第30話 出発
数日後の朝、拓也が目を覚ますと、隣でノエルがもう起きていた。
「タクヤ、朝だよ」
「……まだ早いだろ」
枕元のスマートフォンを見る。外は明るくなり始めたばかりで、出かけるにはまだ早い時間だった。
「もう行ける?」
「まだだよ。朝飯食って、準備してから」
ノエルはベッドの上で立ったまま、拓也をじっと見ている。
「じゃあ早く食べよう!」
拓也も起き上がり、朝食を済ませた。
出発までの間に荷物を確認していると、ノエルは何度も玄関の方へ行っては戻ってくる。拓也がバッグを持つと、今度は先に玄関まで走っていった。
「まだ靴履いてないから、ちょっと待って」
「早く!」
「はいはい」
家を出て車に荷物を積む。ノエルもすぐに乗り込み、拓也が運転席に座る頃には窓の外を見ていた。
エンジンをかけ、家の前を出る。朝の住宅街はまだ車も少ない。
「行くぞ」
「うん!」
いつもの住宅街を抜け、少し大きな道へ出る。見慣れた店や交差点が後ろへ流れていき、やがて高速道路の入口が見えてきた。
料金所を抜けて本線へ入ると、車の速度が一気に上がった。ノエルは窓の外へ顔を向けたまま、流れていく景色を追っている。
「速い!」
「そういえば、高速乗るの初めてだったな」
「うん!」
周りの車も同じような速さで走っていて、隣の車線から次々に車が前へ出たり、こちらが追い越したりする。ノエルは窓の外へ顔を向けたまま、その流れをずっと目で追っていた。
そのうち街中の建物が減り、道路の両側に山や開けた景色が見えるようになってきた。
「あとどれぐらい?」
「あと二時間くらいかな」
「まだそんなにあるの?」
「途中で休むし、そんな急がなくていいよ」
ノエルは少しだけ拓也を見たあと、また窓の外へ顔を向けた。
高速道路を走っているうちに、道路の脇には山や畑が見える時間が増えていった。ノエルは窓の外を見たまま、ときどき遠くの方まで顔を向けている。
しばらくして、拓也はサービスエリアの案内を見つけた。
「一回休もう」
「うん」
車を駐車場へ入れる。何台もの車が並び、その先には大きな建物があった。中へ向かう人もいれば、外のベンチで何か食べている人もいる。
ノエルは車を降りると、拓也の隣を歩きながら周りを何度も見ていた。
建物へ近づくと、食べ物の匂いがいくつも流れてくる。
「お腹空いてきた」
「俺もちょっと食いたいな」
二人で店を見て回り、拓也は温かい軽食と飲み物を買った。ノエルは肉の入ったものを選び、外の席に着くとすぐに食べ始める。
「おいしい!」
「うまいな」
拓也も自分の分を食べる。
食べ終えて建物の中を通って車へ戻ろうとしたところで、ノエルが売店の前で足を止めた。棚の横には、袋に入ったビーフジャーキーが並んでいる。
「タクヤ、これ食べたい!」
「今食べたばっかりだろ」
「車で食べる!」
拓也は少し笑って、ノエルが見ていたものを一つ手に取った。
「じゃあ一個だけな」
「やった!」
拓也も途中で飲むための飲み物を追加で買い、二人で車へ戻った。
「帰りもここ来る?」
「時間合えば寄ろうか」
「うん!」
再び高速道路を走り始める。
ノエルは買ったビーフジャーキーを食べながら、しばらく窓の外を見ていた。
しばらく走ったところで、遠くに周りの建物よりずっと高いビルが見えてきた。高速道路の先に大きく立っていて、近づくにつれて窓から見える部分も増えていく。
「タクヤ、あれでっかい!」
「ほんとだな」
ノエルはビーフジャーキーを食べるのを止めたまま、そのビルが横へ流れて見えなくなるまで追っていた。
そこから先は、道路の周りにも建物が増えていった。低い建物の間に何階もあるビルが混じり、少し進むたびに街並みが変わっていく。
けれど、朝早くから起きていたせいか、ノエルの動きは少しずつ減っていった。最後の一つを食べ終える頃には伏せたままになり、それでもしばらくは窓の外を見ていた。
拓也が少しして横を見ると、ノエルは目を閉じていた。
寝ている間も車はそのまま走り続けた。
道路の両側には建物が途切れず並ぶようになり、背の高いビルも増えていた。走っている車の数も、さっきより多い。
拓也は前を見ながら、ときどき助手席の方へ目をやる。ノエルは揺れにも起きず、そのまま眠っていた。
さらに走っていくと、背の高いビルは少しずつ後ろへ流れ、窓の外には低い建物が増えてきた。道路の向こうまで空が広く見える場所も多くなっていく。
その頃になって、ノエルがゆっくり顔を上げた。
「……もう着いた?」
「まだ。もうちょっと」
ノエルは眠そうに瞬きをしてから、窓の外を見た。さっきまでより建物が低くなり、その向こうまで空が見えている。
そのまましばらく外を見ていたノエルが、急に身体を起こした。
「タクヤ、あっち!」
ノエルが窓の外へ顔を向ける。
低い建物の間から、青い水面が見えていた。
「海見えてきたな」
ノエルは返事をせず、そのまま窓の外を見続けている。道が曲がるたびに隠れたり、また大きく見えたりする海を追うように、何度も身体の向きを変えていた。
拓也も前方に広がってきた海を見て、少し笑った。
「もうすぐだよ」
ノエルは窓の外を見たまま、尻尾を大きく振っていた。
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