第32話 展望台
船が港の外へ出ていくのを見送ってからも、二人はしばらくその場に座っていた。
昼飯を食べたばかりで急いで動く気にもならず、拓也は海を眺めながら休む。ノエルも隣で伏せていたが、少しするとまた周りを見始めた。
港の先へ目を向けると、海沿いの道がそのまま岬の方まで続いている。少し高くなった場所には、白い灯台も見えていた。
「タクヤ、あそこ行ける?」
ノエルが灯台の方へ顔を向けている。
「行けそうだな。腹ごなしに歩くか」
「行く!」
二人は立ち上がり、港から続く道をそのまま歩いていった。
店の多かった辺りを抜けると、人の数は少し減った。海は道のすぐ横にあり、場所によっては低い柵の向こうまで水面が広がっている。
ノエルは先へ行きかけては海の方を見たり、拓也の横へ戻ったりしながら歩いていた。
やがて道が少し上り始める。灯台はさっきより大きく見えるようになったが、まだ少し先だった。
坂の途中に石の鳥居があり、その奥へ短い石段が続いている。
「これなに?」
「神社だよ」
ノエルは鳥居の向こうを覗いた。
「入っていい?」
「いいよ。せっかくだし寄ってくか」
二人で石段を上る。
上には小さな社があり、その前に賽銭箱が置かれていた。拓也は財布から小銭を出して入れる。
横にいたノエルが、その様子をじっと見ている。
「何してるの?」
「お参り。来たから挨拶しとこうと思って」
拓也は二度頭を下げ、二度手を打ってから手を合わせた。
顔を上げると、ノエルがまだこちらを見ている。
「僕もやる」
ノエルは賽銭箱の前へ出ると、前脚を揃えたまま、拓也がやったようにぺこっと頭を下げた。
それからもう一度、さっきより深く頭を下げる。
ノエルは顔を上げて、拓也を見る。
「それでいいの?」
拓也は少し笑った。
「いいんじゃない?」
ノエルはもう一度だけ社の方を見てから、拓也の隣へ戻った。
神社を出て、また岬の方へ歩く。
坂は少しずつ急になり、途中から階段が増えてきた。拓也は食後すぐに来たことを少し後悔しながら上っていく。
「タクヤ、遅いよ」
「今いっぱい食ったばっかりなんだよ」
「僕も食べたよ?」
「ノエルは元気すぎる」
ノエルは数段先で待っていたが、拓也が追いつくとまた上り始めた。
階段を抜けると、白い灯台が目の前に立っていた。
「でっかい!」
「下から見ると結構あるな」
すぐ横には海側へ張り出した展望スペースがあり、何人かが景色を見ている。
二人もそちらへ向かった。
柵の向こうには海が大きく広がっていた。港で見ていた時とは違い、今は水面のずっと先まで見渡せる。右手にはさっきまで歩いていた港町があり、建物や道路、その向こうに並ぶ船まで小さく見えていた。
ノエルは柵の近くまで行くと、まず海を見て、それから港の方へ身体を向けた。
「タクヤ、あそこ!」
「ん?」
「さっきいたところ!」
拓也もそちらを見る。
「ああ。あの船が並んでる辺りだな」
「ちっちゃい!」
「ここ結構上ったからな」
ノエルは港と海を何度も見比べている。さっき近くで見送った船よりさらに遠くに、小さな船が一隻進んでいるのも見えた。
少し離れたところに、海の方へ向けられた大きな望遠鏡が置かれていた。
「タクヤ、これなに?」
「遠くを見るやつだよ。あの船とかも大きく見える」
拓也が近づくと、横に百円を入れるところがある。財布から硬貨を一枚出して入れ、覗き口へ目を当てた。
向きを少し動かすと、遠くを進んでいた船がさっきよりずっと近くに見える。
「お、見えるな」
「僕も見たい!」
「ちょっと待ってな」
拓也は望遠鏡から離れると、ノエルの胴の下へ腕を回して抱き上げた。覗き口の高さまで持ち上げると、ノエルがそこへ顔を近づける。
「見える?」
「見える! 船が大きい!」
ノエルはそのまましばらく覗いていた。拓也が少しずつ望遠鏡の向きを動かすと、今度は港の方へ向く。
「あ、さっきのところ!」
「見えた?」
「うん!」
拓也が下ろすと、ノエルはすぐに海の方を見た。肉眼ではまた小さくなった船を探すように、遠くへ顔を向けている。
風が強く吹くと、ノエルの白い毛が大きく揺れた。
「風すごい!」
「海の上、何もないからな」
拓也も柵の近くに立ち、しばらく景色を眺めた。
上ってくる時は少しきつかったが、ここまで来ると歩いてきてよかったと思う。ノエルもすぐに次へ行こうとはせず、遠くの船や港を見つけるたびに身体の向きを変えていた。
しばらくして拓也がスマートフォンを見ると、昼飯を食べ終えた頃から思っていたより時間が経っていた。
「そろそろ戻るか」
「うん!」
ノエルは最後にもう一度海を見てから、拓也の方へ戻ってきた。
二人は灯台を背にして、来た道をゆっくり下り始めた。




