧を切り裂く刃を持ち、頑丈な鋼鉄の塊を容赦なく溶かす炎のブレスを吐く二本足で立つ暴力の化身のような怪物がいると」

「まさかそれが!」

「そうだ!あそこで暴れているモンスターこそが、暴虐の怪物タイラントだ!」

「な、なんだって!それは本当か…」

 通りすがりの事情通のハンターが話したとおり、その怪物は甲殻類を思わせる硬い殻に覆われた体をしており、両手はカニのような切断力がありそうなハサミの形をしていた。

 そして見上げるような巨体には長い尻尾とトカゲのような頭がついており、そこから聞く者を恐怖に陥れるような恐ろしい雄叫びを叫び響かせていた。

 雄叫びをあげながら周囲の建物を目に付くはしから無造作に壊していたタイラントだったが、ふいに誰かに呼ばれたかのように天を見上げる仕草をしたかと思うと、すぐ側にある街の境界を示す内壁のほうへと向かって行く。

 目の前に壁が立ちはだかる位置に立ったタイラントは力強く腕を振り上げてから無造作に振り下ろした。


 ズガーン!


 癇癪をおこした子供のような大した力がこもっているようには見えない一撃だったが、そこに秘められた力は絶大で、ただの一撃で石造りの丈夫な壁の中程までにハサミのついた巨腕を食い込ませ壁を半壊させてしまった。

「いかん!街を守るぞ。攻撃だ!」

 迫力のある巨体に魅入っていたハンター達だったが、壁を壊す時に響き渡った轟音で正気をとり戻し、威勢のいいかけ声と共に攻撃を開始する。

 まずは投射型の天恵を持つハンター達が炎や氷の矢弾、風の刃といった攻撃をしかけてみるが、そのどれもが硬い甲殻に弾かれてしまい有効打をうてずにいた。

 ならばと近接戦が得意なハンター達が変わって討ってでようとするが、縦横無尽に振り回される長くて太い尻尾の薙ぎ払いでなかなか近づくことができない。

 そんな中でも振り回される尻尾をかいくぐって何人かが取り付いて剣や槍を突き立て、斧を振り落とすが今一効果を出すことができなかった。

 それでも内壁に穴が開くのを口をくわえて黙って見ているわけにもいかないハンター達は焼け石に水だとわかっていても暴れ回るタイラントに攻撃せずにはいられなかった。

 そのようなかほども効かない攻撃を無視してタイラントは内壁を瞬く間に砕いて崩し自身が充分通れる穴を作っていく。

 そしてそのまま悠然と壁を乗り越えてさらなる街の中心へと何もかも踏みつぶす力を持った足で踏み入れる。

「くそ!オレ達ではかなわないのか!」

 臆すること無く突き進んでいくタイラントの後ろ姿を見ていたハンターの一人が、己の無力を思い知り歯嚙みする。

 だが、そのような思いをしているのは彼一人だけではなく、周りにいる全てのハンターが同様に苦渋に満ちた表情をしている。

「そんなことはない!」

 誰もが敵の強大さと己の無力さに絶望しかかっている中で、誰かが力強い声で意気消沈したハンター達の心を奮い立たせようとする。

「だ、誰だ!」

 強者の貫禄を滲ませた叫び声の主を捜そうと何人かのハンター達が周りを見渡してみる。

「あ、あそこだ!」

「あそこにいるのは!」

 建物の屋根の上に立つ二人組の男の姿を確認したハンター達が希望に満ちた驚きの声をあげる。

「そう、オレ達『双頭の鷲』の【凍結】のファルカスと」

「【火炎柱】のダルカスが来たからにはな!」

 そこに姿を現したのはセルバの街にいる鋼札を持つ筆頭ハンター『双頭の鷲』を結成する二人組。【凍結】のファルカスと【火炎柱】のダルカスであった。

「オレ達が来たからには、もう化け物の好きにはさせないぞ!」

「そうだ!オレ達の天恵の前に潔く散るがいい」

 タイラントに指を指しながら爽やかな笑顔を浮かべて歯を光らせる。

 筆頭ハンターを自他共に認める英雄が姿を現したことに周りのハンターは一斉に喝采を浴びせた。

 それに応えるためにファルカスは意識を集中させ力を高めていく。

 相手は巨大なだけではなく強力な力を持った凶悪な怪物だ。生半可な力は通用せず逆に弾き返されてしまうだろう。

 そのためにもありったけの力を振り絞った最大限の力を相手にぶつけなければならない。

 本来なら、そのような力の溜を行えば敵に危険を察知されてたちまち襲いかかられてしまうが、対象となるタイラントは強者の余裕なのか、そのようなことは無視してズンズンと余裕の足取りで街の中心へと歩いていく。

 周りで状況を見守っている人間にとっては何倍にも感じる数秒間がすぎさり、精神の集中をといたファルカスは全身全霊をこめた一撃を解き放とうとした。

「くらえ怪物め!」

 雄叫びと共に最大限の力を込めて発動した天恵により暴虐の怪物は白銀の輝きと共にその体を凍り付かせて動きを封じられるはずだった。

「な、天恵が発動しない!?」

 驚きに目を見開くファルカス。

 彼はいつものように力を練り上げ、いつものように力を溜め、いつものように天恵を解き放った。

 天恵を授かった時から呼吸をするように、本能的にできたことをしたはずなのにそれが不発に終わった。

「ならばオレが!」

 相方の異変を察知して同様に力を溜めていたダルカスが咄嗟に反応して天恵を発動させる。

 本来『双頭の鷲』の二人が行うコンビネーションはファルカスの天恵で相手を氷付けにして動きを封じ込めてからダルカスの吹きすさぶような炎の天恵を使って焼き尽くすというものであるが、二人とも鋼札まで上り詰めたハンターであるため、どちらかの天恵が通用しなくても対処できるように訓練はかかさず行っていた。

 だからこそ流れるような動作で天恵を発動させて素早くファルカスのことをフォローするつもりだったのだが、今度はダルカスの【火炎柱】が発動せずに不発に終わった。

「オレの天恵も発動しないだと!」

 相棒ばかりか自分の天恵も発動しないことにひどく同様するダルカスだったが、このような現象がおこるのは今回が初めてでないことに思い至る。

「はっ!まさかブルトンが!」

 それはここ数日姿を見せていなかった実力はあるのだが素業不良が原因で階級が上がらない一人のハンターの姿であった。

 この現象がブルトンの天恵である【封印】による現象だと思い至った二人は顔を見合わせるが、すでに時遅く手遅れであった。

 なぜなら暴虐の力の塊ともいえる怪物は『双頭の鷲』の二人組のほうへと向き直り大きく息を吸って体を仰け反らせブレスを吐く体勢を整えていたからだ。


 ゴオオオオ


 全身を前へと突き出しながらタイラントが大きな口を開ける。

 命一杯開かれた口の中には、どんな硬い体を持つ者でも噛み砕けそうな強靭な牙が並び、その奥には一度噛みついた相手は貪りながら飲み込む暗闇があった。

 そんな誰もが引き込まれることを拒む暗闇の奥から灼熱の炎が溢れ出した。

 タイラントが吐き出した真紅の奔流は地面に叩き付けられただけでは勢いはおさまらず、大地を駆け抜ける軍勢となって街の建物もそこにいる人々も飲み込んで全てを焼き尽くしていく。

 その中には当然、タイラントと対峙していたセルバの街の筆頭ハンターである『双頭の鷲』の二人組と彼らの活躍を喝采しながら見守っていた多くのハンター達も含まれていた。

 紅蓮の炎に飲み込まれた人達は悲鳴をあげる暇もなく瞬く間に消し炭へと姿を変えていった。


 タイラントのブレスの射線上にあった全てのものが焼き尽くされ全てが燃え尽きた灰となってしまった。

 人も建物も動物もハンターも一般人も老若男女も身分も関係なしに等しく滅びを与えた。

 『双頭の鷲』の二人組が現れて勝利への希望を見いだした人々は、あっけないまでの二人の死を目撃して再び絶望のドン底へと叩き落とされた。

 誰もが青い顔をして不安に圧し潰されようとしている中、この光景を見て上機嫌で笑っている者がいた。

「クククク。コノ街ノ筆頭ハンタートヤラガ死ンダゾ」

 大穴が開いた内壁の上に立ち高笑いをしていているのはセルバの街にタイラントを招き入れたイシリッド人の一人であった。

 今、街の中で暴れているタイラントは内壁の上で高揚感に浸っているイシリッド人が【テイマー】の異能を使って操っていた。

 その【テイマー】のイシリッド人は誰もいない虚空に向かって語りかけていた。

『コチラデモ確認シタゾ。引キ続キ警戒ヲ怠ルナヨ』

「ワカッテイル」

 それなりの声量で独り言を呟いていたかのように見えたイシリッド人に返答する声が聞こえて来た。

 ただしこれは音声としての声ではなく、頭の中に直接響いてくるかのような不思議な声であった。

 これは【テイマー】のイシリッド人がタイラントを解き放つ直前に別れたもう一人のイシリッド人と【念話】という異能を使って会話しているのだ。

「ソレニシテモ、アノ商人ハイイモノヲ持ッテイタナ」

『ソウダナ。殺シテシマッタノハ惜シカッタガナ』

「フン。ヤツハ我ラニ代金ヲハラエト言ッテキタノダゾ!献上スルノデハナク!」

『タシカニ。ソレハ許セナイコトダナ!」

 離れた所にいる二人のイシリッド人は端から見ていると身勝手としか思えないようなことで憤慨し、納得しうなずき合っていた。

「マアイイ。奴カラ手ニイレタアーティファクトノ力デ計画ハスコブル順調ニ進ンダノカラナ」

『ソウダナ。死ンダ後モ我ラニモタラシタ道具ガ役立ッテイルノダ、奴モ光栄ニ思ッテイルコトダロウヨ』

 そのように会話を続けながら【テイマー】のイシリッド人はタイラントの方向を転換させて再び領主の館へと進軍を開始させる。


 今回、二人のイシリッド人の勇士がセルバの街を攻略するのに投入した戦力は自分達二人組を除けばタイラント一匹のみであった。

 これはイシリッド人の帝国の戦力が不足しているのではなく、この二人があえてタイラントとしか戦力を使わないことを選んだからだ。

 二人の内一人は【テイマー】の異能を持っているので、それを使って大量のモンスターで街を囲って攻め落とすことは可能であったがそうしなかったのは、最初から大軍で攻め寄せるよりはたった一匹の怪物に成す術もな蹂躙されるほうが侵略されるがわの衝撃は大きいと思ったからだった。

 今のところその戦略は功を奏し、火炎放射の一撃で筆頭ハンターをはじめとする実力者の大部分が掃討されたため生き残ったハンター達の士気はどうしょうもなく下がっていた。

「クククク。ソレデハ蹂躙ヲ続ケルトシヨウ!」

 【テイマー】のイシリッド人は勝利を確信した笑みを浮かべながらタイラントを進ませた。


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