<10>
悪名を馳せた盗賊団餓狼団は壊滅しヤツルト村の危機は去った。
盗賊の首領がレクトの手で倒され起き上がる様子を見せない事から、村人達はそのことを実感し大声で歓声を上げて飛び回り転げ回った。
「やった!オラ達は助かったんだ!」
「これで安心して冬がこせるだ!」
「よかったよかった♪」
村人同様に首領が二度と立ち上がることがないことを確信したレクトは構えをといて倒した敵の元へと歩を進める。
無様に横たわる死体を見つめるレクトの目には村を救った喜びも人を殺した罪悪感もなく、ただ目の前の結果に対する不満しかなかった。
「大丈夫かレクト!?」
そんなレクトの元に兄のライドを先頭に家族の皆が駆け寄って来る。
そして口々にレクトを心配しいたわる言葉をかけていった。
「師匠」
だがレクトの耳にはそれらの言葉は聞こえていない様子で、軽く聞き流しながらジェイドのほうへと向き直る。
「師匠のようには行きませんでした」
レクトが不満顔をしていたのは首領の死体の状態にあった。
妖斬流の奥義で止めを刺された首領は内蔵破裂と背骨の粉砕で絶命し血反吐を吐いて倒れている。
レクトは自分の渾身の一撃でこの程度の損傷しか与えられなかったことを不満に思っていたのだ。
レクトは以前、ジェイドが繰り出す【削砕突】を見たことがあった。
あの時は巨木相手とはいえ、その一撃は刀身が刺し貫いた瞬間直径一デュメルの範囲を見事に爆砕させていた。
それに比べると試練のためとはいえ重りをつけたままやったにしては威力が低すぎるのではないかと思い落ち込んでしまっていた。
「当然だ。たかだか三年ほどの修行で出せる威力だと思うな。あれだけのことが出来るようになるにはさらなる修行が必要だ」
「はい師匠!」
落ち込むレクトにジェイドは手厳しい言葉を投げかけるが、言われたレクトは更に落ち込むようなこともなく闘志を燃やして返事をした。
「今日の戦い方だが、子供一人と侮っている間に頭を潰すという考え方は悪くはなかった」
「はい」
「最後の跳躍してからの打ち込みさえ防がれなければ完璧だったな」
「はい」
続いてジェイドは今日の戦いの総評を始めた。
「あの後、首領に合図を送られたのは痛かったが、そこでお前は思考が停止していたな?」
「はい」
「あそこで状況を逆転できる一手を打てなかったの不味かったな」
「はい」
上げてから落とすような戦闘の評価にレクトはまたもや落ち込んだ表情になってしまった。
そんなレクトを見てジェイドはクシャクシャと大雑把に頭をなでる。
「だがよくやった。お前は村を守ったぞ」
「はい、師匠!」
最後は褒められたので、レクトは年相応に嬉しそうな顔をした。
「仕留めた相手の持ち物を調べておけ。アーティファクト化している物があるかもしれん」
「はい」
ジェイドにそう言われてレクトは目の前で倒れている首領の持ち物から調べ始めた。
ジェイドの言うアーティファクトとは不思議な力の宿ったアイテムの総称である。
それらが生み出される理由は複数あり、最もポピュラーなのが天恵の力で物品をアーティファクト化するというものがあるが、それ以外の方法に人の死が関わるものがある。
それは死が訪れると、その人が長年愛用してきたものに天恵が宿るというものだ。
もちろん人が死ぬと必ずアーティファクトが生まれるというわけではない。
その人間の天恵の成長と進化の度合いと愛用し続けた年月に比例してアーティファクトが生まれる確率が高くなっていくのである。
「師匠!」
首領の棍棒に触れていたレクトが驚きの声を上げる。
どうやらいきなりアーティファクト化したアイテムを見つけたようだ。
目の前の物がアーティファクトかどうかは触れてみれば自然と機能と使い方を理解できるようになっていた。
「この男の棍棒に【炎蛇】の天恵が宿っています!」
レクトは大男が待っていた棍棒を持ち上げてジェイドに差し出そうするが、ジェイドはそれを制した。
「こいつを仕留めたのはおまえだ。そいつをどうするかはお前が決めろ」
そう言われてレクトはしばらく考えてから棍棒を持って構えをとってみる。
持ってみた正直な感想は重いの一言だった。
身長2デュメル程の巨漢が片手で振り回していた武器は十三歳の少年には重すぎる代物だった。
それに今まで使っていた木刀に比べると感覚が違いすぎて馴れるまで時間がかかりそうだった。
「これは村長に預けます。そして使いこなせる人間が現れたらその人に使ってもらいます」
「そうか」
アーティファクトの価値はこの世界ではかなり高い。
付加されている能力によっては一生遊んでいけるだけのお金が手に入るほどだ。
それにもかかわらずレクトはそれをあっさりと手放した。
武器ならば使い慣れた形状の物が良いという思いと、村に災いをなそうとしていた盗賊の持ち物を使う事に若干の抵抗があったからだ。
その後もレクトは自分が絶命させた盗賊達の身ぐるみを確認して回ったが、アーティファクト化したアイテムを見つけることはできなかった。
ちなみにジェイドが築き上げた人間の山は全員気を失っているだけで誰も死んではいなかった。
一通り調べ終わったレクトはいつのまにかこちらに来ていた村長の元に行き、いろいろ話し合ってから再びジェイドの元へとやってきた。
「このたびは村を救っていただきありがとうございます」
レクトの後についてきた村長がジェイドにお礼を述べた。
「村を救ったのはオレじゃない。レクトだ」
感謝の気持ちを示す村長に対してジェイドはいつもの無愛想な表情で応じる。
「ですが、あれだけの数の盗賊を討ち取ってくれたのはあなたです」
「オレはお節介をしただけだ。レクトが何もしなければ、オレも手を出さなかった」
「それでも何かしらのお礼がしたいので、この後私の家に来ていただけませぬかな?」
「礼はいらぬ。オレはこのまま旅に出るつもりだからな」
「ええっ?!」
それを聞いたレクトと村長は大いに驚いた。
「なぜですか師匠!?」
「何故にまた急に?」
レクトは捨てられた子犬のような顔で尋ね、村長はジェイドが今後も村を守ってくれるのではという期待が外れた焦りから尋ねた。
「レクト」
「はい」
「オレが今のおまえに教えられることは全て教えた」
「はい」
「お前はもう免許皆伝だ」
「はい!」
レクトの肩を叩いてジェイドは別れの理由を告げる。
それを聞いたレクトは一人前に認められた嬉しさと、尊敬する師匠との修行日々が終わった事への寂しさが入り交じった顔をしていた。
「お前はこの三年間よく頑張った。これからも修行を怠ることなく精進し続ければ今以上に強くなれる」
「は、はい」
ジェイドから別れの言葉を聞いて、レクトは両目に涙を溢れさせながらも泣き出すことなく、真剣に最後の言葉を聞き入っていた。
「師匠!オレ、師匠に出会えなかったら今頃どうなっていたか…」
レクトは自分が喪失者になってしまった時の事を思い出した。
あの時は子供ながらに燃え尽きたような姿になり何もするきがおきない無気力な子供になっていた。
それを偶然通りがかったジェイドに道を聞かれたことから運命が変遷しはじめたのだ。
それからのレクトはただ我武者らに己を鍛え続けた。
社会的底辺といえる喪失者になったレクトには後はなかったため死に物狂いでジェイドから多くのことを学んで吸収し続けた。
その修行の成果が今日の戦いで結実したのだった。
正に感極まり涙があふれずにはいられなかった。
「待ってくれ!」
旅立とうとしているレクトを兄のライドが止めに入る。
「お、オレにもあんたの剣を教えてくれ!いや教えて下さい!」
「断る」
レクトの繰り広げた壮絶な戦いとジェイドの目にも止まらない早業を見たライドは手のひらを返すような態度で弟子入りを頼み込むが、無下にも断られた。
「なぜだ?!オレ達があんたを胡散臭いと思って近づこうとしなかったからか?」
「違う」
「じゃあなんで?」
「これ以上この村でお節介をやくつもりはない」
「な、なにっ?」
まったく意味不明で理解出来ない理由にライドも村長も驚き戸惑い絶句してしまった。
「そ、それならレクトを弟子にしたのもお節介だって言うのか?」
「見ていてお節介をやきたくなったからな」
いつもの無愛想な顔でそう言うジェイドの姿を見てライドは呆然としてしまうが、しだいに胸の奥から怒りがわき上がり爆発させてしまった。
「ふ、ふざけるな!」
思わず掴み掛かろうとしてしまうが、レクトが間に入って寸でのところで押しとどめた。
「やめてくれ兄さん!」
「何言ってんだレクト。こんなバカにしたことを言われて腹が立たないのか!?」
激高するライドに対してレクトはあくまで静かで冷静だ。
「師匠は真剣にオレに剣を教えてくれた!」
真摯な眼差しでそう言うレクトの言葉に噓はなかった。
ジェイドの修行は容赦ないほど厳しく、それでいて親身な態度で体調管理を行ってくれった。
レクトが三年間の厳しい修行に着いて来られたのは後の無い人間の気迫だけではなく、ジェイドのギリギリを見極めた体調管理にもあったのだ。
水面のごとく静かでありながら熱い闘志を秘めた瞳に見つめられライドはレクトの言葉にすることができない思いを感じ取り、怒りの矛先をおさめた。
苦虫を噛み潰したような顔でライドが引いてくれたのを見たレクトは再びジェイドへと向き直る。
「師匠。長い間お世話になりました」
深い感謝の思いを込めた礼をしながらレクトはジェイドに別れの言葉をつげる。
「厳しい修行によくたえたな。だが免許皆伝は終わりでない。永遠に続く修行の旅路の始まりだということを忘れるな!」
「はい!」
「さらばだ。縁があればいずれまた会えるだろう。それまで精進を怠るな!」
「はい!」
別れの挨拶を終えたジェイドはどこからともなくマントを取り出してはおり、フードを目深に被る。
そしてそのまま背を向けて歩き出すが何かを思い出したかの様に足を止めて振り返る。
「小屋に残してあるものはお前が好きにしろ」
そう言い残していくジェイドの横顔は息子の成長を見て喜ぶ父親のような笑顔になっていた。
三年間共に過ごして来て初めて見る師匠の笑顔にレクトの胸は感動の思いで満たされ滂沱となって溢れ出した。
「なあ待ってくれ!」
悠々と歩いていくジェイドの後ろ姿を今度はライドが呼止める。
「その、恥ずかしい話しだが、オレは今まであんたのことを胡散臭い奴だと思って名前も知ろうとしなかった。だから今更で悪いけどあんたの名前を教えてくれ!」
そう言われたジェイドは振り返ることも、腹を立てた様子も見せずに名を名乗った。
「ジェイド。妖斬流ジェイド・カーシスだ」
その言葉を最後にしてジェイドはヤツルト村から旅立っていった。
「妖斬流ジェイド・カーシスだと?」
「知っているのか!?」
ジェイドの名前を聞いて後ろのほうにいたその他大勢の村人の一人が驚きの声をあげる。
ジェイドはヤツルト村の人間とはほとんど交流せずに自給自足の生活をしていたためライドのように名前を知っている者はおらず、知っているのは弟子であるレクトだけであった。
そのレクトも普段からジェイドのことを『師匠』と呼んでいたので、最悪ジェイドの名前を『シショウ』と勘違いしているものがいたかもしれなかった。
「たしか二十年前に闘志の街アスタリウスで【剣聖】の天恵を持つ男を破った男の名がジェイド・カーシスだったはずだ!」
「なんだってそれは本当か!?」
「それが本当ならあん人は一体幾つなんだ?」
「何かの間違えではないのか?」
二十代半ばに見えるジェイドの姿に疑問を感じつつ村を救う事に協力してくれた謎の人物を村人達は見送っていった。
前に指摘されていたジェイドが自分の正体をあっけなく教える場面を修正しました。




