第11話 初めてのダンジョン
山を下りて車へ戻る間も、ノエルはずっと拓也の少し前を歩いていた。
「タクヤ、ダンジョンって遠い?」
「車で行けばそんなにかからないよ」
「強いのいる?」
「それは行ってみないと分かんないな」
「テレビのやつみたいなのいる?」
「今日はあんなところ行かないぞ」
「えー」
不満そうな声を出したくせに、ノエルの足取りは軽い。車が見えてくると先に駆けていき、助手席側で拓也が来るのを待っていた。
車へ乗ってからも何度か「まだ?」と聞かれたが、そのたびに「まだ」と返しているうちに、やがて目的の建物が見えてきた。
拓也が車を駐車場へ入れる。
「着いたぞ」
「ここ?」
「そう」
ノエルが窓の外を見る。
ダンジョンと聞いて何を想像していたのかは分からないが、目の前にあるのは二階建ての大きな建物だった。正面には自動ドアがあり、人が普通に出入りしている。
「だんじょん、どこ?」
「中だよ」
「建物の中にあるの?」
「入口がな」
車を降りると、ノエルはすぐに拓也の横へついた。
建物の中へ入ると、正面にいくつかの案内表示が並んでいた。奥にはダンジョンへ入るためのゲートがあり、反対側には売店や素材の買取窓口も見える。
平日の午前だからか、人はそれほど多くない。それでも装備を身につけた何人かが奥へ向かって歩いていた。
「タクヤ、あの人たちも行くの?」
「たぶんな」
「僕たちもあっち?」
「そう」
ノエルが周りを見ながら歩いていると、近くを通った男が一度こちらへ目を向けた。
白い四足の生き物を連れているだけでも多少目立つのだろう。そのまま通り過ぎかけた男が、ノエルの声を聞いてもう一度だけ振り返る。
「早く行こう!」
「分かったから走るなって」
拓也が止めると、ノエルは歩く速さだけ少し落とした。
視線は感じるが、それだけだった。
ゲートの前まで来ると、拓也は財布から普段使っている公的な認証カードを取り出した。端末へかざすと短い電子音が鳴り、目の前の仕切りが左右へ開く。
「開いた!」
ノエルがそのまま先へ行こうとする。
「待て待て。一緒に行くから」
「早く!」
「Fランクなら同行者も一緒に入れるから大丈夫だけど、勝手に行くなよ」
「えふらんく?」
「今から行くダンジョンのランク」
「強い?」
「一番下だよ」
「えー」
「まずここからなの」
拓也が先に通り、ノエルもその横をついてくる。
ゲートを抜けた先には、ダンジョン入口へ続く通路が伸びていた。歩きながらスマートフォンを取り出し、施設の案内からマップを開く。
画面には今から入るFランクダンジョンの通路が表示されている。複雑な構造ではなく、途中で何度か分かれてはいるものの、奥まで進めばボスのいる場所へ着くようになっていた。
「なに見てるの?」
「中の地図」
「見せて!」
拓也は足を止めてしゃがみ、ノエルの顔の高さまでスマートフォンを下げた。すぐ横からノエルが画面を覗き込む。
「ここが今いるところ?」
「そう。で、この奥まで行く」
「ここは?」
ノエルが前脚を少し上げ、画面の一番奥を示す。
「ボス」
「ボス!」
さっきまでランクが一番下だと聞いて不満そうにしていた耳が、すぐに立った。
「ボスいるの!?」
「いるけど、期待するほど強くないと思うぞ」
「行こう!」
「分かった分かった。行こう」
拓也は立ち上がってスマートフォンをしまい、通路の先にある入口へ向かう。
その向こうへ足を踏み入れると、空気が少し変わった。
管理施設の明るい床や白い壁はなくなり、周囲はむき出しの岩に囲まれている。頭上には一定の間隔で照明が取りつけられているため暗くはないが、足音はさっきより少し大きく響いた。
「ここがダンジョン?」
「そうだよ」
ノエルは足を止めて周りを見る。岩壁へ近づいて匂いを嗅ぎ、それから先へ続く通路へ顔を向けた。
「モンスターどこ?」
「そんな入ってすぐ――」
言いかけたところで、通路の先に何かが動いた。半透明の青い塊が、床の上をゆっくりこちらへ近づいてくる。
「あ」
拓也は足を止めた。スライムだ。
Fランクで出る代表的なモンスターで、大人なら大きな危険になるような相手ではないことは知っている。テレビやネットで姿を見たこともあるが、実物のモンスターを目の前で見るのは拓也も初めてだった。ゆっくりこちらへ近づいてくるのを見ていると、分かっていても身体には少し力が入る。
「ノエル、ちょっと待――」
「これ?」
ノエルが前へ出た。
「え?」
「これがモンスター?」
「そうだけど」
ノエルは近づいてくるスライムをしばらく見ていた。山であれだけ自信満々だったのだから、もっと張り切るかと思っていたが、その顔にはさっきまでの勢いがない。
「……これ?」
「そうだよ」
「弱そう」
「まあ、Fランクだからな」
スライムがさらに近づく。拓也が何か言うより先に、ノエルが前脚を少し上げた。
「えいっ」
スライムの身体が一瞬で白く凍りつく。次の瞬間、硬くなった身体に細かなひびが走り、そのまま音を立てて砕けた。
「……」
砕けた氷は床へ落ちる前に薄く消えていき、あとには小さな石だけが残った。
「おお……!」
拓也は思わず近づき、それを拾い上げる。掌に乗るくらいの、小さな魔石だった。
「ほんとに出るんだな。これが魔石か」
テレビやネットでは知っていたが、実際にモンスターが消えて、そのあとに魔石だけが残るところを見るのは初めてだ。拓也は掌の上の魔石を少し持ち上げて眺めた。
「タクヤ」
「ん?」
振り返ると、ノエルはさっきまで楽しそうに揺らしていた尻尾を止めていた。
「……これだけ?」
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