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 レクトに因縁をつけに行って返り討ちにあった翌日、ブルトンは拠点にしている宿で大荒れに荒れて周りに当たり散らしていた。

 不当な評価(少なくとも本人はそう思っている)で鋼札になれないとはいえ、鉄札である自分がハンターになったばかりの木札の若造に敗れたのだ。それも手下に加勢させた上で。

 しかも命を奪うことを見逃されたのだ、ブルトンの腹の中は屈辱と憎悪で煮えくり返っていた。

 しかもこのことが街中の人間に知れ渡ることになったら周りから物笑いの種にされてしまうだろう。

 そうなってはブルトンのハンター人生は終わってしまい、金札のハンターになり栄華を極めるという野望が潰えてしまう。

 そうなる前に失態を取り返すような手柄が欲しかったが、どうすればいいのか解らずイラついてしまい、部屋にある調度品に不満をぶつけていたのだ。

「クソ!あのガキめ!牝狐の売女め!」

 ブルトンは傲慢で自意識が高いため、自分を差し置いて鋼札になるハンターは何かしらのズルをしているのだと思っていた。

 とりわけ『夜に哭く風亭』のレジーに関しては女のクセに鋼札になれたのは宿の主に体を売ったからだと思い込んでいた。


 激しい憤りを物にぶつけて一時的に落ち着いたブルトンの部屋にドアをノックする音が響く。

 肩で息をしながらもドアを少し開けて来訪者が何者かを確認する。

「ブルトン。お前さんに客だ」

 扉の隙間から顔を出してそう言ったのは、頭が丸くなった小太りの男だった。

 彼はブルトンが拠点にしている『雪崩落とし亭』の主であった。

「オヤジか。客ってえと一昨日の手紙の相手か?だったらオレの部屋に…」

 ブルトンはサイフル達がレクトに因縁をつけて返り討ちにあっていた頃、とある片田舎の小村から指名依頼の手紙を受け取っていた。

 その手紙によると村の近くにダンジョンの入り口が出現したため、高名なハンターである『ロックバスター』の面々に調査を依頼したいというものだった。

 ハンターも名前と実力が知れ渡ると個人、又は組織から指名依頼というものを受けるようになる。

 指名依頼とは名前のとおり、何かしらの討伐、調査などの仕事を不特定多数には依頼せずに依頼主が指定した人物か団体に依頼するというものである。

 そのためハンターにとっては指名依頼を受けることは名誉であり、上位のランクに進むには絶対に必要なことだと思われている。

 ブルトンも名声が高まるとともに指名依頼を受けるようになっていたが、増長して性根がネジ曲がってしまったため依頼主とトラブルをおこすようになってからは指名依頼をうけることがなくなっていた。

 そのため世間ではブルトンに指名依頼をするのはよっぽどの世間知らずか、とんでもなくやばい訳ありの人間ではないかと噂していた。

 だからこそ手紙の内容を知ったブルトンは、自分の実力が正当に評価されたと思い有頂天になっていたのだが、サイフルのおこした失態に水を差されたため激高してレクトに襲いかかったあげく返り討ちにあい恥の上塗りするはめになったのだ。


 ブルトンは早々に汚名返上の機会が訪れたことに内心ほくそ笑み、客人を自分の部屋に招き入れようとするが、ついさっきまで自分のおこなっていた激情の惨状を思い出し、それは思いとどまった。

「隣のサイフル達の部屋にしてくれ」

「…。後で弁償しろよ」

「わかってるよ!」

 わずかな隙間から荒れ果てた部屋の様子を見た店主はブルトンに荒事をおこなったことへの注意を促す。

 注意されたブルトンは顔を真っ赤にした憤怒の形相をして勢いよく扉を閉めた。


 それから数分後、サイフル達三人の泊まっている部屋に客人を招き入れたブルトンは、彼らが依頼してきた未知のダンジョンの話に一も二もなく跳び付き、翌日には颯爽と旅立つことを決めたのだった。


 それから三日後、ブルトン達『ロックバスター』のパーティーはセルバの街の南にあるよくある田舎の小村にたどり着いていた。

 荷馬車に乗って揺られての三日間は可もなく不可もなく荒事がおこること無く順調に過ぎ去り、無事に村にたどり着くことができた。

「やっとついたか!」

 村の入り口を通り過ぎたところでブルトンは興奮して乗っていた荷馬車から立ち上がる。

 紅潮して口元を歪めた笑みを浮かべたブルトンの姿は、これから自分が快進撃を行って多大な功績を上げることを信じこんだ自身に満ちていた。

 だからなのか村の中に異常な点があることを後ろにいる手下達に言われるまで気づくことができなかった。

「ボス。この村おかしいですぜ!」

「なに!?」

「さっきから人っ子一人いないし、壊れている家があっちこっちありやがる」

 サイフルにそう言われてブルトンは慌てたように周りを見回してみる。

 確かにサイフルの言うとおり、この村は人気がなく荒れ果てており、しかも倒壊した建物まで見受けられた。

「おい!こいつはどうなってやがる!?」

 あまりにも不審な状況に苛立ちを感じたブルトンが一緒に荷台に乗っているほうの村人へと詰め寄っていく。

「ドウヤラ手遅レダッタヨウダ」

「なに!?」

 凄みを効かせた顔で睨まれ胸ぐらを掴まれた村人は怯える様子を見せるようなことはなく、淡々とした口調で状況を説明する。

「オソラク、ダンジョンカラモンスターガアフレテ村ヲ壊滅サセタノダロウ」

「ソノヨウダナ。ワレワレガ高名ナハンターヲツレテクルノガ遅カッタバカリニコウナルトハナントモ悔ヤマレルナ」

 目の前の光景から村でおこった惨劇を予想して意気消沈する二人の村人。だが言っている内容に反してこの二人から同じ村の同胞の命が失われたことへの悲壮感はまったく感じられなかった。

「コレ以上ノ犠牲者ガ出ナイヨウニスルタメニモ早クダンジョンヘトイキマショウ!」

 ブルトンの訝しげな視線に焦ったのかはわからないが、村人は有無を言わせず馬車を走らせダンジョンへとひた走る。


 休む間もなく村をぬけてさらに南へ行くと、村人の言うダンジョンの入り口が見えて来た。

 ダンジョンの入り口があるのは森と平地の境目となる所にあった。

 そこには不自然に盛り上がった土山があり、正面には怪物が大口を開けたような大穴が開かれており、まるで侵入者を問答無用で飲み込もうとするかのような恐怖感を漂わせていた。

「これがおまえらの言っていたダンジョンか?」

 死と危険が隣り合わせするダンジョンの入り口の前に立ったブルトンは恐怖に怯えるような素振りも見せる事も無く、むしろ楽しいアトラクションに挑むかのような心底楽しそうな笑みを浮かべていた。

「さあおまえら、こんなチンケなダンジョンなんざとっとと攻略して街に帰るぜ!」

 危険なダンジョンの調査に止まらず一気に攻略しようという野心を持ったかけ声をブルトンは手下の三人に投げかけるが誰も返事をすることなどなかった。

 なぜリーダーである自分を無視するのかと訝しがりながら後ろを向くと、そこには異様な光景が展開されていたためブルトンは我が目を疑うほどに驚愕した。

「な、なにぃ!?」

 振り向いたブルトンが見た、口から心臓が飛び出すのではないかと思えるほどの驚きの声を上げるほどの出来事とは。

 それは血溜まりに倒れる二人の手下と目隠しをされて宙に浮いている三人目の手下の姿だった。

 何者かに襲われてなのか背中に致命傷のように見える負傷を負って倒れているのは【腕立て】のリディンと【屈伸】のデントであった。

 そうなると不思議な状態で宙に浮いているように見えるのは当然【一刀両断】のサイフルとなっていた。

 そのサイフルのほうはよく見て見ると目隠しをされているのではなく顔面を何者かに掴まれて持ち上げられているのが見て取れた。

 だが予想外の出来事に遭遇したブルトンには目の前でおきた非常事態を落ち着いて観察する心の余裕はなかった。

 そのためブルトンの思考はパニックのためしばし停止してしまい無防備な状態をさらしてしまった。

 そして、そのような隙だらけの状態のブルトンを見て謎の襲撃者が、ブルトンを襲う事をためらうことは微塵もありえなかった。

「クソ!?どうなっていやがるんだコンチク……グフッ!?」

 武器を構えながら悪態をつくが、その言葉は途中で遮られる。

 なぜならば、何者かに背後から襲われ顔全体を掴まれたようになり、視界を閉ざされ口を塞がれてしまったのだ。

 見る事も聞くことも叫ぶ事もできなくなったブルトンは突然の出来事に混乱しながらも、この状況から抜け出そう手足を振り乱して暴れ始める。

 だがそのような渾身の力を振り絞った抵抗も功をなさずにブルトンの首筋に鋭い何かが突き刺さる。

 皮膚を貫き肉を穿ちながら突き進む何かは、そのままブルトンの背骨に穴を開けて貫通するかと思われたが、そのようなことはせずに脊髄に潜り込みながら頭上へと駆け上がっていく。

 そして遂に細く長い何かが脳内へと達した時、それはブルトンの脳を吸い込み始めた。

 頭の中身を全て貪るように吸い取られたブルトンは、自らの天恵を使って窮地を抜け出そうと思い至ることなく波乱に満ちた生涯を閉じたのだった。


「奪エタノカ?」

 サイフルの頭を拘束した何かが解かれ、その身が地面に落ちると共に羽交い締めにしていた何者かが尋ねた。

「アア、我ガ物トシタ!」

 ブルトンを死に至らしめた何者かは歓喜に満ちた声で答えた。

『ロックバスター』の面々を全滅させた襲撃者はどこにでもありそうな簡素なローブを着ていた。

 しかし体の上に乗る頭はあからさまに異形の姿をしていた。

 それは丸みのある頭と口元と思われる部分に四、五本の触手と思われるうごめくものを備えた不気味な容貌をしていた。

 この邪悪な雰囲気を全身からにじみ出させている二人組は イシリッド人というデーモンの一種であった。

 デーモン。それは古の昔に魔王の眷属として女神の天恵を得た英雄達に立ちはだかった最も恐ろしい力を持った強敵であった。

 彼らは不気味な姿に比例した凶悪な力と悪辣な知能を兼ね合わせて英雄達を苦しめていたが、主である魔王が敗れた後は散り散りとなり、いずこかへと隠れて潜んでいたのだ。

 ある者は堅牢な山脈へ、またある者は深奥の森林に。そして彼らイシリッド人のように地下深くへと逃れて行った者達と。

 本来ならブルトンが調査のために挑むはずのダンジョンは危険なモンスターがはびこる迷宮程度のものではなくイシリッド人が地上侵攻への先兵を送り込むために繋げられた魔境からの入り口であり、この二人はイシリッド人の帝国で選ばれた優れた能力を持つ勇士であった。 

 イシリッド人の二人の勇士は地上に出た手始めとして手近にあった村を壊滅させ、異能により意識のない奴隷を作り上げてから周囲の情報を収集させた。

 なにせ彼らイシリッド人の帝国は魔王が滅びてからの千年間は一度も地上に出ずに地下にこもって勢力の強化に専念し続けていたのだ。

 世界の情勢がどうなっているかなど気にせずにだ。

 魔王と共に蹴散らされた同胞の数が多かったために彼らは力を蓄えるのに千年もの時間を費やしてしまったのだ。

 だが今や雌伏の時を終えて彼らイシリッド人は地上に覇を唱える時と思い行動をおこすことにしたのだ。

 そんな彼らが侵攻の対象として選んだのは、今いる小さな村から北にある都市セルバであった。

 セルバにある魔泉。人間にとっては毒でありながら有効な資源になりえる物をイシリッド人達は欲したのだ。

 なにしろ魔泉はモンスターだけではなく彼らデーモンさえも強化してくれる霊験あらかたな神秘の霊薬なのだから。


 脳みそを余す事無く吸い取られたブルトンの体が地面に投げ出される。

 イシリッド人からの拘束から解放されたその身はもの言わぬ遺体となったために当然動く事はない。

 本来なら捨て置くべきものだがブルトンを殺したイシリッド人はその場を離れることなく何かを念ずるような難しい顔をしていた。

「フン!」

 眉間に皺を寄せながら行っていた精神集中をとき気合いの入ったかけ声をかける。するともの言わぬ骸と化したはずのブルトンの体が痙攣し始めた。

 しかも変化はそれだけでは止まらなかった。

 なんと死体であるはずのブルトンの体がぎこちなくもゆっくりと立ち上がったのだ。

「ウマクイッタナ」

 動かないはずの死体が再び動き出したことに相方のイシリッド人は驚く様子は見せずに、むしろ感心しつつ喜んでいた。

 なぜ脳みそを余さず吸い取られたブルトンが虚ろな顔をしながら立ち上がっているのか。その答えはブルトンを襲ったイシリッド人の口元にあった。

 よく注意して彼の者の触手に覆われた口元を見て見ると細長い管状のものが伸びてブルトンの首筋に突き刺さっていた。

 これはイシリッド人が持つ体組織の一つで吸入管と言われるものだ。

 イシリッド人は相手を拘束した後、この吸入管を使って脳を吸い出して己の養分にして相手を殺すのだ。

 そして今、このイシリッド人は先ほどとは逆の行動を行って何かを吐き出してブルトンの中に送り込んだのだ。

 イシリッド人が注入したのは体内で合成された特殊な薬液であった。このイシリッド人は送り込んだ体内合成物質を触媒にして【傀儡】の異能を発動させたのだ。

 【傀儡】とは死体を操り人形にして、さも死体が生きているかのように見せる異能である。

 さも有用そうな異能だが当然欠点もある。

 まず第一に【傀儡】対象にする相手に常に吸入管を差し込み触媒を注入しなければならないというもの。

 第二に傀儡化した対象は完全な操り人形となるために生前と同じような動きをすることが出来ない。そのため生前の対象者の知り合いと接触されればまるで別人にでも成り果てたかのような違和感を持たれて傀儡化されていることがバレる可能性があった。

 一つ目の問題点は吸入管に【隠蔽】の異能を使って誤摩化すことで解決することができる。

 二つ目の問題に関しては仲間を失って意気消沈している姿を演じることでやりすごすことにしていた。

 こうしてセルバの街を攻略するための計画の第一段階を終えた二人は傀儡化したブルトンを先頭に村の中央広場へと戻ることにした。

 

 村の中央広場に停めた荷馬車の元へと戻ってきた二人のイシリッド人。そこへ着くなり傀儡を操っていないほうが不気味な雄叫びを村全体に響き渡るように放った。


 グロロロロ!


 雄叫びによって簡素な村の建物が崩れそうなほどに震えた後に、寂れた村のあちらこちらか不気味な姿をした緑色の小鬼が現れた。

「箱ヲモッテコイ!」

 出て来た小鬼達に威圧的な態度でイシリッド人は命令した。

 命令された小鬼達は相手からの上から目線の命令に反発するどころか、むしろ畏怖するかのような態度で従っていく。

 この緑色をした不気味な小鬼達はゴブリンと呼ばれるモンスターである。

 ゴブリンは単体では弱いが繁殖力が高く常に集団で行動して数の暴力で敵を圧倒するモンスターだ。

 ここにいるゴブリン達はイシリッド人の持つ【テイマー】の異能で使役されている集団である。

 命令されたとうりに謎の木箱を持って来たゴブリン達は醜悪な見た目とは裏腹に器用な手つきで木箱を荷馬車に固定して行く。

 やがてゴブリンが作業を終えて荷馬車から離れると、荷物の固定具合を確かめてから乗り込んだ。

「デハ、イクトシヨウ」

 【傀儡】のイシリッド人が操り人形と化したブルトンと一緒に業者台に座り馬車を進ませる。

「我ラノ異能ト、コノ箱ニ封ジラレタモノヲツカエバ、セルバノ街ナド簡単ニ占拠スルコトガデキルデアロウ?」

「ソノトウリダナ」

 【テイマー】のイシリッド人が、これから自分達の行うことに対する成功に自信満ちた発言をし、それに受け答える【傀儡】のイシリッド人も勝利を確信した受け答えをした。

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