第34話 ホテルの部屋
照明がつくと、入口まわりが明るく見えるようになった。
すぐ横にはハンガーの掛かった収納があり、反対側には洗面所とトイレへ続く扉がある。床は入口のところで少しだけ低くなっていて、その先にスリッパが並んでいた。
「靴、ここで脱ぐみたいだな」
拓也が靴を脱いで上がると、ノエルはもうその先へ進んでいた。
短い廊下の奥にもう一枚、木目の引き戸がある。拓也がスーツケースを引き上げてから開けると、その先が広い客室になっていた。
白い掛け布団のベッドが二つ並び、正面の壁にはテレビが掛かっている。その下には低い台があり、端には電気ケトルやカップが置かれていた。
「おお……広いな」
「ベッド二つ!」
ノエルは二つのベッドの間まで行くと、片方を見てからもう片方へ顔を向けた。そのまま奥へ進みかけ、部屋のいちばん向こうにある引き戸の前で止まる。
「タクヤ、これなに?」
「ん?」
拓也もそちらを見る。
木の枠に白い板が入った、障子に少し似た引き戸だった。予約した時の写真では奥まで開いていたので、拓也も閉じた状態を見るのは初めてだった。
「たぶん窓のところだな。開けてみるか」
「早く!」
拓也はスーツケースをベッドの横へ置き、そのまま奥まで歩いた。
引き戸に手を掛け、左右へ開く。
「……うわ」
「うわあ!」
窓の向こういっぱいに海が広がっていた。
窓際には椅子が二脚と小さな丸いテーブルが置かれている。その先は大きなガラス窓で、七階の高さから海のずっと先まで見渡せた。午後の日差しが水面に反射し、ところどころ白く光っている。
「タクヤ、海! すごい!」
「すげえな……写真より全然いい」
ノエルは窓のすぐ近くまで行き、右を見てから左を見る。少し離れたところには海沿いの建物や道路が見え、その向こうまで青い水面が続いていた。
拓也も窓の前まで行く。
灯台から見下ろした時は港や町まで一緒に見えていたが、ここからだと窓の大部分を海が占めている。部屋の中に立っているのに、目の前まで海が続いているようだった。
「あれ、さっきの港じゃないか?」
「どこ!?」
拓也が窓の端の方を指すと、ノエルもすぐにそちらへ顔を向けた。海沿いの建物の向こうに港が小さく見え、停まっている船も上からなら何隻か分かる。
「あった! 船もいる!」
「灯台も見えるかな」
二人で窓の外をしばらく探す。
少し離れた岬の方に、細く白いものが立っているのが見えた。拓也が目を凝らしている横で、ノエルが先に声を上げる。
「あそこ!」
「……あれっぽいな」
さっきまで自分たちがいた場所が、今は遠く小さく見えている。
ノエルはしばらく窓の前から動かなかった。
拓也も隣で海を見ていたが、歩き回った疲れが戻ってきて、窓際の椅子へ腰を下ろす。背もたれに身体を預けると、ちょうど正面に海が見えた。
「はあ……」
ノエルが振り返る。
「タクヤ、もう休むの?」
「ちょっとだけ。今日結構歩いたし」
「僕まだ平気!」
「知ってる」
ノエルはまた窓の方へ戻ったかと思うと、今度はベッドの近くまで行き、部屋の中を見回している。テレビ台の横まで行ったところで、下の方にある小さな扉の前で足を止めた。
「タクヤ、これなに?」
「ん?」
拓也も椅子からそちらを見る。
「冷蔵庫じゃない?」
「開けて!」
拓也は立ち上がってテレビ台のところまで行き、小さな扉を開けた。中にはペットボトルの水が二本入っているだけだった。
ノエルが横から中を覗く。
「……これだけ?」
「何か入ってると思った?」
ノエルは返事をせず、もう一度冷蔵庫の中を見た。
拓也が扉を閉めると、テレビ台の端に薄い冊子が置かれているのが目に入った。表紙にはホテルの名前と館内案内と書かれている。
そのまま何となく開いてみると、レストランや大浴場、売店などが載っていた。ページをめくったところで、ノエルがすぐに冊子へ顔を寄せる。
「これ!」
指している先には、一階のラウンジで出しているアイスクリームの写真があった。
「アイスだな」
「おいしそう! 食べたい!」
「あとで見に行くか」
「うん!」
ノエルはもう一度写真を見てから、今度はベッドの間を通って窓際へ戻っていった。
「こっちも見える!」
椅子の横から外を覗き込むノエルを見て、拓也は少し笑った。
しばらくすると、拓也はベッドの横に置いたスーツケースを開いた。着替えや洗面道具を出し、必要なものだけ入口側へ持っていく。スマートフォンと財布はテレビ台の端へ置いた。
その間もノエルは窓とベッドの辺りを行ったり来たりしていたが、やがて拓也が座っていた方の椅子の近くへ戻ってきた。
拓也が片づけを終えて再び椅子に座ると、ノエルもそのすぐ横で海の方へ身体を向けた。
窓の向こうでは、午後の海が明るく光っていた。
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