極楽気分
「あぁ……、生き返るなぁ」
先に身体を洗い終えた俺は洗い場をカイルに譲り、一足先に湯船に浸かる。少年の裸体を眺めながらのお風呂は、心身ともに癒されるようでまさに至福のひと時というほかない。
一方でカイルは……というと、その身体に浴びたゴブリンの血や脂といった頑固汚れとの激闘を続けている。俺が見た感じ、汚れは十分に取れているように見えるが、何とも言いがたい不快な臭いが残っているようだ。そのためか、身体を洗っては腕を鼻に当てて臭いを嗅ぎ、または洗っては……といったループが続いている。
「なぁツバサ。なんかまだゴブリンの臭いが残ってる気がするんだがどうだ?」
「へっ!?」
ループを何度も繰り返すうちに、とうとう自分の鼻すらも信用できなくなったのか、カイルは身体についた臭いの確認を俺にまで求めてきた。カイルのその発言がショタコンである俺にとって、少しばかり刺激が強いということは言うまでもない。俺の意に反して今にも息子が反応してしまいそうな中、息子を湯船の縁に押さえつけるように隠し、上半身だけを乗り出して何とかカイルの腕に鼻を近づける。
「うーん……言われてみれば、まだ臭いを感じる気もするけど、俺的には全然気にならないと思うよ?」
「そ……そうか? じゃあ、こんなもん……なのかな」
実際のところ、まだ洗い立てで石鹸の匂いばかりが目立っているだけかもしれないが、俺にはそんな不快な臭いを言うほど感じられなかった。もっとも、野生に近い生き方で嗅覚をはじめとした感覚を研ぎ澄ましてきたカイルと比べると、俺の嗅覚なんか鈍いことこの上ないのだが。とはいえ、不快さに邪魔されずに石鹸の匂いを感じられたのだから、そこまで気にするほどの臭いは残っていないのだとは思う。
カイルが身体を洗い終えたタイミングで俺は姿勢を体育座りに変えて湯船の片側に身を寄せると、その空いたスペースにカイルが入り、それとともに大量のお湯が湯船から溢れ出た。
「ふぅ……、気持ち良いぜ。――んっ? ツバサ、そんなにじっと見てどうしたんだ?」
カイルが湯船に浸かって一息つくなり、俺の様子について聞いてきた。どうやら、無意識のうちにカイルの身体を目で追っていたようだ。
「あっ、いや……、別に何でもないよ?」
「あー……そういうことか」
今さらカイルには筒抜けかもしれないが、俺は咄嗟に目線をそらしてとにかく平静を装った。
「お風呂ありがとうございました!」
「おぅ、それじゃあ、飯にすっから早く座れや!」
入浴を終えた後、俺たちは真っ先にグレンさんにお礼を述べた。しかし、グレンさんは小さなテーブルに着いたまま、俺たちのお礼もそっちのけで俺たちも席に着くよう急かす。どうやら、俺たちが風呂でゆったりしている間にグレンさんは俺たちの分の夕食まで準備してくれていたらしい。
グレンさんに言われるがまま、俺たちもテーブルに着いた。ぶつ切りにして味付けして焼いた肉が山のように盛られたお皿が一枚、テーブルの真ん中に置いてある。見た目こそシンプルだが、鉱山で生きるのに必要不可欠であろうスタミナがたっぷりなザ・男飯と呼ぶに相応しい一品に見える。
「よしっ、みんな揃ったし食うとするか。君たちも遠慮しないで食えよ?」
「は、はい。――では、いただきます」
「俺もいただきます」
俺とカイルは山積みに盛られた肉を一切れフォークに刺し、それを口に運んだ。
し……塩辛い。一切れの肉を頬張った瞬間、かつて当たり前のように毎日食べていた白飯が恋しくなった。
「どうだ? 口に合うか?」
「はい、美味しいです」
「そうか。それならよかった」
俺たちが肉を口に運んだことを確認してからグレンさんも肉を食べ始めた。
そういえば、肉を長期保存するために塩漬けにするって話を聞いたことがあったな。つまり、この塩辛さはそういうことか? まぁ、冷静に考えてみたら、普段から肉を新鮮なままアイテムボックスで保存して、いつでも新鮮さを維持したままの肉を食べている俺たちの方が異端か。
それにしても、カイルとグレンさんの二人はこの肉を水すら飲まずにバクバクと食べているんだから本当にすごい。とはいえ、せっかくのグレンさんの好意を無駄にしないため、俺もカイルに負けないよう肉をかき込んだ。そして、夕食を食べ終わったと、カイルとグレンさんと三人で雑魚寝をして一日の終わりを迎えた。
◇
翌日、ゴブリン掃討が終わっていることの確認のため、グレンさんを連れて昨日の坑道まで来た。あちらこちらにゴブリンの残骸が散乱する中をひととおり歩き、ここを占領していたゴブリンの駆除が終わったことの確認を進めていった。
「ご覧いただいたとおり、ここらにいたゴブリンの駆除は終わりました」
「あぁ、たしかに片付いているな。助かったぜ」
「いえいえ、こちらこそ。――それで、最後にこれら残骸についてですが……」
坑道の確認をひととおり終えたところで、散乱したままとなっているゴブリンの残骸の処理について訊ねる。
「そうだな……。売りさばくにしてもゴブリンじゃ、店まで持っていく手間が割に合わないからなぁ……。正直、ここにあっても邪魔だし、持っていってくれた方が俺らとしては助かるな」
「そうですよね。――では、ゴブリンの残骸は俺たちで回収しちゃいますね?」
「あぁ、それで頼むぜ」
グレンさんとの話が終わったところで、俺は坑道に散らばるゴブリンの残骸を次々とアイテムボックスに収めていく。そんな中、俺の後方からカイルとグレンさんの会話が俺の耳にも入ってきた。
「ほぉ、アイテムボックスっていうのか。便利な魔法だな。――実は冒険者の人たちってのは、みんなこんな魔法が使えるのか?」
「いや……、こいつが特別おかしいだけだと思います」
「ハハハ、それもそうか」
どういうわけか日に日に普通から遠ざかっているような気がする。珍しいのはアイテムボックスくらいで、それ以外に大したことはしてないはずだけど……。
そんなことはさておき、坑道に散らばったゴブリンの残骸の回収が終わったので、後方にいるカイルとグレンさんのもとに駆け寄る。
「では、これでゴブリンの掃討と残骸の回収まで終わりましたので、俺たちはこれで失礼しようと思います」
「あぁ、ありがとな。助かったぜ」
「いえいえ、こちらこそお世話になりました」
俺たちは初のモンスター討伐のクエストを無事に終え、グレンに別れを告げてイレナルム鉱山を後にした。




