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装備の製作依頼と追加の買い物を終えてガイストンの店から出たレクトは一軒の宿屋の前で立ち止まった。
ドラゴンの頭と交差する剣の描かれた看板をつけたこの店はハンターの宿で名を『夜に哭く風亭』といった。
ハンターの宿とは大きな街には大抵ある宿屋で、モンスターを狩るハンター達が拠点にすることを目的に経営している宿屋のことだ。
街に来る前にアマルグマの素材を加工する店のことは下調べをしていたレクトだったが、ダルフに頼まれたセルバの街に来るまでの護衛が終わった後はどこで寝泊まりするかはまったく考えていなかった。
そのことをガイストンの店で思い出したレクトは初心者ハンターでも安心して泊まれる宿はないかと聞くことにしたのだ。
歴戦の勇士と見まごうばかりの風格を身に備えたレクトが今だ名も亡き初心者だと聞いてガイストンはいたく驚いていた。
カランカラン♪
ドアを開けると備え付けられていたベルが鳴って新たな来客者が来たことを告げる。
宿の一階は食堂になっており、新しい来訪者を知らせるベルの音を聞いて中にいる客が一斉にレクトに目を向ける。
多くの鋭い視線が新参者のレクトを値踏みするようにジロジロと見ている。
そのような中をレクトは臆することも怯むことも無く真っ直ぐに歩いていく。
カウンターの所までたどり着くとポップを抱き上げながら初老の店主と思われる男に語りかけた。
「すまないが宿を一部屋頼む。ティムモンスターつきで」
「お前さんハンター志望者か?」
「そうだ」
レクトの身なりを見て戦場に立つことを望む戦士であることを見て取った店主は部屋の鍵と焼き印が押された木札のペンダントを渡す。
レクトが渡されたこのペンダントは持ち主がハンターであることを証明するハンター証であった。
このハンター証は世界のどこかにあるといわれているハンター協会から支給されるもので、これ自体には特別な機能など何一つないいたって普通の木札である。
表面には宿屋の焼き印を打ち込まれ、後で裏面に所有者の名前を彫り込むことになっている。
しかし功績を残し世間の評判が上がっていくと木札のハンター証は青銅、鉄、鋼、銀、金と材質の違うものになっていき身分証明書としての価値が上がっていくようになっていくのだ。
すなわちハンター証の材質によってそのハンターがどれだけの実力があるのかを推し量るのである。
ハンター証のランクアップがどのように行われるのかはハンターの宿の店主に一任されている。
宿屋の主はハンターとしての仕事の成績や世間の評判を鑑みて誰を昇格するかを決める。
宿に所属するハンターはその宿の看板を背負っているのと同じなので、腕が良くともトラブルばかりおこすと宿の評判や収入も減るので結構真剣に審査をしているのだ。
ちなみにヤツルト村のような辺境の小村で活動するハンターは宿に所属してハンター証を持つ物は少ない。なぜなら農業の合間に細々と狩猟活動をしているだけで充分自給自足ができてしまうからだ。
ハンター証を持つのは村長の息子のダルフのように大きな街に行くための身分証が必要な者達ぐらいのものだった。
その後レクトは店主からハンターとしての心得をいくつか聞かされた。
曰く、身の丈にあった狩りをすること。
曰く、ハンター同士の諍いに関しては協会は不介入であること。
曰く、素材の買い取りは協会提携の店舗で行うこと。
と言った内容だ。
店主の言っている協会提携の店舗とは、ハンター協会と契約してハンター達の支援を行ってくれる店のことだ。
協会提携の店はハンターの宿と同じように交差する剣とドラゴンの頭の紋章を掲げている。
ハンター協会のシンボルマークであるこの紋章を取り付けた店でハンターがハンター証を見せながら取引すると値段に多少の色をつけてもらえたり、ハンター証のランクによって違ったサービスが受けられるようになるのだ。
これらのことを聞き終えたレクトはポップを抱えたまま店の奥の掲示板へと向かう。
この掲示板にはセルバの街で討伐を推奨されているモンスターの情報が記されている。
現在張り出されているモンスターの情報はブレーダラビ、ファングブル、スパイクディアー、ストラエテ、となっている。
どれも星が一つか二つ、多くて三つ位の相手だがモンスターは年を経て経験をつんでいくいくごとに異能の数を増やしていくので油断がならない。
とりあえずセルバの街で狩れる獲物の情報をレクトは軽く確認した。
今日は狩りをせずにこのまま充てがわれた部屋へと行こうと振り向くと、そこには妙齢なる女性が立っていた。
「ようこそ『夜に哭く風亭』へ新米ハンター君♪」
歓迎の挨拶をしながらウインクをする彼女はすらりとしていて背が高く、腰まである黒い髪と同色の瞳をしており、腰には二本のダガーをさしていた。
「私はこの宿の女将で鋼札のハンター、【風刃】のレジーよ」
「レクトです。その女将というのは?」
「ええ、この宿の主は私の旦那なの」
親愛のこもった握手をされたレクトはレジーとカウンターにいる店主と思われる男性へと目を向ける。
店主が六十代でレジーが二十代といった感じに見えるので、かなりの年の差ではないかとレクトは思った。
「あら違うわよ!」
レクトの視線の意味に気づいたレジーは慌ててそれを否定する。
「あの人はお義父さんよ。夫は今厨房にいるわ」
どうやらレクトが宿の主だと思った男性は隠居した店主の父親だった。
なんでも今、宿の主をしている人物は【料理】の天恵を持っているせいか日がな一日厨房にこもって料理の研究に没頭しており接客などろくにしていないらしい。
そのため店を譲った父親もそんな息子を心配して隠棲せずに店の手伝いに来てくれているらしかった。
「わー!ウサギさんだ♪」
軽く自己紹介を終えたところでレクトのもとに一人の少女が姿を現した。
少女はレクトの抱き上げているポップを羨ましそうに見つめていた。
「娘のマイナよ。今年で九才になるの。来年には祝福を受ける予定よ」
「こんにちは。オレはレクトだ。それでこいつが相棒のポップだ」
「こんにちわ。わたしマイナ。ねえポップちゃんなでていい?」
レクトが目線に合わせてしゃがんで挨拶するがマイナの視線はポップに釘付けだった。
そんなマイナのためにレクトがポップに視線を向けるとポップは優しくうなずいたので、レクトはマイナの足下にそっとポップを放した。
それを見たマイナは大喜びしてポップを撫で回し、ポップも目を細めてされるがままにさせていた。
「悪いわね大事なティムモンスターに子守りをさせてもらって」
「かまいません。これからしばらく厄介になるのですし」
「そう言ってくれると助かるわ。それじゃあお礼に今夜の夕食は私がおごるわ!」
「そんな悪いですよ」
「いいのよ。まだ若いんだからたっぷり食べなさい♪」
マイナがポップを可愛がるかたわらでレジーは魅力的な笑顔でそう言ってくれた。
その日の夕食は田舎暮らしのレクトには想像できないくらの御馳走だった。
テーブルの上にはとても大きな鹿肉のステーキがのっており、レクトはそれを不器用ながらもナイフとフォークを使って勢いよく食べていた。
ボリュームも味も満足いくもので食べ終わった後には全身に力がみなぎるのを感じるほどだった。
「どう、満足してくれた」
「はい!すごく美味しいです!」
酒場の接客がひと段落したレジーがレクトの向かいに腰掛ける。
「ところであなたはソロで狩りをするつもり?」
「…そうですね。正確には相棒のポップと一緒だから一人と一匹でしょうけど」
「うふふ。そうね」
レクトの今後の活動方針を聞いてレジーは意味深な笑顔を浮かべてしばらく考え込む。
「もしよかったら明日一緒に狩りをしない?」
「え!?」
突然の申し出にレクトは目を大きく見開いて驚き、レジーはその様子をいたずらが成功したような喜びに満ちた顔で見ていた。
「迷惑だったかしら?」
「いえ、そんなことは…。でもいいんですか?」
レクトとしてもレジーの申し出は嬉しいが、どうして初対面の自分に親切にしてくれるのか皆目見当がつかず戸惑ってしまった。
「あら、私はこれでも新人教育には熱心なのよ!特に君のように見込みがありそうな子にはね♪」
「ありがとうございます」
大人の色香の漂う女性であるレジーにウインクされながらそう言われて、レクトは顔を真っ赤にして照れてしまう。
「おせっかいかもしれないけど明日は私のパーティーと一緒に狩りをしましょう」
「はい、ありがとうございます。それとオレはおせっかいは迷惑だと思いません。オレにおせっかいしてくれた人がいてくれたおかげでオレはハンターになれたんですから」
「へー。それは興味深いわね!その辺の話しをもっと聞きたいわ」
「少しだけならいいですよ」
美味しい食事と奇麗な年上の女性に持ち上げられて上機嫌になったレクトは尊敬すべき師匠、ジェイド・カーシスについて内容を盛ったりぼかしたりしながら語り続けた。
その一方でポップはマイナの遊び相手となり、振り回される猫じゃらしに向かって律儀にパンチをしていた。




