第36話 バイキング
温泉から戻ったあと、二人はまた部屋でゆっくりしていた。窓の外はいつの間にか暗くなり、昼間は遠くまで見えていた海も、今は岸沿いの明かりがところどころ浮かんで見える。
拓也がスマートフォンを見ると、もう七時少し前だった。
「そろそろ飯行くか。七時からだし」
窓際にいたノエルがすぐに振り返る。
「バイキング?」
「そう」
「行く!」
返事をした時にはもう拓也のところまで来ていた。
二人で部屋を出て、館内案内に載っていたレストランへ向かう。入口の前まで来ると、中から料理の匂いと人の話し声が聞こえてきた。
「こんばんは。お部屋番号をお願いします」
「702です」
スタッフが手元を確認する。
「田中様ですね。二名様でよろしいですか?」
「はい」
「お席は九十分制となっております。こちらへどうぞ」
そのまま案内され、窓側から少し離れた二人用の席へ着く。テーブルの上には箸や取り皿が用意されていて、少し先には料理台が何列も並んでいた。
ノエルは椅子の横からそちらを見ている。
「いっぱいある」
「写真で見たより多いな」
肉を焼いている匂いもすれば、揚げ物の匂いもする。奥には刺身や寿司の並んだ台も見えた。
「先に取りに行くか」
「うん!」
料理台のところまで行くと、ノエルの目線では上に並んでいる料理がほとんど見えなかった。拓也はノエルの身体を片腕で持ち上げる。
「見える?」
「見える!」
ノエルはすぐに顔を左右へ動かした。
最初に反応したのは、やはり肉だった。目の前では焼き上がったステーキが食べやすい大きさに切られ、次々と皿へ並べられている。
「タクヤ、あれ!」
「ステーキだな」
「いっぱい!」
「どれくらい?」
「いっぱい!」
「じゃあ多めにするか」
すぐ隣にはローストビーフ、その先には唐揚げや別の肉料理も並んでいる。ノエルはすぐに唐揚げの方へ目を向けた。
「それも!」
「唐揚げも?」
「うん! こっちも!」
拓也は笑いながら、そのまま次の料理へ進んだ。
少し先には天ぷらが並んでいた。海老や野菜の天ぷらが盛られ、奥では揚がったばかりのものが新しく追加されている。
ノエルが鼻を動かす。
「これ、いい匂いする」
「天ぷら。今揚がったやつっぽいな」
「これも!」
「俺もあとで取るか」
そこから先には魚料理がまとまっていた。
刺身は何種類かに分かれて盛られ、隣には寿司。少し離れたところには焼き魚や煮魚、貝や魚を使った小さな料理まで並んでいる。
拓也は刺身の前で少し足を止めた。
「これ昼も食べた?」
「刺身は食べたな。でも種類は違うな」
ノエルは刺身を見たあと、すぐ隣の焼き魚へ顔を向ける。
「それも」
「焼き魚?」
「うん!」
「じゃあそれもな」
さらに煮魚を見つけると、ノエルがじっと皿を見た。
「これなに?」
「魚を煮たやつ。ちょっと甘い味だと思う」
「これも食べる」
その先の野菜料理やご飯ものまで見て、一通り回ったところで拓也はノエルを床へ下ろした。
「だいたい決まったな」
「いっぱいあった!」
拓也はトレーと皿を取り、さっきノエルが選んだ料理を順番に取っていく。ステーキは多めに、唐揚げや天ぷら、刺身、焼き魚、煮魚は少しずつ。途中で自分の分の海老天や刺身も別の皿へ取り、野菜料理とご飯も加えた。
ノエルの分だけでも皿がかなり埋まったところで、拓也は一度席へ戻ることにした。
「一回戻るか」
「まだあるよ?」
「あとでまた取りに来よう」
ノエルが少し考える。
「何回でも?」
「食べられるならな」
「じゃあ戻る!」
席へ着くと、拓也はノエルの分を食べやすい位置へ寄せ、自分の皿も並べた。
「いただきます」
「いただきます!」
ノエルは迷わずステーキから食べ始めた。
一口噛んだところですぐに顔が上がる。
「おいしい!」
そのまま二切れ目へいき、すぐに三切れ目にも口をつける。
「肉好き!」
拓也も自分の皿からステーキを一切れ食べる。まだ温かく、噛むと肉汁が出た。
ノエルは唐揚げを食べたあと、今度は海老の天ぷらへ移る。一口かじると、少し驚いたように顔を上げた。
「これ、カリカリ!」
「揚げたてだからな」
ノエルはもう一口食べる。拓也も自分の海老天をかじると、薄い衣の中から熱い海老が出てきた。
「熱っ」
少し息を吐いてからもう一口食べる。家ではなかなか作らないこともあって、揚げたてを食べられるのはやっぱりよかった。
続けて刺身へ箸を伸ばす。昼に食べた海鮮丼とは種類が違い、少しずついろいろ食べられる。
「魚もうまいな」
「僕も食べる」
「もうそっちにあるだろ」
ノエルは自分の皿の刺身へ顔を向け、そのまま食べ始めた。
焼き魚もすぐになくなり、煮魚も最初は匂いを確かめていたが、一口食べると続けて口へ運んでいく。
「これ甘い」
拓也も煮魚を少し食べてから、ご飯を一口入れた。
「ご飯と合うな、これ」
「僕もご飯食べる」
肉も魚も天ぷらも野菜も、ノエルはきれいに食べ切った。初めての料理でも気になればまず食べてみて、気に入ったものは迷わず次へ進んでいく。
拓也が自分の皿を半分ほど食べた頃には、ノエルの前はもうかなり空いていた。
「もう食べたの?」
「まだ食べられるよ」
ノエルは空いた皿の向こうから料理台の方を見ている。
「じゃあ次取りに行くか」
「うん!」
拓也は自分の食事をいったん止め、ノエルともう一度料理台へ向かった。
二周目は最初ほど時間をかけなかった。ノエルは気に入ったステーキと天ぷらをもう一度選び、さっき食べていなかった寿司や別の魚料理にも目を向ける。拓也も少しだけ追加し、また席へ戻った。
それも食べ終える頃には、拓也の方が先に箸を置いていた。
「……俺はもういいかな」
水を飲みながら椅子へ身体を預ける。
ノエルはまだ自分の皿を見ている。
「タクヤ」
「ん?」
「まだ食べたい」
「何食う?」
「さっきのお肉。それと、まだ食べてないやつ」
「分かった」
拓也は立ち上がった。
三度目になると、自分の皿は持たず、ノエルの分だけ取って戻る。ステーキを少しと、魚料理をいくつか。席へ戻ってしばらくすると、その皿もまた空になった。
ノエルはそこで止まらず、料理台のさらに奥へ顔を向ける。
「タクヤ、あっち」
そこにはケーキやプリン、フルーツが並んでいた。横にはアイスもある。
「デザートか」
ノエルはケーキを見て、プリンを見て、最後にアイスのところで目を止めた。
「これと、プリンと……アイスも!」
「分かった。少しずつ取るか」
拓也はケーキを何種類かとプリン、フルーツ、それからアイスを取って席へ戻った。ノエルは迷う様子もなく、まずプリンから食べ始めた。
拓也はもう何も食べる気にならず、水を飲みながらその様子を見ていた。ケーキを食べ、プリンを食べ、最後にアイスまできれいになくしていく。
スマートフォンを見ると、受付で言われた九十分まで、もうあまり時間が残っていなかった。
「そろそろ時間だぞ」
「うん」
ノエルは最後に残っていたフルーツを食べる。
皿が空になると、ようやく顔を上げた。
「おいしかった!」
「……ほんとによく食ったな」
拓也の前にはもう空いた皿しかなかったが、ノエルの周りには重ねられた皿が何枚も残っていた。
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