第14話 Eランクダンジョン
ノエルが最後の菓子まで食べ終えるのを待ってから、拓也は運転席でスマートフォンを見た。
「せっかくだし、もう一個上も行ってみるか」
「もう一個?」
「次はEランク」
助手席にいたノエルが、すぐには喜ばずに拓也を見る。
「それ、強いの?」
「Fよりは強いはず」
「はず?」
「俺も入ったことないから、そこは分かんないんだよ」
ノエルの耳が少し下がった。
「また弱かったらやだ」
「まあまあ。今度はゴブリンが出るらしいし、スライムよりは強いって」
「ゴブリン?」
「人みたいに立って歩くモンスター。武器も持ってる」
「強い?」
「だから、それは行ってみないと――」
言いかけたところで、ノエルの目が細くなった。
「またそれ言ってる」
「……まあ、そうなんだけど」
拓也は少し困って頭をかいた。
「でもEをクリアしないと、その次のDには行けないんだよ」
「でぃー?」
「Eより上」
しばらく黙っていたノエルが、座席の上で向きを変えた。
「……じゃあ行く」
「よし」
「強くなかったら、すぐ次行くからね」
「はいはい」
車を出し、今度はEランクダンジョンのある管理施設へ向かった。
着いてからは、さっきのFランクと大きく変わらなかった。入口で認証カードをかざすと、端末にはEランクの表示が出て、そのままゲートが開く。
「ちゃんと入れるようになってるな」
拓也が確認している横で、ノエルはもう通路の先を見ていた。
「早く行こう」
「分かったって」
スマートフォンでマップを開き、二人でダンジョンへ入る。
中はFランクと同じように岩の通路が続いていたが、しばらく進んだところで、前方から何かが歩いてくる音がした。拓也は足を止める。
「……あれか」
曲がり角の向こうから出てきたのは、拓也の胸より少し低いくらいの人型のモンスターだった。緑がかった肌に尖った耳。腰にはぼろぼろの布を巻き、片手には太い木の棍棒を持っている。
テレビやネットで見たことはある。けれど、実際に目の前で見ると印象が違った。ゴブリンがこちらへ顔を向け、棍棒を握った腕を持ち上げる。
「ちょ、ノエル」
「なに?」
「一応、気をつけて」
言いながら、拓也は無意識に半歩下がっていた。スライムなら、触られたら危ないと言われても、見た目だけではそこまで実感がなかった。けれど目の前の棍棒は違う。あれで腕でも殴られたら、普通に折れてもおかしくない。
ゴブリンが一歩踏み込むと、拓也の肩に力が入った。
「えいっ」
白い冷気が走り、次の瞬間にはゴブリンの身体が棍棒ごと凍りついていた。
そのままひびが入り、砕けて消える。
「……」
拓也はしばらく動けなかった。
「タクヤ?」
「いや……早いな」
床には、スライムの時より少し大きな魔石が残っていた。
拓也が近づいて拾い上げる。
「やっぱこっちの方がでかいな」
「これ前もやった」
「え?」
「出てきて、僕が倒して、タクヤがそれ拾うやつ」
「ああ……まあ、そうだな」
「つまんない」
「最初の一体で決めるなって。まだ奥にいるから」
ノエルは不満そうにしながらも、拓也が歩き出すとついてきた。
そこから先でも、何度かゴブリンと出会った。
一体だけの時もあれば、二体で歩いてくる時もあった。持っているものも棍棒だけとは限らず、短い刃物のようなものを握っている個体もいた。
拓也から見れば、どれも近づかれたくない相手だった。
けれどノエルにとっては違う。
姿を見つけるたびに白い冷気が走り、まともに近づいてくる前に戦闘は終わった。最初の数回こそ拓也も身構えていたが、それが続くうちに、怖さとは別のところで少しずつ慣れていった。
戦闘そのものより時間がかかったのは移動だった。
Fランクより通路は長く、分かれ道も増えている。拓也は何度もスマートフォンを確認しながら進み、そのたびにノエルが少し先で待っていた。
「タクヤ、まだ?」
「まだ。ちょっと待って」
「遅い」
「ノエルが速いんだよ」
また歩く。
少しして、拓也は肩を回した。
「結構歩くな……」
「疲れた?」
「ちょっとな」
「僕は平気」
「見れば分かるよ」
ノエルはさっきから変わらない足取りで先を歩いている。
さらに奥へ進むと、やがて見覚えのある大きな扉が現れた。
「ボス」
ノエルが扉を見る。
「今度は強い?」
「俺に聞かれても分かんないって」
「……」
「そんな目で見るなよ」
近づくと、前と同じように扉が低い音を立てて開いた。
二人で中へ入る。
部屋の奥にいたのは、これまでより一回り大きなゴブリンだった。身体も太く、手にしている棍棒も大きい。拓也は足を止めた。
「うわ……あれがEランクのボスか」
もし振り回した棍棒がまともに当たれば、骨折どころでは済まないかもしれない。大きなゴブリンがこちらへ向き、棍棒を持ち上げると、その横でノエルが前脚を上げた。
「えいっ」
終わった。
大きな身体が白く凍り、ひび割れ、そのまま砕けて消える。
ノエルは何もいなくなった場所を見たまま、尻尾を一度だけ振った。
「やっぱり弱い」
「俺からしたら十分怖いけどな」
拓也はそう言いながら、残った魔石を拾いに行った。
ボスを倒すと現れた帰還用の光へ入り、入口近くまで戻る。今回はノエルも先に飛び込もうとはせず、拓也の横から普通に一緒に入った。
管理施設へ戻り、買取窓口で集めた魔石を出す。
確認を終えた職員が金額を伝えた。
「全部で一万円ほどになります」
「一万……?」
思わず聞き返した。
Fランクでは千円ちょっとだった。それが一つ上がっただけで、桁が一つ増えている。
「お願いします」
受け取った金を財布へ入れてから、拓也はスマートフォンを取り出した。
ダンジョンへ入る前に見た時間を思い出し、今の時刻と比べる。
「二時間くらいか……」
「にじかん?」
「入ってから今まで」
拓也は画面を見たまま、頭の中で簡単に計算した。
二時間で一万円。
一時間なら五千円。
「……結構違うな」
「なにが?」
「金額。Fランクと全然違う」
スマートフォンをポケットへ戻す。
その時になって、歩き続けていた脚の重さを急に感じた。
「……疲れた」
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