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<11>

 餓狼団の事件が終わり寒く閉ざされた冬が訪れた。

 長く厳しい寒さがゆっくりと村を覆い過ぎ去っていく。

 やがて身を凍らすような寒風は心身を暖めるすこやかなものへと変わっていく。

 曇天の空が晴れ渡り太陽の陽射しが村を閉ざしていた雪を少しづつ溶かした後、のどかなヤツルト村に春が訪れた。

 それと同時にレクトの年齢は数えで十四となり、彼に一つの決断を促した。

「父さん。オレ旅にでようと思う」

 それを聞いた父親をはじめとした家族一同は驚く様子を見せず来るべき時が来たという、そんな諦めに似た感情を見せていた。

 それは冬のレクトの様子を見ていたからだ。

 ジェイドが旅立ってからしばらくは塞ぎ込んでいた様子を見せていたレクトだったが、日が経つに連れて気を取り直して快活に行動するようになった。

 しかし剣の鍛錬をしているときや家の手伝いをしている時にぼんやりと考え事するときが何度かあった。

 そんなレクトの瞳には遠い異境に対する憧れがまざまざと宿っていた。

 そのためかレクトの父はしばらく考え込みながらもレクトが旅に出るのを許したのだった。


 旅立ちを決意してから三日後、レクトと相棒のポップは早朝から五人の子供達と共に村の広場にいた。

 その場にいるレクトはマントを羽織ってフードを目深に被り、背嚢を背負いポーチを腰に取り付け手には愛用の木刀を握っていていかにもこれから長い旅路を歩む姿をしている。

 それに比べて子供達は旅装はしているがレクトほど本格的な格好はしておらず、雰囲気もピクニックに行くかの様に楽しげだ。

「待たせたな」

 子供達と共に佇んでいたレクトの元に旅装した三人の大人が訪れる。

 その内の一人は村長の息子のダルフであった。

 盗賊団の襲撃の前にぎっくり腰になっていたダルフの体は冬の間にすっかり完治し、今や何不自由することなく体を動かすことができるようになっていた。

「それでは行くとしよう」

 そう言うダルフに先導されてレクトと子供達は村を出る。

 これから向かう先はヤツルト村の西にあるセルバの街。数えで十歳になったレクトが天恵を授かるために祝福を受けにいった街だ。

 そしてレクト達に同行して着いて来ている子供達はこの春に十歳になる子供達だった。

 レクトは旅立つにあたって最初の目的地であるセルバまでは祝福を受けにいく子供達の付き添いとして同行することにしたのだ。

 これは旅立つことを決めて近所に挨拶回りをして、さらに村長宅を訪れた際に村長の息子のダルフに頼まれたからだ。

 レクトもかつて経験したこの旅路は比較的安全なほうだと言われているが、去年の秋口の盗賊騒ぎの事もありレクトにも同道してほしいと頼まれたのだ。

 話しを持ちかけられたレクトは心地よく引き受け今日という日を迎えたのだった。


 村を出てから三日、道中は何事もなく過ぎていき、今一同の目の前にはセルバの街が姿を現した。

 地平線の彼方から姿を現したその街は大きな外壁の隣に小さな外壁に囲われた突出した部分があるという、頭を出した亀のような特徴的な形をしていた。

「着いたか」

 昔のことを思い出しながら感慨深くレクトはつぶやく。

 天恵が得られると無邪気に喜んで歩いていた道をこれから天恵を得ようとする子供達と一緒に歩いていた。

 儀式が行われる前後の感情を思い出しながらレクト達一行は街の門をくぐる。

 今日はこのまま宿に泊まり儀式は翌朝におこなうことになった。


 空けて翌日、空は澄み渡って快晴となり絶好の儀式日和となった。

 レクトも儀式の成り行きを見守るため他の付き添いの大人達に混ざって見学することにした。

 教会の前には他の村からも集まった子供もいるため、その場にいる子供達の数は五十人ぐらいにはなっていた。

 そんな子供達が緊張の面持ちで待ち続けていると教会の扉が開いて初老の男性が姿を現してきた。

 出て来たのは教会の司祭だ。四年前にレクトに祝福を与えたのと同一の人物が今でも教会の司祭をおこなっていた。

 姿を現した司祭は子供達や付き添いの大人達に軽く挨拶をした後、威厳に満ちた態度で儀式をはじめた。

 離れた所から恭しく祝詞を唱えて儀式を進行する司祭を眺めて四年前には気づかなかった司祭の特徴に気がついた。

 それはやたらと宝飾品を身に着けているということだ。

 これはこの街の司祭が生臭坊主だからというわけではなかった。

 司祭が身に着けている指輪、ネックレス、耳飾りといった品物は寄進者からの貸し出し品であった。

 なぜ大量の装飾品を贈与ではなく貸し出すのかというと、それはアーティファクトに関係があった。

 アーティファクトの生まれる過程の一つに人が死ぬと、その人物が所持していた物が稀にアーティファクト化するというのがある。

 司祭が貸し出された装飾品を大量に身に着けているのは、これらの品がいずれアーティファクト化するかもしれないという思いがあってのことだった。

 珍しい天恵、又は万民が認める優良な天恵を持つ者がいればこれを支援する。その見返りの一つとして装飾品を貸して身に着けてもらいアーティファクト化したら回収するという気の長い博打をこの世界の人間は繰り返してきた。

 そのため貴族や商人などの富裕層にはそういった経緯で手に入れたアーティファクトが家宝として眠っている可能性がある。

 ちなみに豪華な宝飾品でなくともアーティファクト化する可能性はあるが、せっかく家宝にするなら見栄えの良い物にしようということで高価な品を貸し与える。そのため今、儀式を行っている司祭は金ぴかな生臭坊主に見えてしまうのだ。


 杖を高く掲げた司祭が祝詞の最後の一節を唱え終えた。

 すると四年前にレクトが見た時の様に杖の先端が輝き光であふれ子供達に天恵を与え始める。

 司祭が儀式に使っているあの杖はもちろんアーティファクトだ。

 どこかにあるという教会の総本山にある【女神の祝福の杖】というアーティファクトを天恵の力で複製した物の一つをこの教会に貸し与えているのだった。

 この杖はある程度の規模の街には配布されることになっているで別段セルバの街が特別というわけではなかった。


 やがて眩しく神々しい光は治まり辺りは静寂に包まれる。だが、それもしばしのことですぐさま嬉しい悲鳴の声があちらこちらから聞こえて来た。


「やったボクは火が出せるぞ!」

「すごい水が溢れてくる!」

「なんだかすごく速く走れそうだ!」


 自身に宿った天恵の力に一喜一憂する子供達。

 その中に絶望に染まった声を聞く事はなかった。

 その様子を離れた所から見ていたレクトの心境はかなり複雑なものであったと思われる。

 なにせ天恵を授かったことを素直に祝福している自分と天恵を持たぬ喪失者が自分一人しかいない事に対する嫉妬心が降り混ざっているのだから。

 周りにいた大人達が自分が引率した子供に駆け寄って祝福の言葉をかけている中、レクトはただ一人その場から離れた。

 その背中には言い知れぬ哀愁を漂わせながら。


 教会から離れたレクトはこの街に来た本来の目的を果たすため商業区のほうへと足を運んだ。

 街の中にある商業区は名の示す通り様々な商店が道に連なり売買をする多くの人々でごった返していた。

 レクトは商店一つ一つの屋号を見て何の店かを確認していく。

 店の看板には字が読めない人のために何を売っているかを絵で表している物もあるが、レクトは修行の合間にジェイドから読み書き算術を習っていたので文字を読んで判別することができた。

 そうやって商店街の奥へ奥へと進んでいる内に最奥の寂れ始めた所まで来たところでレクトは足を止めた。

 レクトが足を止めた目の前にある店には『武具工房ガイストン』と書かれていた。

 店の看板をジッと見つめて何かを確信してからレクトは店の扉をくぐった。

「いらっしゃい」

 出迎えたのは年若いまだ見習いと思われる少年だった。

「主はいるか?武器と防具の製作を依頼したい」

「はい。少々お待ちを」

 レクトの用件を聞いて店番の少年はいそいそと店の奥へと主を呼びにいった。

 主が現れるまでレクトは店の中をざっと見回して見る。

 武具工房を看板に掲げているらしく、店内には武器や防具がたくさん並んでいた。

 その中でレクトは剣の並んでいる陳列棚へと足を向ける。

 大剣、小剣、短剣と細かく整理された中でレクトは一本の剣を取り出し鞘から抜いてみる。

 レクトが刀身を真剣に見つめているのは片手用の片刃の曲刀、しかし師匠であるジェイドが持っていた刀ではなくサーベルであった。

 それを確認したレクトはため息をつきながら落胆し残念そうな顔をした。

 レクトはジェイドが持っていた刀が欲しくて村の鍛冶屋や行商人から情報を集めたが結果は芳しくなかった。

 刀がどういう物かを熱心に説明しても皆そろって『それってサーベルじゃないの?」と言われてしまうのだ。

 師匠から愛刀を借りて来て皆に見せる訳にもいかず焦れったい気持ちになって悶えたものだった。


 そんな感じで鬱々とした気持ちを心に溜め込みながら待っていると、先ほどの少年が店主と思われる筋骨隆々な壮年の男性を連れて来た。

 立派なあご髭をしごきながら現れた店主の出で立ちは煤汚れたシャツ一枚という、今しがたまで作業をしていた職人というものを想像させるものだった。

「おう、お前さんかい。うちに製作を依頼しに来たっていう客人は」

「そうだ。材料はこれを使って欲しい」

 そう言ってレクトが懐から取り出したのは不思議な模様が書かれた一枚の紙切れだった。

 目の前に現れた物に訝しげな視線が注がれる中、レクトは手にした物を何のためらいもなく真っ二つに破り捨てた。

「「ああっ!?」」

 するとなんということか軽い破裂音のようなものが鳴り響いた後、そこには一頭のクマが姿を現した。

「こ、こいつは!?」

 店主は恐る恐る近づいて凶悪そうな面構えのクマに触れてみる。触れてみたところでこれが今にも襲いかからんとする凶暴なモンスターではなく素材となったクマの毛皮だということに気づいた。

 レクトが店の前に広げたのは以前ポップが仕留めたアマルグマの素材であった。

 あの時仕留められたアマルグマはジェイドの家に運び込まれ、その後ジェイドがはぎ取り作業を行っていたのだ。

 そしてはぎ取りの終えた素材はジェイドの持つ超常の力によって一枚の呪符へと封印されたのだ。

 主のいなくなった小屋でこの呪符を見つけたレクトは早速この素材をどこで加工するかの情報を集めた。

 村を訪れる行商人や実際セルバの街に何度も足を運んでいるダルフから話しを聞き、いくつか候補を絞り込んだ結果、この『武器工房ガイストン』へ持ち込むことに決めたのだ。


 目の前に出された上質の素材に店の主ガイストンは驚きと興奮を隠す事無く大きく目を見開いて検品していた。

「これだけ立派なアマルグマの素材なら、もしかして…」

 皮、骨、爪と質の高さを確認しながらガイストンはブツブツとつぶやき何を作るか構想を練っていく。

 しばらく熱にうなされたかのように素材の吟味に熱中していたガイストンは接客中であることに気づき咳払いしてレクトに向き直る。

「おっとすまんな。あまりにも上質な素材なんで年甲斐もなく興奮しちまった。それでおまえさんはこいつをどうしたいんだ?」

 最高の物作りをする職人の顔になってガイストンはレクトに尋ねる。

 ガイストンにとって初めに見たレクトの印象は、鍛えられた肉体と年若く見える少年の顔立ちから新米のハンターだと当たりをつけていたが、今持って来たアマルグマの素材から手だれのハンターではないかと当たりをつけていた。

 実際にはハンター登録はしてないが修羅場をくぐり抜けてきた新米の猛者なのであるが。

「オレは…」

「おう、オヤジ邪魔するぜ!」

 レクトが持ち込んだ素材をどう加工するか希望を言おうとした時、背後から威勢のいいかけ声と共にハンターと思われる武装した一団が姿を現した。

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