第56話 雪見風呂
少し休んだあと、拓也とノエルは旅館の大浴場へ向かった。脱衣所で準備を済ませて浴室へ入り、身体を洗ってから大きな内湯へ浸かる。
「あったかい!」
「やっぱ温泉はいいな」
昼間ずっと滑っていたせいか、湯に入ると脚の疲れがゆっくり抜けていく。しばらく身体を温めたところで、拓也は浴室の奥にある扉へ目を向けた。
「露天風呂行くか」
「行く!」
扉を開けた瞬間、冷たい空気が一気に入り込んできた。
「寒っ」
拓也は思わず肩をすくめる。外へ出ると、濡れた身体に冬の空気が当たってさらに寒い。足元の石にも、露天風呂の周りにも雪が積もっていた。
「タクヤ、早く入ろ!」
「分かってるって」
ノエルはそこまで寒そうにする様子もなく、先に湯船の方へ向かう。拓也も急いで後を追い、湯へ足を入れた。
「あったか……」
そのまま肩まで沈むと、冷えていた身体が一気に温まっていく。ノエルもすぐ隣で身体を沈めた。
「あったかい!」
「外が寒い分、余計気持ちいいな」
ノエルは気持ちよさそうに目を細めた。少しして寒さが気にならなくなると、拓也は湯船の縁へ背中を預け、ようやく周りの景色をゆっくり見る。
露天風呂の周りにある岩や木には白い雪が積もっていた。その向こうにも雪をかぶった木々が続き、空からは細かな雪がゆっくり降っている。湯気の向こうを白い雪が落ちていく。
「綺麗だな」
「雪、いっぱい降ってるね」
ノエルも空を見上げる。しばらくそのまま眺めていると、一片の雪がノエルの鼻先へ落ちた。
「ん?」
ノエルが目を寄せるようにして自分の鼻を見る。けれど雪はすぐに溶けて、小さな水滴だけが残った。拓也はそれを見て少し笑う。
「今、鼻に雪ついてたぞ」
「ほんと?」
「もう溶けた」
ノエルはもう一度空を見上げた。
「また来るかな」
「来るんじゃない?」
今度は頭の上に一つ落ちた。
「あ!」
ノエルが嬉しそうに顔を上げる。
「今のは分かった!」
拓也は笑いながら、ノエルの頭に残った小さな雪を見た。雪はそのあとも静かに降り続けている。
ノエルはしばらく空を見ていたが、ふと思いついたように拓也へ顔を向けた。
「僕ももっと雪降らせようか?」
「んー……今くらいがちょうどいいかな。ありがと」
「そっか」
ノエルは素直に答え、また景色を見る。熱い湯に浸かりながら、冷たい空気の中で雪を見る。前に海を見ながら入った露天風呂とは、また全然違う。
「雪見ながら入るのもいいな」
「海の時と全然違うね!」
「そうだな。海もよかったけど、こっちも好きかも」
「僕はどっちも好き!」
ノエルの尻尾が湯の中で少し動いた。拓也は少し笑い、そのまましばらく降ってくる雪を眺めていた。
十分に温まってから露天風呂を出ると、また一気に寒さが戻ってくる。
「うわ、やっぱ寒っ」
「中戻ろ!」
「戻ろ戻ろ」
浴室へ戻り、最後に内湯へ少し浸かってから上がることにした。脱衣所では拓也がノエルの毛をタオルで拭き、残った水気も手早く乾かす。ノエルはその間、じっと待っていた。
着替えて大浴場を出ると、すぐ近くの休憩スペースに自動販売機が並んでいた。ノエルが足を止める。
「タクヤ、これなに?」
「牛乳」
「飲んでみたい!」
「じゃあ二つ買うか」
拓也は自分の分とノエルの分を買い、一本をノエルへ渡した。
「いただきます!」
ノエルがさっそく飲む。
「冷たい!」
そのままもう一口飲んで、すぐに顔を上げた。
「でもこれ、温泉のあとだとおいしいね!」
「分かる。風呂上がりにちょうどいい」
拓也も自分の牛乳を飲む。温泉でまだ身体は温かいままなのに、冷たい牛乳が気持ちいい。
「これ好き!」
「またあったら飲もう」
「うん!」
ノエルは残っていた牛乳もきれいに飲み終えた。拓也も最後まで飲んで、空になった容器を片付ける。
「そろそろ部屋戻るか」
「うん!」
温泉で身体も温まり、牛乳まで飲んで、拓也たちは部屋へ戻った。
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