第15話 初めての外食
管理施設を出て車へ戻ると、拓也は運転席へ座ったまましばらく動かなかった。
「……腹減ったな」
口に出してから、隣を見る。
「僕も!」
「さっき結構食べてなかった?」
「もうお腹すいた!」
「早いな……」
ノエルは助手席の上で平然としている。二時間歩き回った拓也とは違って、疲れた様子もほとんどなかった。
拓也は少し考えてから、シートへ身体を預けた。
「じゃあ、どっか食べに行くか」
「食べに?」
「レストランとか」
「れすとらん?」
予想通り、ノエルが首を傾げる。
「外でご飯食べるところ。店に行って、食べたい料理を選ぶと作って持ってきてくれるんだよ」
「選べるの?」
「選べるよ。肉とか魚とか、店によって色々ある」
「肉ある!?」
「あるある」
さっきまでダンジョンでずっと不満そうにしていたのが嘘みたいに、ノエルの耳がぴんと立った。
「行く!」
「急に元気になったな」
「早く行こう!」
「はいはい」
拓也はスマートフォンで近くの店を探し、車を出した。
向かったのは、道路沿いにある大きめのレストランだった。
昼時を少し過ぎていたこともあって、店内は混みすぎてはいない。人間の家族連れや仕事の途中らしい客に混じって、見慣れない耳や角を持つ客も何人か座っていた。
ノエルも入口で少し周りを見たが、すぐに店員についていく。
案内された席へ着くと、ノエルは拓也の隣の座席へ上がった。テーブルの上に置かれた大きなメニューを見つけると、すぐに顔を近づける。
「これなに?」
「料理の写真。食べたいやつをここから選ぶんだよ」
「これ全部食べれるの!?」
「頼めばな。全部は頼まないぞ」
「なんで?」
「多すぎるから」
ノエルは聞いているのかいないのか、そのまま次のページへ目を移した。
「これ肉!」
「ハンバーグだな」
「こっちも!」
「それはチキン」
「これも肉?」
「それも肉」
前脚が次々に写真の上へ置かれていく。
「僕これ! あとこれ!」
「二つ食うの?」
「食べる!」
迷いのない返事だった。
拓也は自分の分も決め、店員を呼んだ。
「ご注文お決まりですか?」
「はい。俺はこれで――」
「僕これ! これも!」
横からノエルが前脚でメニューを示した。
店員の視線が一度だけノエルへ止まり、それから指された二つの料理へ動く。
「こちらのハンバーグと、グリルチキンですね」
「うん!」
店員は少しだけ目を丸くしたが、そのまま拓也を見る。
「二点ともこちらでよろしいですか?」
「大丈夫です」
「かしこまりました」
店員が離れていくと、ノエルはすぐに通路の向こうへ顔を向けた。
「いつ来る?」
「今頼んだばっかり」
「すぐ?」
「ちょっと待つ」
「どれくらい?」
「そんなにかからないよ」
水を一口飲んでいると、奥から別の店員が料理を運んできた。
ノエルの耳が立つ。
「僕の?」
「違う。あっちの席」
皿はそのまま二人の横を通り過ぎ、少し離れたテーブルへ置かれた。
ノエルはしばらくそちらを見ていたが、また別の店員が通ると今度は黙ったまま顔だけを向ける。
「そんな見ても早くならないぞ」
「見てないよ」
「見てたじゃん」
「僕のかなって思っただけ」
「それを見てるって言うんだよ」
そのあとも料理が通るたびに、ノエルの視線だけが忙しく動いていた。
しばらくして、今度は店員が二人の席の前で止まった。
「お待たせしました」
「来た!」
熱い鉄板の上でハンバーグが音を立て、その隣には焼いた鶏肉が載った皿が置かれる。
ノエルはすぐに顔を近づけようとした。
「待て待て。熱いから」
「いい匂いする!」
「分かったから。ちょっと待って」
拓也は料理を少し食べやすい大きさに分けてやり、自分の皿も手元へ寄せた。
「いただきます」
「いただきます!」
ノエルはまずハンバーグへかぶりついた。
数回噛んだところで、すぐに顔が上がる。
「おいしい!」
「よかったな」
「これ好き!」
「そんな気に入った?」
「うん!」
今度は隣の鶏肉へ移る。そちらも一口食べると、尻尾が座席の上で大きく揺れた。
「こっちもおいしい!」
「忙しいな」
拓也も自分の料理を食べ始めた。
ノエルはハンバーグを食べては鶏肉へ移り、またハンバーグへ戻る。最初に料理が来るまであれだけ待ちきれなさそうにしていたのに、食べ始めるとほとんど止まらなかった。
拓也がまだ半分ほど残しているうちに、ノエルの皿は二つともかなり空いていた。
「早くない?」
「おいしいから!」
「ゆっくり食えよ」
「食べてるよ」
「そのスピードで?」
「うん」
「絶対早いって」
最後の一口まで食べ終えると、ノエルは空になった皿を見た。
少しして、その視線がテーブルの端に置かれたメニューへ動く。
「……まだ食べる?」
「食べる!」
「やっぱりか」
拓也がメニューを開いてやると、ノエルはすぐに写真を見始めた。
「次これ!」
「また肉じゃん」
「これがいい!」
「はいはい」
追加で頼んだ肉料理が来るまで、ノエルは今度こそ少し落ち着いて待っていた。それでも店員が近くを通るたびに耳だけはそちらへ向いている。
やがて三皿目が運ばれてくると、またすぐに顔を上げた。
「僕の!」
「今度は合ってる」
ノエルは嬉しそうに料理へ向き直った。
拓也は自分の食事を終えたあとも、しばらくその様子を眺めていた。三皿目までしっかり食べ終えた頃には、さすがのノエルもすぐ次を探そうとはしなかった。
「もういい?」
「うん!」
「満足した?」
「また来たい!」
「じゃあまた今度な」
「明日?」
「早い早い」
会計を済ませて店を出る。
車へ戻るまでの間も、ノエルはさっき食べた料理の話をしていた。
「ハンバーグまた食べたい」
「気に入った?」
「チキンも!」
「はいはい」
「あと最後のも!」
「結局全部じゃん」
助手席へ乗ると、ノエルはすぐに拓也を見る。
「タクヤ」
「ん?」
「次のダンジョン行こう!」
拓也の手が、シートベルトを引いたところで止まった。
「……Dか」
「でぃー!」
ノエルはすっかり元気だった。
拓也はそのままシートベルトを締め、スマートフォンを取り出す。
「ちょっと待って。先にDランクのこと調べるから」
「今?」
「今。Eでも結構怖かったんだから、さすがに何も知らないまま行きたくない」
「僕いるよ」
「分かってるって。だからちょっと待って」
ノエルは早く行きたそうにしながらも、今度は急かさずに拓也の手元を覗き込んだ。
拓也はDランクダンジョンの情報を開き、そのまま画面へ目を落とした。
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