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次の日。狩りを休んでレクトがレジーに連れられてやってきたのは街の裏路地ではなく、表通りにあるどこにでもありそうな雑貨屋であった。
「ここが私がよく利用している雑貨屋さんよ」
レジーが紹介した小洒落た雑貨屋の名前は『雑貨の店 サムソン』と書かれており、ハンターであるレジーが紹介するだけあって、当然のごとくハンター協会と提携を結んでいる店舗の一つであった。
「いらっしゃい」
店のドアを開くとベルが鳴って来店者を告げる。
その涼やかなベルの音を聞いた恰幅のよい店長がカウンターから来店者を歓迎する挨拶をする。
「おはようサムソン。今日も新人を連れて来たわ」
「それはありがとうございます。新しい贔屓のお客様が増えるのは嬉しいかぎりです」
レジーに案内されて連れられて来たレクトの姿を確認すると、店主のサムソンは揉み手をして喜びを露にした。
「ここは品揃えも品質もいいからとってもお勧めなのよ」
新人教育に熱心なレジーが言う通りに『雑貨の店 サムソン』はハンター生活に必要なちょっとした小物から本格的な野営道具まで幅広くいい品を扱っていた。
「それに霊薬のほうもいい物が揃っているのよ」
レジーの言う霊薬とは天恵の力で作られた通常とは治癒と回復の力が上回っている薬のことだ。
この世界では薬作りは【薬】の天恵を持つ物が中心となって行われている。
別段【薬】の天恵が無くても調薬自体は出来るが、天恵を持っている人間のほうが高品質の薬を多く作ることができるようになっている。
さらに【薬】の天恵を持つ者は天恵を【調薬】【霊薬師】へと成長進化させることによって霊薬を作れるようになるのだ。
レジーが霊薬を注文するとサムソンは店の奥へと消えていき、しばらくの間何かがひっくり返るような音をさせてからカウンターに戻って来た。
サムソンが店の奥からかかえるようにして持って来たのは大小様々な大きさのビンであり、中には軟膏、粉末、丸薬、液体とそれぞれ状態の異なる姿をした薬であった。
「これがこの店で扱っている霊薬の種類よ」
霊薬と一言で言ってもその形態は統一されてなどはいなかった。
なぜなら作り手によって得意な薬の形態には個人差があり、霊薬になる薬は【霊薬師】が最も得意とする調薬の薬によって出来上がるものなのだ。
そのため薬を買う人間は自分が受けた傷の具合を見て軟膏、丸薬、粉薬、飲用薬のどれかを選択して使っているのだ。
ちなみにサイフルが賭け試合で受けた傷を治すのに使ったのは軟膏型の霊薬である。
また記録によると一口飲んだり頭からぶっかけるだけで一瞬にして瀕死の重傷者を直すことができる霊薬もあったようだが、現在はそこまで強力な霊薬を作れる人間はいないとされている。
レジーはカウンターに出された霊薬のうち、軟膏型と丸薬型を買い取ってレクトに手渡した。
「持っておきなさい。まだ木札のあなたは霊薬を買うことができないから」
「いえ、そんないただけませんよ、こんな高価な物!」
霊薬は通常の薬より桁一つは高いものである。
しかも作り手によって効果にばらつきがあるため、効果が高いほど鰻上りに値段が上がっていく。
レジーがレクトに渡そうとしている霊薬も値段的にみてかなり高い効果を期待できる品だと解る。
そんな品をレジーはタダで渡そうとしているのだ。レクトでなくても恐れ多くて受け取れないであろう。
「いいのよ。私は新人を支援するのが趣味なんだから。それに将来的には私が鍛えた新人がベテランになって宿を盛り上げてくれれば充分儲けはでるわ。だから受け取って」
レジーに母性愛をこめてそのように言われたが、どんな強敵でも打ち倒すレクトは田舎出身。やはり萎縮して受け取るかどうかを逡巡してしまう。
「これは毎年家に来る新人には必ずやっていることの一つ。ケルトとアリエスにも同じように渡したから気にしなくてもいいのよ」
この場にいないケルトとアリエスが受け取ったということを聞いたレクトは、それを免罪符としたのかかしこまりながらも受け取った。
ちなみに今『雑貨の店 サムソン』はレジーとレクトの二人っきりで訪れている。
アリエスは当然のごとく二日酔いで寝込んでおり、ケルトはその付き添いだ。
ポップは今日は狩りに行かないということなので、レジーの娘のマイナの遊び相手をしてもらっていた。
レクトが恭しく霊薬を受け取った後、レジーはサムソンにまた何か注文をした。
注文を受けたサムソンは今度は店の奥には引っ込まず、すぐ後ろの戸棚から二冊の分厚い本を取り出した。
「あと、お金に余裕があるのなら、この本を買っとくのもいいかも知れないわね」
カウンターに置かれた拳位の厚みがある二冊の本はそれぞれ『モンスター辞典』と『デーモン辞典』というタイトルが書かれていた。
「これはハンター協会が出版している本で全国に生息しているモンスターと現在確認されているデーモンについて出来うる限り記された百科事典よ。大体五年に一回の割合で改稿しているらしいわ」
レジーの言うデーモンとはモンスターの上位と考えられている存在である。
モンスターが野生動物が凶暴化したものだとすると、デーモンはそこからさらに人間に勝るとも劣らない知能を持った狡猾でずる賢く進化した存在だと言えるだろう。
物語によるとデーモンは魔王の優秀な幹部として仕え悪辣な策略で勇敢な英雄達を苦しめてきたと言われている。
そして魔王が倒されると一斉に地下に潜って魔王復活のための儀式をしていると言われている。
また彼らデーモンは時折地上に現れては邪悪な企みを用いて世界を混乱へと陥れようとしているらしかった。
デーモンは確認した数と種類はモンスターに比べて少ないが、モンスターと比べ物にならないくらい危険な存在なので、その分詳細なデータを載せている分、辞典の分厚さが『モンスター辞典』と同じくらいになっているのだ。
レクトは目の前にある凶器になりそうなくらい分厚い二冊の本を見てしばらく考え込む。
レクトはジェイドから情報という目に見えない不確かなものに対する重要性と危険性について充分な説明を受けていた。
正しい情報を正しく使えばそれは強烈な力を持った武器になり、間違った情報を間違っていることに気づかず取り込むとそれは我が身を滅ぼす毒になるということをジェイドはレクトに説いていた。
だからこそ目の前にある情報がどれほどの信用度があるのかを見当し購入するだけの価値があるかどうかを深く考えてしまう。
「む、無理に買う必要はないのよ。あくまでお金に余裕があったらよ!」
購入の是非を真剣に悩んでいるレクトの姿を見てレジーは慌てていさめようとする。
本が貴重なこの世界において、これらの本はかなり高価なものだ。
レクトにはこの後、注文していた武具の支払いもしなければならないので無駄遣いは避けるべきなのだが、幸いにして持ち合わせのほうは大丈夫なようだった。
なにしろレクトには以前倒した餓狼団の報奨金が懐にあるのだ。
討伐した百名位の人数の中に首領だけではなく重要な地位にいた幹部も含まれていたのでかなりの額の金がレクトの元に入って来ていた。
下手をすれば自堕落になって一生遊んで暮らすような人間になってしまうような金額だったが、レクトの胸中にあるハンターに対する憧れが強かったためダメ人間にはならずにすんだ。
レクトはもらった報奨金の半分を村長と両親に分け与え、残りのお金でセルバの街で装備を整えることにしたのだ。
さらにレクトには武器屋で絡まれた三人組との掛け金もあるので武具の料金を差し引いてもかなり懐に余裕があるのも確かだった。
「この二冊の本をください!」
暗い森の中を彷徨うかのような逡巡をして、ようやく決断したレクトは『モンスター辞典』と『デーモン辞典』を購入することを決意した。
新人ハンターが下した英断にレジーとサムソンは驚きの表情をしてしまい、その後レクトが料金を払っている姿が血の涙を流しているように見えてしまった。
「大丈夫なの、そんな高い買い物をしてしまって?」
「大丈夫です!」
「でもあなたはガイストンの店での支払いがまだあるのでしょ?」
「村にいたときも狩りをしてそこそこ稼いでいたので大丈夫です!」
店を出て両手で分厚い辞典を抱え持つレクトに、いろいろ心配になってしまったレジーが声をかける。
レクトはそれに余裕の態度で答えるが、レジーには無理をして気丈な態度をとっているように見えてしまう。
そんなふうに思っていたレジーは重い荷物を持ったレクトを連れ回すようなことはせず、そのまま『夜に哭く風亭』へと連れ帰ることにした。
宿に帰り着いたレクトは部屋に戻る時間も惜しんで一階の食堂で貪るように『モンスター辞典』を読みふけっていた。
奇麗なイラストつきで生息地や今まで確認出来た所持している異能について詳しく書かれた見事な本は、たちまちのうちにレクトを心を魅了した。
そうやって読書に夢中になっていると背後から声をかけられた。
「レクト。おまえさんに客人だ」
声をかけてきたのは『夜に哭く風亭』の元店長のフラルだ。
セルバの街ではそれほど知り合いがいないため、レクトは訪問客に心当たりが無く、一体誰が来たのかと訝しげに思った。
そしてフラルが示す方向に視線をむけると、店の入り口に見知らぬ男が一人立っていた。
「こんにちは。あなたがレクトさんですか?私はハンター協会から来たマイクというものです」
ハンター協会職員のマイクがレクトの元を訪れたのはレクトのティムモンスターの件であった。
ハンター協会では【テイマー】がモンスターをティムした場合は【識別】の天恵を持つ者を派遣し、その能力を正確に把握しティムモンスターの証である首輪をつけることになっている。
これはモンスターが持つ異能を安全に確認するという目的と、首輪という目印を付けることでティムしたモンスターが人に害をなすものではないということを知らしめるために行っているのである。
そのようなことをマイクから聞かされたレクトは早速ポップを呼びにいく。
レクトに呼ばれたポップは宿の裏庭におり、そこでマイナから野菜のスティックをもらっておいしくいただいている最中であった。
ポリポリと食べかけていた野菜スティックをいそいで咀嚼したポップは、まさしく脱兎の勢いでレクトのもとえと駆け込んでいった。
「あーん!ポップちゃんまって!」
突然どこかへ立ち去って行くポップの姿を見てマイナが悲しい叫び声をあげていた。
「こいつがオレの相棒のポップです」
レクトに紹介されたブレーダラビのポップはテーブルの上で堂々と立ち上がっていた。
動物を食堂のテーブルの上に載せるのは衛生的にどうだろうと思うところはあるが、ここにはそのことについて突っ込む者はいなかった。
「ほほう。ブレーダラビをティムするとは変わってますな」
通常【テイマー】の天恵がティムするモンスターは狼や熊といった戦闘能力が高い動物を選ぶことが多い。
ティムモンスターは一緒に狩りをする仲間なのだから、当然相棒として選ぶのは見た目も能力も戦闘能力が高そうなものと決まっていた。
だからレクトのように愛玩動物にしか見えないウサギをティムする人間がいるのは非常に珍しいことだった。
「ふむ。それでは【識別】をさせていただこう」
そう言ってマイクはポップの両肩を抱き寄せ温和な感じの瞳を見開いて天恵を発動させる。
まだ充分に【識別】の天恵が成長していない場合は対象に触れていなければ【識別】を使うことはできないが、充分に天恵が成長していれば見るだけで対象を【識別】できるようになる。
マイクは本来なら見ただけで【識別】を使うことができるが、ここは確実性を得るために、あえてポップに触れて【識別】を行うことにした。
一部のモンスターやデーモンには自分が持つ異能を隠蔽することができるようになっている。
この隠蔽を突破して相手の異能を知るには天恵を成長進化させる以外にも直接相手に触れて精神抵抗を突破するというものがある。
対象が死んでから改めて【識別】を行えばいいと思うかもしれないが、その場合は先天的異能しか知ることができず後天的異能を知ることができない。
何故そうなっているのかは謎のままだが、正確な情報を得るためには今回のような機会は最大限に利用すべきであった。
「な、なに!これはまさか信じられない!?」
ポップの異能をじっくり丹念に調べていたマイクはその結果に大いに驚くことになった。
「これは本当にブレーダラビなのか!?」
今まで薄暗がりでひっそりと研究に勤しむ学者といった雰囲気をしていたマイクは表情を一変させ、狂戦士のように髪を逆立て目を血走らせる。
そんな憤怒の表情に見える顔をして、どこからか取り出した羊皮紙に凄い勢いで何事かを書き記していく。
「ふー。こんなすごいモンスターと出会うのははじめてだ!」
猛烈な勢いで記し続けた書き物が終わると、マイクはやりきったといった感じのスッキリした表情となり、先ほどまでの鬼気迫るほどの狂気は消え失せ元の柔和な笑みを浮かべていた。
「レクトさん。聞いて驚かないでくださいよ。あなたのティムモンスターは黒星です!」
その言葉を聞いてレクトとラルフ。そしてちょうどマイクにお茶を持って来ていたレジーまでもが驚愕し大声を上げることになった。
「なんだって!?」
マイクが言った星とはモンスターの異能の数を表すのに使う言葉であり、異能が一つなら星一つ、二つなら星二つという言い方をする。
そして黒星とは異能の数が十個以上ある場合に使う言葉である。
ハンター協会からの公式見解によると異能が十未満のものは白星。十以上で黒星。百以上で赤星。千以上で銀星。一万以上で金星という定義付けがなされている。
もっとも現段階で確認されているモンスターの異能の数は黒星までのものであり、百以上の赤星より上のモンスターは確認されていなかった。
そのため赤星以上の定義付けは半ば冗談でやっているのではないかと言われていた。
ちなみにこのセルバの街に現れるモンスターで黒星の個体が現れるのは年に一回あるかないかという確率だった。
マイクが今しがた猛烈な勢いで書き記したものはポップの持つ数々の異能であった。
マイクは今しがた自分が言ったことが正しいことだと証明するかのように勢いのままに書きなぐったものをレクト達に見せた。
ポップを【識別】した時の驚きを如実に表した文字列に記されたものをみてレクト達はさらなる驚愕を体験することになった。
【跳躍】【噛みつき】【俊足】【格闘】【剛腕】【打撃】【蹴撃】【隠密】【奇襲】【カウンター】【威圧】【妖斬流無刀術】【浸透勁】
書かれている異能の数は十三個。確かに黒星だった。
「すごいですねこれは。今まで見たことの無い新しい異能があります!」
マイクの言う新発見の異能とは【妖斬流無刀術】と【浸透勁】のことだった。
モンスターの異能は長い年月の経験により発生するものだと言われているが、具体的にどのように能力が顕現するかは謎に包まれている。
一節によると生命の危機に瀕すると新たな異能が発言するのではないかと言われているが、それもまだ定かではなかった。
「この【妖斬流無刀術】と【浸透勁】という異能はどういった能力で、どんな条件で発現したんでしょうか?興味深いですね!」
レクトにはマイクが興奮しながら指摘した二つの異能について心当たりがあった。
【妖斬流無刀術】はレクトがジェイドに頼んでポップに習わせたものだ。
そして【浸透勁】はジェイドとの修行の成果で身に着けたものではないかと予想していた。
だがレクトはそのことをあえてマイクに話そうとはしなかった。
直感的にだがこれは秘匿したほうがいい情報だと思ったからだ。
そのためこのことはマイクにとって一生を捧げる研究テーマとなってしまった。
「すいませんが部屋は空いていますか?できることなら今日は一拍してから首都にあるハンター協会支部に戻ろうと思っているので」
「はい。大丈夫ですよ。こちらへどうぞ」
マイクの申し出を受けてレジーが二階の空室へと案内する。
水を得た魚のようにウキウキして二階に上がって行くマイクと入れ替わるように、ケルトと二日酔いで辛そうな顔をしたアリエスが降りてきた。
「おはようレクト。なんだかずいぶん騒がしいじゃないか」
眠気と頭痛が入り交じった顔をしたアリエスが不満げに朝の挨拶をする。
どうやら先ほどのポップを【識別】したことでの大騒ぎが原因で目を覚ましたようだった。
「それはすまなかったな」
「いや、大丈夫だよ。こちらはいい目覚ましになったから」
レクトが素直に謝るのを見て、ケルトは気にしていないことを告げる。
「私はもうちょっと寝ていたかったぞ!」
「もう昼飯時も過ぎようとしているのだぞ。今日は狩りを休むと言っても寝過ぎだ!」
アリエスはまだだらけた一日を過ごそうとしていたが、さすがにそれはケルトに注意された。
レクトもケルトの言葉を聞いて自分が昼飯も食べずに一心不乱に『モンスター辞典』を読みふけっていたことに気づいた。
昼飯時に注文もせずに机の一つを占領して本を読み続けたことにバツの悪さを感じたレクトは軽い食事をフラルに注文することにした。
「そうだレクト。昨日の返事を聞いていなかったぞ!」
レクトと同じように遅めの昼食とることにアリエスは、ケルトと一緒に相席しパーティー加入に関する答えを聞くことにした。
「そうだな。オレは昨日言ったとうりいつかアスタリウスに行って闘神大会に参加するつもりだ。それまでの間でよければパーティーを組もう」
その答えを聞いて二人はしばしお互いを見合わせた後、ニヤリと笑みを浮かべる。
「闘神大会までなんて水臭いことを言わずに一緒に闘神大会に出ようぜ!」
「ボクもセルバだけでなく他の街や国も回ってみたいと思っていました」
二人の感想を聞いたレクトは思っていた以上の答えに少々驚いてしまった。
レクトとしてはこの二人とはセルバの街にいる間だけの付き合いになるのかと思っていたが、フタを開けてみればそれ以上の付き合いになりそうなことに驚きながらも喜びを感じていた。
「二人ともそれでいいのか?」
レクトもこの二人なら気の合う仲間になる予感がしていたが念のため最後の意思確認をしてみる。
「あたりまえよ!」
「もちろんだ!」
元気よく返事をしたアリエスは右手を前に突き出す。
それを見た二人は、その上に自分の手を重ねていった。
三人とも手を重ね合わせるとなんとなく笑いがこみ上げてきたので盛大に笑うことにした。
レジーはその様子を二階に上がる階段の入り口から見ていた。
新人育成が大好きなレジーは三人の若者が新しいパーティーを結成するのを見て微笑ましい気分になっていた。




