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『夜に哭く風亭』での最初の夜を過ごしたレクトは心地よい眠りから目を覚まし、朝食をとるため一回の食堂へと降りて行った。
「おはようございますレジーさん」
「おはようレクト君。昨日はよく眠れたかしら?」
「はい」
朝の挨拶を終えて空いている席についたレクトは早速朝食を注文した。
鼻孔をくすぐる香しい臭いとともに運ばれてきた料理はパンとスープと串焼きだった。
一日の糧を得られることを女神に感謝してからレクトはガッツクように食べ始めた。
「どう、美味しかったかしら?」
「はい。昨日の夕食も今の朝食もどちらも美味しかったです。それに昨日も思いましたけど旦那さんの作る料理を食べるとなんだか身体中に力がみなぎるのを感じます!」
「フフ、ありがとう」
食事を終えたレクトは力こぶを作ってはしゃぎながらそう言う。
出会ってからそれほど時間がたっていないがレジーには、武人として緊張した雰囲気を持つレクトを年相応かそれ以下に子供っぽくさせる不思議な魅力があった。
世間では知られていないが【料理】の天恵を成長、進化させた人間が作る食事は一時的に身体能力を強化する効果があった。
なので今のレクトは気のせいではなく実際に身体能力が強化されていた。
そしてそれはレクトだけに限らず『夜に哭く風亭』で食事をする全員に当てはまることだった。
何故このようなことが世間一般に広まっていないかといえば理由は単純で誰も調べようとはしなかったからだ。
【識別】の天恵を持つ者がその力を行使する対象は天恵を持つ人間や異能を持つモンスター。それと特別な力を持つアーティファクトといった具合で、今のレクトのような感想を抱いても美味しい料理はやる気が出る程度にしか思わなかったのである。
朝食を終えて装備を整えたレクトはポップを抱きかかえて宿を出ようとするが、そこには猫じゃらしを持ったマイナが待ち構えるように立っていた。
「おにいちゃん出かけるの?」
レクトが抱きかかえるポップをチラリと見ながら上目遣いに尋ねてくる。
「そうだよ。オレとポップはこれから君のお母さんと一緒にモンスターを狩りに行くんだ」
「ポップちゃんも行っちゃうんだ…」
それを聞いたマイナは目に見えて気の毒になるほど気を落としていた。
「だめよマイナわがまま言っちゃ。お兄ちゃんを困らせたらダメよ!」
「は〜い」
母親のレジーに窘められたマイナはそのままスゴスゴと店の奥へと引っ込んでいった。
どうやらポップと遊ぶのが大分気に入ったようだった。
ちょっと寂しさの感じるマイナの背中を見送った後、レジーの後について宿を出ると、そこにはレクトと同じくらいの年齢の一組の男女が待ち合わせていた。
「紹介するわね。こちらの二人は五日前から内に泊まっている新米ハンター。コムソン村からきたケルトとアリエスよ」
レジーに紹介された二人の内、ケルトと紹介されたほうが男性で黒い髪と瞳をしており、病弱で神経質に見える顔立ちをしている。
そんなケルトが手にしている武器は長柄で先端部は三日月のような形をしており、さらに幾重にも布が巻き付けられていた。
そしてもう一人の新米ハンターのアリエスは眉根をつり上げた熱血漢のような顔立ちをしており、愛らしくショートカットにした髪と瞳は彼女の面差しに似合った真っ赤な色合いをしていた。
そんなアリエスの持つ武器は無骨で重量感のありそうな棍棒だった。
「【鎌】のケルトだ」
「【打撃】のアリエスよ」
レジーに紹介されて二人はレクトに軽く挨拶した。
ケルトの天恵を聞いて彼の持つ武器の先端部を見るレクト。その名前から布に包まれた武器が何なのかを推察する。
そうやって真剣な面持ちでケルトの武器を観察していると、隣にいるアリエスがレクトを睨みつけながら手にしている棍棒をビシッと突きつけた。
「ちょっと、あなたも鎌なんかで狩りは出来ないと言う口なの!」
「いや、大鎌を武器にするなんて珍しいなと思っただけだ」
どうやらレクトが視線を向けていた理由を不快なほうに勘違いしたらしく喰ってかかろうとしていた。
「構わないよアリエス」
そんなアリエスをケルトは苦笑しながら窘める。
「不躾な視線を送ってしまって失礼した」
「いや気にしていないよ。馴れているからな」
ケルトはレクトからの謝罪をため息混じりに受け入れた。
その隣でアリエスはまだ不機嫌な顔をしていた。
「お察しのとうりボクの持っている武器は大鎌さ」
ケルトの持っている武器はレクトの推察どうりに大鎌であった。
武器に布が巻き付けてあるのは専用の鞘がないために抜き身で持ち歩いて行き交う人が怪我をしないようにするための配慮であった。
ケルトの持つ天恵【鎌】は人より鎌の扱いに長けるようになるというものだ。
しかしケルトは自分の持つ天恵が原因で他の子供達からいじめられることになった。
「あいつらケルトの天恵を草刈りにしか役に立たないと言ってバカにするんだ!」
周りのケルトに対する誹謗中傷を思い出しアリエスは鼻息荒く憤慨する。
幼少の頃からケルトと仲の良かったアリエスは、そうやってケルトをバカにする悪ガキを見つけるたびに【打撃】の天恵を発動させて殴り飛ばしてきた。
「だから私はケルトの天恵がとてもすごいものだと解らせるために一緒にハンターをしているのよ!」
自虐的に見えるほど物静かにしているケルトに変わってアリエスは自分達がなぜハンターになったかを捲し立てた。
いつもバカにされ意気消沈しているケルトの手を引っ張って村のハンターに弟子入りしたこと。
最初は草刈り用の鎌で戦っていたが、村長の家にお手伝いをすることになったときに家の倉庫に錆び付いた大鎌を見つけて報酬がわりにもらったこと。
それを狩りで得た報酬の全てを使って村の鍛冶屋に直してもらったことなどをアリエスは我が事のように自慢げにレクトに話した。
「そんな訳でケルトは将来すごいハンターになるんだから!」
最後にそう締めくくったアリエスは肩で息をしており、狩りに行く前からかなり消耗しているように見えた。
「オレも鎌で狩りはできないとは思っていないぞ。師匠から鎖鎌という武器を見せてもらったことがあるからな」
「「なにそれ!?」」
通常の鎌の柄尻に分銅付きの鉄鎖をつけた武器、鎖鎌。
師匠のジェイドは実際に現物を見せ触らせて使い方を教えた後、鎖鎌を持った相手との戦い方を知るための模擬戦を行った。
そのことを話すと二人は興味津々となりすごい勢いで食いついた。
「そんな武器があるなんて初めて知ったわ!」
「それはこの街の武器屋にも売っているのか?」
「私は見たことはないわね」
レクトからの話しを聞いた三人は思い思いの感想を口にする。
「ねえ、えっと…」
「レクトだ」
「ああ、ありがとう。レクトね」
アリエスはレクトに何かを尋ねようとして自己紹介の途中で自分が捲し立てたことを思い出し気恥ずかしくなった。
「その、鎖鎌以外にも変わった武器について詳しく知ってたりするの?」
「まあ、幾つかは」
「それなら私が欲しい武器のことを聞いてもいい?」
「かまわないが、なんだ?」
それでもアリエスは思い直して自分が長年求め続けている武器について尋ねてみることにした。
「私のような乙女に似合う打撃武器をしらない?」
「はっ!?」
思いもよらない珍妙な質問にレクトは思わず間抜け面になって聞き返した。
アリエスの持つ天恵【打撃】は打撃を行ったさいの効果が人より高いというものだった。
そのためアリエスの攻撃手段は素手で殴るか棍棒を叩きつけるといったものメインにしていた。
だがそれは長年彼女の心の中にこれじゃないという違和感を募らせ続けた。
棍棒、メイス、フレイルと打撃武器はいろいろあるがどれを持っても今ひとつしっくりこないのだ。
アリエスとしてはハンターになったからには蝶のように舞い蜂のように刺すといった可憐な戦い方をしたいと思っていた。
だが実際には重量感ある質量武器を力任せに振り回し泥臭く見える殴り合いをしている。
村一番の負けず嫌いで男勝りのアリエスでも中身は女の子。男女と呼ばれるような戦い方ではなく美しく可憐な戦乙女と呼ばれるような戦い方がしたいと常々思っていたのだ。
そのような話しを切なさをこめてアリエスから聞かされたレクトはしばし考え込む。
師匠のジェイドはどのような武器を持った敵とも冷静に対処できるように剣や槍以外の特殊な形状の武器をレクトに見せ、さらに使い方を教え、模擬戦も行って特徴を教えていったのだ。
そのような体験の記憶を紐解いていくうちにレクトは二つの武器を思い浮かべるにいたった。
「それならトンファーか三節根はどうだろうか?」
「それってどんな武器!?」
レクトが提示した武器の名前を聞いてアリエスは一筋の光明を見いだしたかのような顔になった。
それからトンファーと三節根がどんな武器かを聞いたアリエスは一人で先走って武器屋に行こうとしたが皆に引き止められて興奮状態を回復させてから皆でガイストンの工房へと行くことにした。
「そんな武器はない!」
二の腕よりも長めの棒の横に柄をつけ両手に一本づつ持ち二刀流で扱うトンファー。
長槍の柄を三等分して鎖でつないだ三節根。
店を訪れた際にこれらの武器の特徴を説明し、物はないかと尋ねたところ何とも無慈悲な答えが帰ってきた。
それを聞いたアリエスは両膝を着いてうなだれてしまいすっかり意気消沈していた。
昨日店に来たときは剣関係のコーナーしか見ていなかったレクトだったが、何となく扱っていないんじゃないかなという予感はあった。
なぜなら特殊武器のことを教えたジェイドももしかしたら生涯使い手に出会う可能性は低いと言っていたのだから。
「そんな物見たことも聞いたこともないぞ!本当にあるのか?」
特殊な形をした武器の話しを聞いて訝しげな表情をするものの、職人としての好奇心は見事に刺激されたようだった。
「おう、ちょっと工房のほうに来てくれ。そのトンファーと三節根ってやつを作ってみたいからよ」
そんな感じで店の奥の工房に通された一同は職人の創作作業に付き合うことになった。
朝っぱらから店に入り浸って昼過ぎにアリエスは満面の笑みを浮かべて店を出て来た。
喜色満面でいる理由は両手に持った武器にあった。
二の腕より長めの鉄の棒の横に柄を着けた武器。トンファーをアリエスは両手に持ってクルクル回していた。
さらにそれだけではなく背中の鞘には鎖で繋がれた三本の金属棒の武器。三節根が納められていた。
これらは全て『武具工房ガイストン』の職人がレクトの説明を聞いて作った試作品だ。
どちらも工房主のガイストンの号令のもと試行錯誤と想像力を駆使して作られた一品だった。
そんな血と汗と涙の結晶を渡されたアリエスは、その姿と軽い使い方の講習を受けてすっかり気に入り、両方とも自分の主要武器にすることを決めたのだ。
そんな陽気なアリエスに続いてレジーとレクトとケルトが店を出て最後に見送りのためガイストンが姿を現した。
「ありがとうございます。でもあんないいものをタダでもらっていいんですか?」
「かまわねぞ。支払いは金以外でもらったからな?」
ケルトが恐縮してお礼を言うが、ガイストンは気にする様子も見せず豪快に笑い飛ばす。
ケルトの言うとおり、この試作品のトンファーと三節根は無料で譲り受けられた。
もちろん代金を払おうとしたけれどガイストンが『いいものを教えてくれたからそいつは情報量がわりに譲るぜ!』と言って受け取らなかったので仕方なくいただいたのだ。
「それとレクトとか言ったな。お前さんのはもうちょっと時間がかかる。すまないな」
「いえ、大丈夫です。いい物ができるのなら仕方のないことですし」
今日行った寄り道のおかげで注文した武具の完成が遅れてしまうことになったが、原因は自分にあるのでレクトも文句を言うようなことはしなかった。
「ちょっと遅くなってしまったけど予定どうり外に出て狩りをしましょう」
本当なら狩りをしながらセルバの街周辺で狩れるモンスターについて軽く講義をする予定だったが想定外の出来事に思わぬ道草を食ってしまった。
「ありがとうレクト。あなたのおかげで理想とする武器が手に入ったわ。お礼に今夜の夕食は驕るわ」
「気に入ってくれて何よりだ。それと無理しなくていいぞ」
レクトは特別な収入があって小金持だがアリエス達はまだまだ新米なので懐にそれほど余裕があるわけではなかった。
「大丈夫よ。このトンファーと三節根があればどんな大物も華麗に舞って仕留めることができるから♪」
本当に舞うような足取りになったアリエスはレクト達を置いて行きそうな勢いで外壁の門まで駈けていった。
後に残されたレクト達は、危なっかしく前を行くアリエスを微笑ましいく見送りそうになりながらも、早足で追いかけて行った。




