第12話 初めてのダンジョンクリア
「……これだけ?」
ノエルは拓也の手の中にある魔石ではなく、さっきまでスライムがいた場所を見ていた。
「まあ、ここ一番下のランクだからな」
「もっと強いのいないの?」
「この辺にはたぶんいないかな」
「えー……」
さっきまであれだけ楽しみにしていたのに、もう声に元気がない。
拓也は拾った魔石をポケットへ入れ、スマートフォンを取り出した。
「最初はこんなもんなんだって。ここクリアしないと次に行けないから、まず奥まで行こう」
「次は強い?」
「ここよりは強いはず」
「テレビのやつは?」
「それはもっと先」
ノエルは不満そうに拓也を見上げた。
「タクヤ、強いのいるって言った」
「行ってみないと分かんないって言っただろ」
「でもダンジョン行こうって言った!」
「それは言ったけど……」
少しだけ責めるような目を向けられ、拓也は困って頭をかいた。
「俺だって、ここまで弱いとは思わなかったよ。ほら、ボスまで行けばもうちょっと大きいのいるから」
「ほんと?」
「たぶん」
「たぶん?」
「そこは期待しすぎないでくれ」
ノエルは納得していない顔をしていたが、置いていかれるつもりはないらしい。拓也が歩き出すと、すぐ横についてきた。
そこからは、スマートフォンのマップを見ながら奥へ進んでいった。
分かれ道では一度立ち止まり、画面と通路を見比べて進む方向を決める。曲がって、またしばらく歩き、次の分かれ道でマップを確認する。スライムとの戦闘は一瞬で終わっても、奥へ進むまでの通路はそれなりに長かった。
歩いているうちに、拓也は中へ入ってから一度も他の探索者と会っていないことに気づいた。平日の午前で、ここは人の多い場所でもない。しかもFランクは一度クリアすれば何度も通って稼ぐような場所ではないので、今日はこんなものなのだろう。
途中で何度かスライムにも出会ったが、結果は最初と変わらない。
「えいっ」
白く凍りつき、そのまま砕ける。
二体目まではノエルも自分から前へ出ていたが、三体目になる頃にはスライムを見てもほとんど反応しなくなっていた。
「ノエル、いるぞ」
「うん」
「……やらないの?」
「やる」
前脚を軽く上げる。
「えいっ」
また一瞬で終わった。
拓也が残った魔石を拾っている間、ノエルはもう先の通路を見ている。
「ボスまだ?」
「ちょっと待って。今見るから」
スマートフォンを確認すると、さっきまで何度も見ていた現在地が、ようやくマップのかなり奥まで来ていた。
「もう少しだな」
「ほんと!?」
「ほら、ここ」
拓也がしゃがんで画面を見せると、ノエルの耳が少しだけ立つ。
「ボス!」
「やっと元気出たな」
「早く行こう!」
「はいはい」
その先でも一度スライムが出たが、ノエルはほとんど足を止めずに凍らせた。
しばらく歩くと、これまでの通路より少し広い場所へ出た。
正面の岩壁には、大きな扉が埋め込まれている。
「おお……」
拓也は思わず足を止めた。
ここまでダンジョンらしい岩の通路は歩いてきたが、目の前にあるものは一目で特別だと分かる。
「タクヤ、これ?」
「マップだと、この向こうがボスだな」
「開けるの!?」
「どうやって開けるんだろ」
二人で扉へ近づいていく。
あと数歩というところで、低い音が響いた。
「え?」
拓也が立ち止まる。
目の前の扉が、ゆっくり左右へ開き始めていた。
「開いた!」
ノエルの尻尾がすぐに大きく揺れる。
「すごい!」
「おお……こうなってるんだ」
拓也も開いていく扉を眺める。
完全に開くと、その先にはこれまでより広い空間があった。
ノエルは待ちきれないように一歩前へ出る。
「ボスどこ!?」
「勝手に突っ込むなって」
拓也も中へ入り、辺りを見る。
すぐに見つかった。
部屋の中央に、青いスライムが一体いる。
これまで見たものよりは明らかに大きい。けれど、それだけだった。
「……」
ノエルの尻尾が止まる。
「タクヤ」
「ん?」
「あれがボス?」
「……たぶん、そう」
「ちょっと大きいだけじゃん」
「まあ……そう見えるな」
さっき扉が開いた時の勢いは、もうどこにもなかった。
大きなスライムがゆっくり身体を揺らす。
ノエルはしばらくそれを見てから、小さく前脚を上げた。
「えいっ」
一瞬だった。
大きなスライムの身体が白く凍り、そのままひび割れて砕ける。消えていったあとには、今までより大きな魔石が一つ残った。
「おっ」
拓也はすぐに近づいて拾い上げた。
「これ、さっきのよりでかいな」
ポケットへ手を入れ、最初に拾った小さな魔石を一つ取り出す。両方を掌へ並べて見比べてから、ノエルの方へ向けた。
「ノエル、見てみろよ」
「ふーん。でも弱かった」
「それは……ノエルが強すぎるんじゃない?」
ノエルはじっと拓也を見る。
「タクヤ、強いのいるって言った」
「だから、ここにはいないって途中で言っただろ」
「最初に言ってなかった」
「悪かったって。俺もここまで差があるとは思ってなかったよ」
ノエルは少し黙ってから、もう何もいなくなった部屋の中央を見る。
「僕、もっと強いのと戦いたかった」
「次はここより強いところだから」
「ほんと?」
「今度こそ」
そう答えると、ノエルはまだ少し不満そうだったものの、それ以上は言わなかった。
その時、部屋の奥で淡い光が広がった。
「ん?」
拓也が振り向くと、何もなかった岩壁の前に、光の膜のようなものが浮かんでいる。
「タクヤ、なにあれ?」
「帰るやつだと思う」
「帰る?」
「ボス倒したら、入口の近くまで戻れるんだよ」
知識としては知っていたが、実際に見るのはもちろん初めてだった。揺れる光の向こうは見えず、近づくと表面が水みたいにわずかに揺れている。
「これ入るの?」
「入れば戻れるはず」
「僕先に行く!」
「待てって」
止めるより少し早く、ノエルが光の中へ前脚を踏み入れた。そのまま白い身体がするりと向こうへ消える。
「ほんとに行ったよ……」
拓也も慌ててあとを追う。
一歩踏み込んだ瞬間、視界が白くなった。
次に足の裏へ感触が戻った時には、周りの景色が変わっている。目の前にはダンジョンへ入った時に通った通路があり、少し先には管理施設へ続く出口も見えた。
「戻った!」
すぐ横でノエルが声を上げる。
「おお……ほんとに一瞬なんだな」
「もう一回やりたい!」
「帰るためのやつだから、もうないよ」
「えー」
「また次のダンジョンでな」
拓也はポケットの魔石を確かめ、ノエルと一緒に管理施設へ戻った。
買取窓口へ持ってきた魔石を全部出すと、職員が一つずつ確認していった。最後に少し大きなボスの魔石を手に取る。
「Fランクのクリアですね。全部で千円ちょっとになります」
「お願いします」
少しして、拓也の手元へ千円札一枚と小銭が返ってきた。
「ほんとに金になったな」
ノエルは拓也の手の中にある千円札と小銭をじっと見ていた。
「それがお金?」
「そう。さっきの魔石が、これになった」
「ふーん……」
ノエルが少しだけ顔を近づける。
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