<16>
大柄でたくましい筋肉を持った片手斧と大盾を装備した男がレクトの前に立ちふさがっていた。
「お前がオレの手下をコケにした小僧か?」
レジーが嫌悪感をこめて【封印】のブルトンと呼んだその男は獣のような血走った目でレクトを睨みつけて聞いて来た。
「何かあったの?」
尋常じゃない雰囲気を滲み出しているブルトンの様子に不可解なものを感じたレジーも原因を知るために同様に尋ねてみる。
「昨日武器屋であの男の後ろにいる三人組がからんできたので適当に相手をして追い返しました」
ブルトンだけでなくレジーまでもが同様なことを尋ねてきたので、レクトは昨日のいざこざを搔い摘んで説明した。
「なるほど。逆恨みの意趣返しに来たのね」
ザックリとした説明で納得したレジーはレクトを守るように前に立って、ブルトンを牽制する。
「なにがあったかは大雑把に聞かせてもらったけど、あなたの手下が損をしたのは自業自得なんだがら言いがかりをかけないでちょうだい!」
レジーの雰囲気が頼れるお姉さんから、鉄火場を取り仕切る姉御のものへと豹変し、聞く者を萎縮させるようなドスの効いた声を響かせる。
「フン!男に取り入って鋼札を手に入れた売女には用はない!とっととどきやがれ!」
並の相手なら怯むようなレジーの声音を聞いても、ブルトンは臆するどころか逆に野獣のような殺意を振りまいてこちらを威嚇してきた。
「あら、私はあなたに天恵を使われても充分に勝つ自信があるわよ」
暴風のような殺意を当てられたレジーは、それを軽く受け流しながらネコ科の動物を思わせるしなやかでタメをきかせた構えをとる。
火花散るような視線の応酬がしばらく続き場が膠着しそうになったが、そうなる前にレクトが前に出て収拾させようとする。
「待って下さいレジーさん。こいつはオレに用があると言って来たんだ。だったらオレが相手をしますよ」
「ほほう。オレ様にやられる覚悟はできているようだな」
「レクト!あなたは我が家の宿の大事なお客さんなんだから。無理する必要はないのよ?」
レクトの言葉を聞いてブルトンは舌なめずりして喜色の表情を浮かべ、それに反するようにレジーは無謀なことをさせないように止めにはいる。
「オレはレジーさんに迷惑をかけないようにと思ってやけっぱちな行動をとろうとしているわけではありません。あの程度のやからなら勝てると思っているから勝負するんです!」
「そう、あなたがそこまで言うのならしかたないわ」
レクトが強い覚悟と意志がこもった眼差しでそう言うのでレジーは引き下がることにするが、内心ではやんちゃな弟をもったお姉さんのような気分になり結構ドキドキしていた。
「ふん!そんな女の前で強がりを言ってかっこつけてんじゃねえ!」
一方、二人のやりとりを聞いていたブルトンはレクトの態度をバカな強がりととり手にした片手斧を振り回して威嚇や恫喝に聞こえる言葉を浴びせていく。
「いいか、この【封印】のブルトン様は今はまだ鉄札のハンターだが、周りが不当な評価さえしていなければとっくの昔に金札のハンターになれていたんだからな」
自分の強さを自慢するブルトンの言葉にうろんな眼差しを向けてからチラリとレジーのほうを見るレクト。
視線の意味に気づいたレジーは、ブルトンに対する世間の評価を聞かせる。
「金札はないけど素業不良がなければ鋼札になれるだけの実力があるのは確かよ」
一般的にハンター証による実力の評価は木札がお試し期間、銅札が初心者、鉄札で一人前、鋼札でベテランというふうになっている。
さらにその上の銀札と金札は特別な功績を上げた者にしか与えられないことになっており、授かることができれば正に英雄として扱われるようになる。
そんな銀札や金札は各国に一人か二人しかいないと言われている。
そしてブルトンは自分が唯一無二の天恵を持っていることから自意識過剰となり、自分は金札のハンターになれると思い込んでいた。
そのために力を追い求め鍛錬し強くなっていくにしたがって増長するようになり、やがて力と暴力で何でも押し通す乱暴者に成り下がっていったのだ。
そのため周りの信用が落ちていったためランクが上がらないのだが、本人はそのことを世間が間違っていることにして態度を改めようとはしなかった。
ブルトンから血走った視線と罵詈雑言を浴びせられているレクトのもとにポップが心配そうに近寄って来た。
「大丈夫だポップ。今回はオレ一人にやらせてくれ!」
自分を気遣ってくれるポップの頭を優しく撫でてからレクトはポップを下がらせて構えをとる。
サーベルを両手でしっかりと握り込んで見据えた先には目を血走らせて斧を振り回して自分の強さを誇示するブルトンの姿がある。
「かかってこい小僧!なめたマネをしたことを後悔させてやる!」
力こそが正義と信じ邪魔する者を薙ぎ払って来たブルトンにとってレクトは路傍の石のごとしで、つまずいたことでケチがついて名声に傷がつくのが我慢ならなかったのでお礼参りに来たのだった。
だから断じて手下の三人組の敵討ちなどという殊勝な心がけがあるわけではなかった。
一方言いがかりをつけられたレクトがブルトンとの勝負に挑むのは、三人組にポップを戦わせたのと同じように自分の技量を知るためだった。
世間で高い評価を受けている鉄札以上のハンターと戦うことで今の自分の実力がどれほどのものかを推し量りたいと思っていたのだ。
「どんなに強いモンスターを手なずけていようともオレの天恵の前ではそんなものは無意味だ!」
そう叫ぶや否やブルトンは自慢の天恵を発動させた。
それは肉体強化や投射型の力などではなく、目に見えないフィールドが辺り一面に広がっていくのをレクトは感知することができた。
「ブルトンが天恵を使ったわ!みんな下がって!」
相手の様子から同様に天恵の発動を察したレジーがポップを抱きかかえながら、他の二人にも注意を促す。
「もはやお前はオレの【封印】の効果範囲内だ!これでお前はただのガキとなり、ティムモンスターもただのウサギに成り下がった!」
そう言ってブルトンは勝利を確信した高笑いをけたたましく響かせる。
「さあ、オレ様になめたマネをしたことをあの世で悔やむがいい!」
天恵が発動しても微動だにしないレクトの姿に、相手が臆したと思い込んだブルトンは勢いよく突進し重量感ある激しい一撃を打ち込んで来た。
ガキン
そのままレクトの脳天をカチ割ると思われた一撃は間一髪のところで防がれ、そのままの勢いでサラリと受け流されてしまう。
「なに!」
もはやなぶり殺すだけの哀れな羊だと思っていた相手が冷静に攻撃を防ぎ、なおかつ反撃して来ることにブルトンは驚き動揺する。
それでも鉄札のハンターだけあって慌てながらもレクトの繰り出すサーベルの一撃を大盾で受け止めて防いだ。
それからも何合もの打ち合いをし続けていくがブルトンの表情は徐々に驚愕に歪んでいき、それに相反してレクトの表情は冷たく静かに獲物を追いつめる狩人の目をしていた。
「クソ!オレの【封印】が発動しているのに何で平然としていられるんだ!?」
自信の力が及ぶ範囲内にいるにもかかわらず焦りも動揺も見せないレクトの態度に逆にブルトンのほうが焦燥感に苛まされてしまう。
ブルトンが自信の力に溺れてしまうほどに強力な天恵【封印】。その力の正体は、効果範囲内にいるすべてのものの天恵、異能を封じてしまうというものだった。
この天恵の効果範囲は基本的に力を発動するブルトンを中心とする半径50デュメル(50メートル)の円形に展開するようになっている。
しかしブルトンは修練の結果、効果範囲を真円だけでなく楕円に展開することができるようになり、それだけでなく発動した後の自分の立ち位置を円の中心から端へと変更する事ができるようになっていた。
このような力を発動されれば普通のハンターは動揺してしまうのは明白だ。なにせ天恵とはこの世界に住む者にとってかけがいのないアイデンティティの証明になっているのだから。
それが使えなくなったことによる不安や焦燥感をついてブルトンは自分に楯突く者を倒していったのだ。
しかし今回はそれが通じているように見えない。
本来なら目の前にいる生意気な小僧は今頃脂汗を浮かべて焦点の定まらない目をしているところを隙をついて攻撃し、組み伏せて逆らえないように徹底的に教育をしているはずなのに、今はいつもと違って相手が平然とした顔をしており自分が不安と焦りが入り交じった顔をしているのだ。さすがのブルトンも内心は穏やかではなくなっていた。
ここでブルトンにとって大きな誤算だったのはレクトが天恵を持たない喪失者だったということだ。
そして喪失者は世間的に差別対象になるのでレクトはそのことを街に訪れてから誰にも話さなかったので周りからはブレーダラビという最弱の部類に入るモンスターをティムしたモンスターテイマーだと思われていた。
レクトは師匠のジェイドから情報の隠蔽と撹乱の重要性を常日頃から言われ続けていたので、あえて修正せず、周りを誤解させ続けたのであった。
そのためブルトンはティムモンスターのポップさえ自身の天恵で能力を封じてしまえば後は楽に勝てると高をくくっていたのだが、フタを開けてみたら大間違いでレクトが予想以上の使い手であることに動揺が隠せないでいた。
「クソ!おまえら手を貸せ!」
ジリジリとこちらを追いつめるように剣を振るってくるレクトに焦りを感じたブルトンが後ろに控えていた手下達に声をかける。
固唾をのんで勝負の行方を見守っていた三人はブルトンに呼ばれて神の啓示を受けたかのようにビクリと震えた後、それぞれの得意な得物を構えてレクトを取り囲もうと駆け出す。
「させないわよ!」
三人組が動き出したのに反応してレジーも牽制のために動き出す。
その後を見事な攻防に魅入っていたケルトとアリエスが夢から覚めたような動きでついていこうとする。
「手出し無用!」
だがレクトはレジー達の危急の助太刀に入るのを見るや、それを一喝するがごとき声音で毅然と断る。
レクトの意外な言葉を受けてレジー達は一瞬体が硬直してしまい、それが隙となって『ロックバスター』の包囲網を完成させてしまう。
レクトの正面に【封印】のブルトン、後方に【一刀両断】のサイフル、右側に【腕立て】のリディン、左側に【屈伸】のデント。
四方を取り囲んだ『ロックバスター』の必殺の陣形が見事にレクトを包囲していた。
「レクト君!」
「問題ありません」
思わず出遅れてしまったことに悔しさの残る表情をするレジーが心配して呼びかける。
一方不安な目でこちらを見てくるレジーに対してレクトは言葉通りどうということはないという表情で剣を構えて正面のブルトンを睨みつけ、それと同時に三方を塞いでいる三人組にも注意を払う。
「この程度の輩なら充分勝算はあります!」
こちらを心配するレジー達には安心させるように、敵対してくるブルトン達には侮蔑に聞こえる言葉をレクトは投げかける。
「ちょっとぐらい腕が立つからといって意気がるんじゃねえぞ小僧!」
もはや一片の油断も慢心も感じられないほどに興奮し殺気を放ち続けるブルトンが得意のコンビネーション攻撃を仕掛けてきた。
ブルトン達『ロックバスター』のハンターパーティーの得意とする戦い方は、天恵を発動したブルトンとサイフルが前後ではさんで能力を使えなくなった敵を押さえつけ、その間にリディンとデントが天恵を使って自身の強化を行う。
そして充分な強化がすんだ所でそれぞれの得意な武器で攻撃する。
リディンは長柄武器を使い、デントは腰の袋から取り出した鉄球を思う存分蹴り上げる。
こうして多大なダメージを与えた後に【封印】の効果を解除してからサイフルの【一刀両断】で止めをさすというのが『ロックバスター』の基本的な戦い方であった。
これはブルトンの【封印】の効果範囲がある程度本人の意思で自由にできる事と、範囲内では投射型の天恵も効果が打ち消されるのに対して範囲外から打ち込まれた運動エネルギーまでは打ち消せないことから成り立つ見事なコンビネーション攻撃であった。
そして今、その脅威的なコンビネーション攻撃がレクトに向かって襲いかかろうとしていた。
前門を狼ならぬブルトンに後門を虎ならぬサイフルに、そして左右にはリディンとデントが最大限まで力を高めるためにそれぞれ猛烈な勢いで腕立てと屈伸を行っていた。
一見してピンチとも呼べる状況を見て介入するべきかを思い悩むレジー。
宿に来てくれた新人を育成する事を生き甲斐としている彼女にとって将来有望な若者をあのような愚か者共に潰される訳にはいかないという思いと、今だに焦りも不安も感じずに強い意志のもとで戦い続けるレクトを信じて見守り続けるかで胸中は大いに揺れていた。
「あいつ鉄札のハンター相手になんであんなに戦えるんだ!?」
「【テイマー】の天恵を持つ人間があんなに強いなんて聞いたことがない!」
レジーの後ろで奮戦を眺めていたアリエスとケルトもレクトの見事な太刀捌きを見て感嘆の声をもらす。
「そうね、あれならもしかして…」
後ろで見ている二人の感動に震える声と抱き上げているポップが自分の腕のなかで暴れることなくおとなしくしていることに安堵感を覚えたレジーは、そのままレクトを信じて見守ることに決めた。
目にも止まらぬ速い動きで屈伸していたデントが動きを止め、腰の袋から人の頭ほどの大きさのある鉄球を取り出し地面に叩き付けるようにして置いた。
それと同時にリディンが腕立てをやめて立ち上がり武器を構えた。
それを剣戟の合間に二人の様子を見ていたレクトは気づき噂に聞こえた必殺攻撃がくることに警戒し心構えをする。
この世界の人間は自分が女神から授かった力を誇りに思い鼻をかけて自慢する者が多いため、強い人間の能力や戦い方などの情報は集めようと思えば集める事ができた。
そのためレクトも念のために《ロックバスター》に関する噂や情報はそれなりに集めて吟味していたので、必要な情報を取捨選択してまとめることはできていた。
だからこそリディンがジャイアントモールを振り上げて襲って来ても、デントが全身をバネにして鉄球を蹴り上げてきても冷静に対処することができた。
前後を押さえられ、左右から新たな脅威が迫るなかでレクトはまずブルトンとサイクスの猛攻をすり抜けて右側から必殺の一撃をおみまいしようとしていたリディンへと猛烈な勢いで駆け込んでいった。
包囲網をすり抜けられて驚愕の顔をしているブルトンとサイフル。それと背後からうなりを上げて迫る凶器を背に自分に振り下ろされるジャイアントモールをかわした後、その勢いを利用してリディンを投げ飛ばした。
「でいやあ!」
裂帛の気合いと共に投げ飛ばされたリディンは奇麗な放物線を描きながら飛んでいき、地面に激突する寸前に猛烈な勢いで蹴り出された鉄球に背中を強打した。
「ぐへらっ!」
意味不明のうめき声をあげて潰れたカエルのような姿で倒れ臥したリディンに動揺し、しばし呆然する『ロックバスター』の残りの三人。
当然そのような隙を見逃すわけもなく最速で一直線にブルトンへと迫ったレクトは、その鍛え抜かれた太い首筋に容赦のない凶刃ともとれる斬撃を打ち込もうとした。
「そこまでよ!」
急激な制止の声でレクトの腕がピタリと止まる。
レクトの気迫のこもった斬撃はブルトンの首筋に刃が打ち込まれる一歩手前で止められていた。
レクトが振り抜こうとしたサーベルと硬直して動けないでいるブルトンの首筋にはうす紙一枚はいる隙間もなかった。
すなわち今の制止の言葉がコンマ1秒でも遅れていたならばブルトンの首筋は間違い無くレクトに切り落とされていただろう。
それほどきわどいタイミングだったのだ。
家畜を屠殺するようにブルトンを切ろうとしたレクトは自分を制止させた声の主のほうへと目を向ける。
そこにいたのは慌てた表情をしポップを抱きしめる腕に少しばかり力のこもったレジーの姿があった。
「だめよレクト君。そんなやつでもこの街にとっては貴重な戦力となるハンターなんだから」
そう言われたレクトは冷や汗で濡れるブルトンの首筋から刀身をゆっくりと離し、油断せずにゆっくりと後ずさる。
首筋に触れすぐそこまで迫っていた死の感触が離れて遠ざかっていくのを感じ、自分がまだ生きていることに安堵しながらブルトンは膝を折った。
ブルトンの首筋から刃が離れるのを安堵したのは死に直面した本人だけでなく、そばで見ていたレジーも同じだった。
レジーはあそこで自分が声をかけなければ確実にブルトンが死んでいたのが理解できていた。
ついさっき見たためらいも迷いも無く死神を思わせる目つきでブルトンに刃を向けて来たレクトの姿は思い出しただけでも身震いするような恐怖を感じた。
だからこそあの場でブルトンに止めをさすのをやめさせなかったら将来的に悪いことがおこるのではないかと本能的に危惧し急いで制止させたのだった。
「ブルトン!好い加減態度を改めないと痛い目をみるということがわかったわよね!」
「ぐっ!」
「今日はたまたま止めに入るのが早かったから死なずにすんだけど、今度からは助けずに見殺しにするわよ!」
「…」
レジーからでた警告の言葉にブルトンは言葉を失いうなだれてしまう。
「レクト君、アリエスさん、ケルト君。今日はもう帰りましょう!」
興が冷めたとばかりレジーは足早にその場を離れ、レクト達三人も置いて行かれないように足早に後を追った。
後に残った『ロックバスター』のメンバーはあまりにも衝撃的な敗北をきっしてしまったため、茫然自失となり無気力な表情のまま膝を折ってうなだれていた。
そしてデントの蹴り上げた鉄球が誤射したため重傷者となってしまったかもしれなリディンの苦しそうなうめき声が虚しくその場に響いた。




