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90.足掻き

 

 

 解き放たれた漆黒の奔流を前に、ザゴスの心に一点の迷いもなかった。


 ただ足を踏みだす。臆せず、侮らず、自分の力だけを信じて。


 斧の刃が闇を捉える。確かな手ごたえを感じ、ザゴスは吠えながら大きく踏み込んだ。


「オラァァアアァッ!!」


 黒い光の束に肉厚の刃が食い込み、押し入れられていく。それは滝を分かつ大きな岩、裁ち鋏で裂かれる厚手の布、あるいは肉を切るように骨を断つように、黒い「星光聖剣(ルミナスブレード)」が真っ二つに斬り裂かれ、霧散していく。


「な……!?」

「あ!」


 デジールが怯み驚愕の声を上げるのと、エッタが何かに気付いたように目を見開いたのは同時であった。その時にはザゴスの斧は真っ直ぐに振り下ろされ、地下室を照らした猛烈な黒い光は嘘のように消えていた。


「今だ!」


 既にフィオは飛び出していた。足の痛みを無視した跳躍、自らにかけた速度強化魔法により、一瞬でデジールの眼前に着地する。


「秘技・雷吼一貫閃(ドナー・アングリフ)!」


 上級魔法相当の雷撃を乗せた強烈な突きの一撃は、デジールの強固な身体をも貫き、大きな穴を穿った。


「がはっ!?」


 鳩尾を中心に胸に大穴を開けられたデジールは、苦悶の声を上げて仰向けに倒れる。その眼前に、棍の切っ先が突きつけられた。


「勝負あったな」


 肩で大きく息を吐き、フィオはデジールを見下す。人間ならば確実に死んでいる重傷であったが、体のつくりからして違うのだろう、デジールは痛みに顔を歪ませながらもそれを見返した。


「フィオ、やりましたわね」


 駆け寄ってきたエッタはそう声をかけると、デジールに向き直る。


「あなたが使っていたアレは、『ゴッコーズ』ではない……魔法ですわね?」

「……ご明察、さすがは『七色の魔道士』」


 どこか自嘲気味にそう笑って、デジールは続ける。


「僕らが使うのは『欲望の邪神』が司りし属性・『(じゃ)』……」


 アドニス王国などで信仰される八柱の神は、それぞれに司る属性がある。「戦の女神」ならば「風」、「健康の神」ならば「(いやし)」といった具合に、一柱につき一つの属性を司っている。


 神の座から追われた「欲望の邪神」もまた、司る属性を持っていた。それこそが「邪」属性である。「欲望の邪神」の凋落により、現在その魔法体系は失われているが、300年前の魔王は「邪」属性の魔法を使い、勇者を大いに苦しめたという記録が残されている。


 その記録によれば、「邪」属性には二つの系統があるという。一つは物体を触れずに突き放す、あるいは引き寄せる「引力」、そしてもう一つが……。


「相手の技能や容姿を真似る『模倣』、ですわね」

「そうさ。僕が使ったタクト・ジンノの『ゴッコーズ』は、その性質を魔法的に再現したものに過ぎない」


 デジールの使った「星光聖剣(ルミナスブレード)」や「星雲障壁(ネビュラシールド)」は、その威力や強度を再現したものではあったが、「ゴッコーズ」としての特性を持つものではない。


「お前は、それに気付いていたのか?」


 クロエの問いに、ザゴスは「『邪』属性とかは知らねえけどな」と首を横に振る。


「ただ、偽物だろうとは思ってたぜ。あのクソガキのに比べたら、圧倒的な威力ってわけでもなかったしな」


 ザゴスが最初に引っ掛かりを覚えたのは、「模造・星光聖剣(ルミナスブレード)」がクロエの魔法で軽減できた時であった。


 「天神武闘祭」の準決勝で、タクト・カタリナ組が騎士団組と戦った際は、騎士団側の使った防御魔法はまったく用をなさずに貫通していた。


 それが、デジールの放ったものは明らかに威力が減じられていた。無論、クロエの使った魔法の方がより「上等だった」のだろうが、デジールのものが「ゴッコーズ」ならばそれさえも意味をなさないだろう、という確信がザゴスの中にあったのである。


「まあ、俺は3発も間近で見てっからよ、そう簡単には騙くらかされねえよ」

「さっすが、冒険者ギルドの受付でチートに壁ごと吹き飛ばされた人の言うことは、説得力が違いますわね!」

「何でテメェが見てきたように語ってんだよ!」


 ホントはあの場にいたのか、とあり得ないとはわかっていても、つい疑念の眼差しを向けてしまう。


「容姿も模倣する……。ということは、ゲンティアンを殺害したのは……」

「そうさ、僕の『模倣』は技能だが、姉は容姿を真似るのが得意でね。『武闘僧(バトルモンク)隊』のベルタ、そして君の姿を借りたと言っていたよ」

「……! 本物のベルタはどこに?」

「さあね、とっくに死んでるんじゃないかな。姉はすぐに殺すから」


 この……! とクロエは強い視線をデジールに向ける。


「相変わらず、おしゃべりさんですわね」


 その横で呆れたようにエッタは肩をすくめた。


「『おしゃべり』の続きは陛下の御前でやってもらおう。エッタ、百年呪茨森マレフィセンツ・カースで拘束してくれ」

「了解ですわ」


 ふらつきは収まったのだろう、エッタは錬魔を開始する。


「おっと、まだ捕まるわけにはいかないね」

「この状況で逃げられるとでも?」


 錬魔を続けながら、エッタはデジールの胸に開いた穴を見やる。立ち上がればちぎれそうな程、穴の端はか細く頼りなかった。


「確かに難しいだろう。だが、方法はある――」


 デジールは上体を起こし、両手で自分の腹の辺りを掴んだ。その瞬間、フィオは躊躇うことなく突きつけていた棍の切っ先を繰り出した。


「甘いね!」


 フィオの突きは床を穿った。デジールは体に開いた穴から下を自切し、上半分を逃がしたのである。


「な……!」


 デジールの胸から上は、腕の力だけで大きく後退する。その異様な動きに気を取られ、さすがのザゴスたちにも隙ができる。


「もう一つ教えておこう」


 デジールは両腕で立ち上がった。まるで最初から脚だったかのような、自然な立ち姿であった。


「僕が『模倣』しているのは、タクト・ジンノの『ゴッコーズ』だけではない……!」

「……! 百年呪茨森マレフィセンツ・カース!」


 エッタが魔法を解き放ち、灰緑色の茨がデジールに襲い掛かる。だが、一瞬早くその半身は黒い霧に包まれていく。


「100年前、僕らが召喚したヒルダ・マナ……魔女ヒルダの『ゴッコーズ』も『模倣』しているのさ! 『模造・星系創造インフィニティクリエイション』!」


 デジールの力ある言葉を受けて、残された彼の下半身が闇色の光に包まれる。


「魔女ヒルダの『ゴッコーズ』……ということは!」


 100年前、アドニス王家に敵対した魔女ヒルダは、数多くの魔獣を生み出し、従えていたという。その力の源が、「ゴッコーズ」であるならば――。


「魔獣を生み出す『ゴッコーズ』さ! さあ膨れ起き上がれ、フェートスよ!」


 勝ち誇ったデジールの言葉が響き渡る頃には、その姿は黒い霧の向こうに消えていた。


 残された下半身は闇を飲み込むように膨張し、巨大な姿に変わって行く。天井まで膨れ上がり、地上の巨大な神殿をも押し上げるように大きくなっていく。


「この……!」

「おい、部屋が崩れっぞ!」


 地震のように「女神の間」は揺り動かされ、天井からは細かい砂が降り注いでくる。


 このままでは生き埋めになる、とザゴスは、フェートスと呼ばれた巨大化する魔獣に相対そうとするエッタの手を引いた。


「今はここを出るのが先だ!」

「……ですわね!」


 エッタがうなずいた矢先、天井の一部が遂に大きな瓦礫となって降ってくる。


「危ない!」


 ちょうどその真下にいたクロエを、咄嗟にフィオが突き飛ばした。 


「ダンケルス……!」

「先にも言ったが、お前に死なれるわけにはいかない」


 クロエに覆いかぶさるような格好となったフィオは、すぐに立ち上がって辺りを見回す。


「向こうの入り口は塞がってしまったか……」


 フェートスの膨張する体と、落下してきた大きな瓦礫によって既に通れる状態ではない。


「こっちから逃げましょう! 地下水道に繋がっています!」


 エッタは召喚装置の向こう側を指す。先ほどザゴスと一緒に入ってきたドアだ。


 一も二もなくうなずいて、四人は「女神の間」を後にする。


 小部屋の並ぶ狭い廊下を、フィオを先頭にクロエ、エッタ、そしてしんがりをザゴスが走った。


 フェートスの生長する振動は、最早「女神の間」だけでなく、地下階全体を揺るがしていた。急がなければ、この廊下が潰れるのも時間の問題であろう。


「……あー!」


 そんな中で、不意にエッタが大声を上げて立ち止まる。


「何だよ、いきなり!」

「ザゴス、セシル聖!」


 あ! とザゴスは額を打った。この廊下に並ぶ小部屋の一つで、ザゴスとエッタはクロエとカタリナの父であるあの老神官と会ったのだ。


「どうした!?」


 フィオとクロエも足を止め、二人を振り返る。


「先行け、先! 後で追いつく!」


 そう言うが早いか、ザゴスは元来た道を駆け戻っていく。


「おい……!」

「急ぎましょう、追いついてきますわよ!」


 早く、とエッタが急かし、フィオとクロエは足を進めることにした。

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