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ツバサの弱点

 イレナルム鉱山からポロッサに帰ってきて一日が経った。いつものように冒険者ギルドに……ではなく、たまには息抜きも大事と思い、今日はポロッサからそう離れていない場所に位置する森にやって来た。


「うーん、こうやって森でリラックスするなんて久々だなー」


 俺は大きく深呼吸をするとともに、手を組んで大きく上に向かって伸ばした。


 思い返せば、俺たちが初めてポロッサに足を踏み入れてからというもの、本当にクエスト三昧な日々だった。だから、今日は森林浴で心身のリフレッシュに励むつもりだ。


「そういえば、ツバサが前に住んでたっていうレアンの森? も、こんな感じの場所なのか?」

「うん。――ただ、レアンの森の方が人里から離れてたからか、木の実や動物はもっと多かったかな」


 カイルは森の緑に目を向けたまま、俺が少し前まで住んでいたレアンの森のことを聞いてきた。ポベルティ村でカイルと会ってからカイルの過去に触れる機会はあったが、俺のことを話す機会はあまりなかったもんな。正直、話しづらいことも多いが、これもまたいい機会かもしれないな。


「へぇ……それじゃあ、ツバサも結構な場所に住んでたんだな」

「でも、対人の問題も……一回あっただけでほとんど気にしなくてよかったし、森での生活もそんなに悪くはなかったよ?」

「一回って……あれ、森に住んでたのってツバサ一人って前に言ってたよな?」

「うん、俺一人だったよ。ちょっと盗賊っぽい人たちと遭遇しちゃってね」


 もっとも、カイルとは違って俺は好きで森に籠っていただけに過ぎない。それでも、こうやって改めて考えてみると、この世界に来てからの俺の生い立ちも普通からは逸脱していると思わざるを得ないな。




 ブォォォォン!!


 森をいっぱいに感じながらカイルと話していたところ、突如、凄まじい轟音が後方から鳴り響いた。その音に振り返ると、得体の知れない巨大な黒い物体が後ろから差し迫っていた。


「ひゃっ!」


 咄嗟に避けようと思ったが俺の意に反して足が思ったように動かず、俺はその場に尻もちをついてしまった。


「ツバサ?」

「ごめん……腰が抜けちゃった」


 俺たちの前に姿を現した生物は……俺が最も苦手とする生物でもあり、かつて俺を死に至らしめた元凶といっても過言ではない忌まわしい生命体――、ゴキブリ。


「そうか。だったら、ここは俺に任せろ!」


 立てないままでいる俺の前でカイルが剣を両手で構え、体長二メートルはありそうな巨大なゴキブリと対峙する。俺の身体能力は生前とは比べものにもならないほどに上がっているが、それでも苦手なものは苦手。申し訳ないが、この場はカイルに任せるほかはなさそうだ。


「はっ! とりゃっ!」


 巨大なゴキブリを狙ってカイルは剣を振るうが、どの剣戟も硬い装甲を前にビクともしない。さすがはゴキブリといったところか。俺がこんなザマでさえなければ、カイルとの連携や魔法を使っての応戦もできただけに本当に申し訳ない。


 ――はっ、そうだ!


「カイル! 触覚を狙って!」

「触覚? わかった!」


 カイルは巨大ゴキブリの突進をヒラリと躱すと同時に剣を一振りする。その一撃による巨大ゴキブリへのダメージこそ皆無だったが、触覚を断つことには成功した。巨大ゴキブリは触覚を失くしたことによって探索機能が大幅に損なわれたようで、そのままあらぬ方向に向かって走り去っていった。




「ツバサ、大丈夫か?」

「ありがと、もう大丈夫」


 巨大ゴキブリが目の前から去ったことに安堵した俺は、すぐさまその場で立ち上がって心配ないことをカイルに示した。


「ふぅ……それなら安心だな」

「ホントごめん、余計な心配かけちゃったね」

「気にすんなよ。俺だってツバサに助けられてきたんだから、これくらいお互い様だろ?」


 カイルが何もおかしなことを言っていないことはわかるが――、今回に限っては、完全にカイルに助けられたことは明白。これがもし、俺が一人だったらと考えると心底ゾッとする。


「――そんなことより、ツバサって虫が苦手だったのか?」

「はは……うん。今のゴキブリみたいなヤツが特にね……。もう昔のことなんだけど、ちょっとトラウマがあってね」


 異世界転生を経て俺も間違いなく強くなったが、それでもなおゴキブリは無理だった。これじゃ、克服なんて夢のまた夢だな。


「なるほどな。――でもまぁ、ツバサにもちゃんと弱点があったんだな?」

「え? そんなの当たり前じゃん! 俺にだって苦手なものくらいあるよ!」

「いや、それはそう思うけど、ツバサって何でもできるヤツだと思ってたから……正直、ちょっと安心したぜ」


 俺って、そんなに弱みが無いように見えていたのか? ――でも、よく考えてみたら、俺がカイルの前で取り乱したのって今回が初めてだっけか。まぁ、カイルに俺のことを知ってもらうきっかけになったと思えば、悪いことでもないな。


 その後も俺たちは、森の中で談笑するなど存分にリフレッシュに努めた。


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