第16話 Dランクダンジョン
拓也は運転席でスマートフォンの画面を見ながら、近くにあるDランクダンジョンを探した。
いくつか出てきた中から、車で行きやすそうな場所を開く。出現するモンスターの欄には、オークの名前が載っていた。
「オークか……」
「おーく?」
「これ」
検索して出てきた探索映像を開き、ノエルにも見えるようにスマートフォンを下げる。
画面の中には、人間より大きなモンスターが映っていた。太い腕に分厚い身体をしていて、手には大きな棍棒を持っている。
その前では何人かの探索者が戦っていた。一人が盾で棍棒を受け止め、横から別の探索者が斬りつける。その後ろから魔法が飛び、オークの身体に当たった。
「……これ、結構やばくない?」
映像を見ながら拓也が言う。
隣から画面を覗いていたノエルは、少し首を傾げただけだった。
「ふーん」
「反応薄いな」
「テレビのやつは?」
「テレビ?」
「前に見た、大きいやつ」
「ああ……あれはもっと先だよ。Dランクじゃまだ全然」
「いつ行けるの?」
「何個も上をクリアしてから。すぐには無理」
「えー」
ノエルの耳が少し下がる。
拓也はもう一度、画面の中で棍棒を振り回しているオークを見た。
「俺はこれでも十分なんだけどな……」
「じゃあ早く行こうよ」
「いや、これ見たあとだと余計行きたくなくなったんだけど」
「大丈夫だよ」
「ノエルはそうだろうけど」
拓也は少し迷ってから、スマートフォンを閉じた。
「……今日はちょっとだけな。奥まで行くとかはなし」
「うん!」
「ほんとに分かってる?」
「分かってるよ。早く行こう!」
「はいはい」
さっきまで店の料理で機嫌よくしていたと思ったら、今度はもう次の場所へ行く気でいる。
拓也は小さく息を吐き、車を出した。
しばらく走って着いた管理施設は、これまで行ったところより明らかに大きかった。
駐車場にも車が多い。近くでは、荷台から大きなバッグを下ろしている人がいた。その隣では、防具を着けた二人が武器を確かめながら話している。
拓也は車を降りる前に、自分の服を見た。
いつもの普段着だった。
助手席を見ると、ノエルもいつも通りだ。白い小さな身体に、当然ながら武器も防具もない。
「行くか」
「うん!」
建物へ入ると、中もこれまでより人が多かった。
大きな盾を背負っている人もいれば、腰に剣を下げている人もいる。杖のようなものを持っている人や、大きな荷物を背負っている人もいた。数人で集まり、スマートフォンの画面を見ながら話している組もいる。
買取窓口の方では、探索を終えたらしい人たちが順番を待っていた。装備に汚れがついている者もいる。
拓也は歩きながら周りを見た。
今までの管理施設でも装備を着けた人は見かけたが、ここまで来るとかなり雰囲気が違う。
その中を、普段着の拓也と小さなノエルが並んで歩いている。
前から来た男が一度ノエルへ目を向けた。その視線が拓也へ移り、何も持っていない手元まで見てから、そのまますれ違っていく。
少し先でも、二人組の探索者がこちらを見た。
「……やっぱ俺たち浮いてない?」
「ういてる?」
「いや、いい」
ノエルは周りの視線にはまったく興味がないらしく、ダンジョンへ続くゲートの方を見ている。
「まだ?」
「今行くよ」
ゲートまで来ると、拓也は認証カードを端末へかざした。
短い電子音のあと、Dランクの表示が出て仕切りが開く。二人でそのままゲートを抜け、ダンジョンへ続く通路へ入った。
入口の近くで、拓也はスマートフォンのマップを開いた。
「……でか」
「なに?」
「地図」
しゃがんでノエルにも見せる。
FランクやEランクの時とは違い、画面には何本もの通路が伸びていた。入口の近くだけでも分かれ道がいくつもあり、その先でさらに枝分かれしている。少し画面を動かしても、まだ奥が続いていた。
「これ全部行くの?」
「今日は行かない。ちょっとだけって言っただろ」
「えー」
「絶対無理だから」
拓也はマップを見直し、まずは入口から近い通路を選んだ。
ダンジョンへ入ってしばらく歩くと、向こうから四人組の探索者が戻ってきた。
前を歩く男は大きな盾を持ち、その後ろには剣を持った女と、杖を持った二人が続いている。全員の服や防具に土や汚れがついていた。
拓也とノエルは端へ寄って道を空ける。
すれ違う時、盾を持った男がノエルをちらりと見たが、そのまま仲間と一緒に入口の方へ歩いていった。
「人いるね」
「Dランクは結構いるみたいだな」
少し進むと、今度は別の通路から硬いものがぶつかる音が聞こえてきた。
拓也が足を止める。
「戦ってる?」
ノエルが音の方を見る。
「たぶん」
二人で少し先まで進むと、分かれ道の向こうに数人の探索者が見えた。
その前にいるのは、さっきスマートフォンで見たオークだった。
大きな棍棒が振り下ろされ、前に立っていた探索者が盾で受け止める。鈍い音が通路に響き、その身体が少し後ろへ押された。
すぐ横から別の探索者が踏み込み、オークの脇へ剣を振るう。さらに後ろから光が飛び、オークの肩に当たった。
「さっきのだ」
「オークだな」
ノエルはそれだけ言うと、特に足を止めようとはしなかった。
拓也も邪魔にならないよう、その場を離れて別の通路へ進む。
さっきの戦闘の音が遠くなってからも、拓也の頭には盾へ棍棒が当たった音が残っていた。
画面で見るのとは違う。
あれを正面から受け止めて戦う人たちが、ここでは普通にいる。
「……やっぱ怖いな」
「なにが?」
「いや、ノエルは気にしなくていい」
「変なの」
ノエルは先を歩きながら、周りの通路を見ている。
さらに一つ分かれ道を曲がったところで、前方から重い足音が聞こえた。
拓也が立ち止まる。
岩壁の向こうから、大きな身体が現れた。
「……来た」
さっき映像でも、他の探索者が戦っているところでも見た。
それでも、自分たちの方へ歩いてくるオークは大きく見えた。拓也より背が高く、腕も脚も太い。片手には、拓也の腕より太そうな棍棒を持っている。
オークがこちらへ顔を向ける。
棍棒を持った腕が上がった。
あれが自分に当たったら、痛いでは済まない。
「ノエ――」
「えいっ」
白い冷気が走った。
オークの身体が棍棒ごと白く凍りつき、そのままひび割れる。大きな身体は一歩も近づかないまま砕け、薄く消えていった。
あとには魔石だけが残る。
拓也はしばらくその場に立ったまま、何もいなくなった通路を見ていた。
「……早」
ノエルが残った魔石を見る。
「これがD?」
「そうだけど……」
「ふーん」
拓也はようやく近づき、床の魔石を拾い上げた。
Eランクで拾ったものより、また少し大きい。
それを手の中で確かめている横で、ノエルの尻尾はほとんど動いていなかった。
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