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 レクトが装備を新調して四日後、レクト達はレジーから銅札のハンター証を渡された。

 木札のハンター証はお試しの見習い期間という位置づけがなされている。

 そのためこの期間の間にハンターとしての適正があるかどうかを見極めて、適正の無い物は諦めて違う職業につき、適正のあるものは認められて次の段階へと進んで行く。

 そしてレジーとフラルは料理の研究に忙しい店主に変わって、彼ら三人は適正ありと見なしてハンター証を昇格させたのだ。

「言っておくけどあなた達、これはゴールではなくスタートだということがわかっているの?」

 初めての昇格に年相応に喜ぶ三人の姿を見て、レジーは浮かれた気分でいる彼らをたしなめる。

「わかっているわよ。私たちはこれからガンガン大物を狩って、やがて金札のハンターになるんだから!」

 しかし、レジーの忠告など何処吹く風とばかりにアリエスは壮大な夢を語る。

 それに対してレクトとケルトは一緒に悪ノリするようなことはせずに、大はしゃぎするアリエスを見て逆に冷静になって心身を引き締める。

「ちょっと二人ともノリが悪いわよ!」

 一人だけ盛り上がっていることに気恥ずかしさを感じたアリエスは頬をふくらませて拗ねてしまう。

「それはいいけどあなた達、そろそろパーティー名を考えたほうがいいんじゃないの」

 三人がパーティーを結成して約八日。未だにパーティー名が決まっていなかった。

 狩りが休みの日などに食堂に集まって話し合いなどするのだが、アリエスは考えるのが苦手であり、レクトは大枚をはたいて買った二冊の辞典の読破に夢中になってしまい、ケルトはレクトが読み耽っている『モンスター辞典』と『デーモン辞典』が気になって集中して考えることができなかった。

 レジーとしても宿に泊まっているハンターの管理という面でも早々に決めて欲しいのだが、そのような状況なためなかなか決まらずにヤキモキしていたのだった。

「う〜ん。よし!狩りをしながら決めよう!」

 パーティー名のことについて指摘されたアリエスはしばらく考えた後、リーダーらしく即決し後回しにすることに決めた。

「しょうがないわね。でも帰ってくるまでに決められなかったらこの中から決めてもらうわよ!」

 お気楽なことを言ってくるアリエスに目眩を憶えたレジーはアリエスに一枚の巻物を渡した。

 なんとも仰々しさが感じる巻物を受け取り書いてある内容を確認してみると、三人は何とも言えない微妙な表情になった。

「レジーさん。これって本当にハンターパーティーの名前の候補ですか?」

 何か間違って別の物を渡したのかと思い、レクトは念のためにと確認してみる。

 巻物を返されたレジーは内容を確認した後も気恥ずかしい顔をすることなく、堂々と間違いないことを念押しした。

「ええ。間違い無いわ。私が夫に頼んで考えてもらったあなた達のパーティー名候補よ!」

 胸を張ってそう宣言して突き返した巻物に書かれていた名称は、全てこの宿で出される料理の名前だった。


 レクト達のパーティーは今日は南門から街の外に出て狩りをすることにした。

 今日も順調に一狩り終えた後、畑の合間にある広場の一つに座り込んで、神妙なる雰囲気で話し合いをしていた。

 会談の議題は当然のことながらパーティー名をどうするかということだった。

 そのため農作業する人間が一休みするのに使う広場に腰掛けてじっくりと話し合うことにしたのだ。

「キー!パーティー名なんて思い浮かばないよ!『アリエスと頼もしい仲間達』じゃだめなのか?」

「「ダメだ!」」

 考えるより先に手が出るタイプのアリエスが頭を掻きむしりながら咄嗟に思いついたパーティー名を口にするが早々にレクトとケルトに却下されてしまう。

「だめだよアリエス。そんな適当に決めたら」

「そうだぞ!師匠だって名前とは一生ついてまわる大事なものだと言っていたぞ!」

「私は真面目に考えたぞ!」

 本人曰く一生懸命考えた名前を即座に否定されてしまい、アリエスはそのことを涙目になって講義した。

 そんな姿に同情したのかレクトの膝の上にいたポップがアリエスの元へと歩み寄ってきてくれた。

「ポップは私が一生懸命考えてたってわかってくれるよね?」

 そう言って目の前に来てくれたポップをアリエスは抱きしめた。


 それからも喧々諤々な意見の出し合いは続いていくもなかなか決定打につながるしっくりとした名前が思いつかなかった。

「あ〜ん。このままじゃパーティーの名前が『トマトスープ』や『鹿肉のステーキ』になっちゃうよ!」

 長い話し合いに音を上げたアリエスは、ポップを抱きしめたまま地面に寝転がってしまった。

 それを合図にしたわけでもないが、レクトとケルトも黙り込みそのまま青い空を見上げてぼんやりとしてしまった。

「…明鏡止水」

 流れ行く雲を何も考えずに眺めているうちに、そんな言葉がレクトの口からポロリとこぼれた。

「ほえ!?」

「むむ!それはどういった意味の言葉だ?」

 それを聞いたアリエスは、いつのまに眠っていたのか寝ぼけ眼で起き上がり、女性にはあるまじき間抜けな顔になっていた。

 それに対してケルトはアリエスのように眠りこけているということはなく、はっきりとした意識でレクトの何気ない一言を聞いていた。

「師匠が言っていた武人として大切な心得の一つだ」

 そう言って立ち上がりながらレクトはジェイドから教えられた言葉の意味を二人に教える。

「明鏡とは一点の曇りもない鏡のこと。止水とは流れることなく静かに止まる水のこと。すなわち明鏡止水とは一点の曇りの無い鏡や止まり続ける水のように何の邪念もなく静かに落ち着いた心の状態をさす言葉だ」

 それを聞いたアリエスは内容が難しすぎたのか口を開けてポカンとした顔になり、一方ケルトは言葉の意味を知って深い感銘を受け何かに納得したのかしきりに頷いていた。

「うん!良くわからないけど、私達に似合ってそうだからもうこれにしちゃおうか!」

 言葉の意味と正反対の性格をしたアリエスが半ば面倒くさそうに賛成する。

「とてもいい言葉だと思うよ。ボクもアリエスとは違う意味で賛成だ」

 言葉の意味をよく吟味したケルトは悟りを開いたような顔になって賛成した。

「よし!今日から私達は『迷宮収入』だ!」

「「明鏡止水!」」

 いい加減ダラけた雰囲気になっていた所だったがレクトの一言で突破口を見いだし状況の打破をすることができた。

「よし!大事なことを決めたから一狩り行こう!」

 懸念していた重要事項がかたづいたため、アリエスは勢いよく立ち上がり今日二度目の狩りを行うことを宣言する。

 悩み事を吹っ切り元気はつらつとした顔になったアリエスを見て、レクトとケルトは心を和ませながらも戦いの準備を進めていく。

「…ん?」

 愛用のファルシオンに異常がないかを軽く確認していたレクトは視界の隅に映った荷馬車に気になるものを見つけた気がして、そちらえと視線をめぐらす。

「あれはブルトン?」

 セルバの街の南門へと向かう街道を進む馬車の上には、この街でトラブルをおこしたハンターのブルトンが乗っていた。

 ブルトンの配下にあった三人組の姿はそこにはなく、かわりにフードを目深に被った人間が二人と大きな木箱がのっていた。

「【封印】のブルトンか。そういえば指名の依頼が入って街を離れているとはきいていたが」

 レクトに続いてブルトンの存在に気づいたケルトが荷馬車の様子を見ながらつぶやく。

「パーティーメンバーが見当たらないということは死んだということか?」

 危険なモンスターと戦うことを生業としているいじょう死闘の末に命を落とすハンターも多くいる。

 目の前を通り過ぎていく荷馬車はレクト達にそんな厳しい現実があることを突きつけていた。

「もう、何してるの!早く行くわよ!」

 そんな哀愁の気持ちを吹き飛ばすようにアリエスは、レクトとケルトを促して狩りへと赴かせる。

 アリエスのリーダーらしい快活ぶりに二人は顔を見合わせて笑うと、やがて来るかもしれない未来の不安を振り払ってモンスターを狩ることにした。


 セルバの街の南門を取り締まる衛兵の元に一台の荷馬車が近づいて来た。

 大きな街に荷馬車が訪れるのは珍しいことではないが、衛兵達は荷馬車に乗る人間の中に注意を引く人物がいるのに気づいた。

「久しぶりだなブルトン。仕事が終わって帰ってきたか」

「ああ、そうだ」

 悪い意味で街の有名人となっているブルトンがいることに気づいた衛兵が軽い挨拶の言葉をかけるが、当の本人はいつものふてぶてしさはなく意気消沈しているように見えた。

「ん?下っ端の三人の姿が見えないがどうしたんだ?」

「あいつらは死んだ」

「そうか悪かったな」

「いや、いい」

 いつも付き従えているサイフル、リディン、デントの三人がいないことに訝しがり尋ねてみると、ハンターの宿命ともいえる答えが返って来たのでそれ以上は触れないようにした。

「ところでこのでっかい木箱には何が入っているんだ?」

 続けて衛兵は荷馬車の大部分をしめている大きな木箱について尋ねてみた。

「それは仕事で得た戦利品だ」

「なるほど、そう言えば指名依頼の内容はダンジョンの調査だったな」

 八日ほど前にブルトン達『ロックバスター』の面々がセルバの街を出たのは、とある村でダンジョンが出現したらしいので調べて欲しいというものだった。

 この衛兵は、街を出る時に自分達が指名依頼を受けたことを自慢げに話していたブルトンの姿をはっきりと憶えていた。

「一応箱の中身も確認させてもらうぞ」

 衛兵は規則に従って箱の中身を調べるために荷馬車へと乗り込む。

 そんな衛兵のために付き添いの村人と思われる男が箱のフタを開けて中身を見せる。

「!?」

 箱の中にあるものを見て衛兵は大きく目を見開いて驚愕する。

 そこには深い暗闇が納められていた。

 真っ黒な色をした液体や固体ではなく暗黒としか言い表すことができない異様な何かになみなみと満たされていた。

「あんた、これは一体…?」

 根源的な恐怖と言える物を備えた不気味で不可思議なものを目の当たりに衛兵はなんとか平静さを維持しながら目の前にいる村人に震える声で正体を確かめる。


 この荷馬車にはブルトン以外に二人の人間が乗っていた。

 御者台で馬を操る男と荷台で荷物の様子を見ている男だ。

 この二人は死んだ『ロックバスター』のメンバーの変わりに荷物を運ぶ手伝いをするために同行していることになっていた。

 そしてこの二人はどちらもフードを目深にかぶり顔を隠しており、非常に怪しく見えた。

 そんな怪しい村人の片割れが衛兵に荷物のことに聞かれると、俯いていた顔を静かにあげフードの奥に隠れていた双眸を怪しく輝かせた。

「コレハ タダノモンスターノ素材ダ」

 光る両目と、人と言うにはどこか違和感のある声色を聞いてしばし呆然となる衛兵だったが、気を取り直したのかもう一度箱の中を確認した後、異常はないと言って確認を終えた。

 衛兵の目には箱の中身はどこにでもあるモンスターの素材に見え、そこにあった不気味な暗闇を見たという記憶は頭の中から完全に消え失せていた。

 

 いつもとは違う雰囲気をさせたブルトンを乗せた荷馬車は大通りを通って街の中心へと真っ直ぐすすでいく。

 活気と喧騒が溢れている中央通りを真っ直ぐ進むと街の中を遮る新たな壁が見えて来た。

 このセルバの街はこの世界にある平均的な大型都市の造りをしている。

 それは領主と貴族が住む中心部と富裕層が住む中間部と庶民が住む外縁部に別れており、それぞれの間に堅牢な内壁を作って区切り、外壁を含めた三重構造となっているのだ。

 ブルトン達を乗せた荷馬車は中間部と外縁部を隔てる内壁の目の前に止まっていた。

「ココマデハ ウマクイッタナ」

 御者の男がつぶやく。

「ソウダナ ココマデハ予定ドオリダ」

 荷台の男がその声に答える。

「ココマデクレバ 計画ハ成功シタモ同然ヨ!」

「デハ予定ドオリニ コヤツヲトキハナトウ!」

「クククク。人間共ノ慌テフタメク顔ガ目ニ浮カブゾ」

「デハ アトハマカセタゾ」

 誰にも理解でないような不穏な会話を続ける御者と荷台の男。その横にいるブルトンは完全に蚊帳の外なのだが、自分を無視して訳の分からない会話をしていることに憤るような素振りは全く見せずに、どこか虚ろな目をして前方の内壁を見つめている。

 そして御者の男が打ち合わせのような会話を終えて立ち上がりいずこかへと立ち去っていく。


 ズリュ


 そのさい何かが引き抜かれるような音が響き、それからブルトンは糸の切れた操り人形のように倒れ込み荷馬車から落ちた。

 御者の男はそのことには特に注意を引くことも無く黙々と立ち去り、荷台の男も同様に目もくれず気にもしなかった。

「おい、あんた大丈夫か?!」

 ブルトンが荷馬車から落ちるのをたまたま目撃した人間が慌てて駆け寄り無事を確認する。

 だが声をかけられたブルトンは何の反応も示さず虚ろな眼差して虚空を見つめていた。

 最初は気絶しているのかと思って叩いたり揺さぶっていた通行人はあることに気づいて驚愕した。

「し、死んでる!こいつ死んでるぞ!」

 荷馬車から落ちたブルトンはすでに息を引き取っていた。

 それに気づいた通行人は死体を投げ出して一歩後ろへと後ずさる。

 ブルトンの体には一見すると何の手傷も負っていないように見えるが、よく見ると首の後ろに指が一本入るだけの丸い穴があった。

 ブルトンの死因は馬車からの落下ではなく、この首にある穴が原因だと思われるが、不思議なことにこの傷口からは血が一滴も吹き出ることがなかった。

「おい、あんた!あんたの仲間が死んでるぞ!」

 ブルトンが荷馬車から落ちたのを見ていた通行人は、ブルトンと荷馬車に同乗していた男に喚き続けた。

 だが荷馬車の男はそのようなことなど瑣末ごとでもあるかのように聞き耳をもたず、周りに集まってくる野次馬を塵芥を見るような眼差しで見下ろしていた。

「コレダケ観客ガイレバイイダロウ」

 なおも喚き続ける通行人を無視して荷馬車の男は大きな木箱へと向き直る。

「サア 時ハキタ メザメヨ!」

 荷馬車の男は木箱のフタに手を触れ、左から右へと払いのけるようにそわせる。

 その手は指が妙に長く不気味な紫色をしており、とても人間のものとは思えない形態をしていた。

 それから木箱のフタには金色に輝く文字のような模様が浮かび上がり箱は分解した。

 すべての覆いが取り払われて姿を現したのは黒い塊。

 今まで納めていた木箱の容積と同じ大きさの凝固した暗闇が姿を現した。

 得体の知れない不気味なものが目の前に現れたことに周りの野次馬はヒソヒソ話しをしながら遠巻きに様子をうかがっていた。

 そんな中で闇は不気味に蠢き、周囲の人々をさらに驚かせた後、風船が膨らむように大きくなり、壁の高さを超えるほど大きくなってから弾けた。

 

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