89.対決
「戦の神殿」地下・女神の間でザゴス、フィオ、エッタの三人は、デジールと差し向かう。
「身体はもういいのか、フィオ?」
「お陰様でな」
柄にもなく気遣わしげなザゴスの言葉に、フィオは力強くうなずいた。
「お前の『魔剤』と、クロエの回復魔法で戦えるぐらいにはなっている」
「クロエ……」
ザゴスは背後に立つクロエに目を向けた。
「勘違いするな! わたしもここを生き延びるためだ!」
おやおや、とエッタは双眸を細める。
「典型的なツンデレ発言じゃないですか」
「なんだそりゃ」
結構な割合で訳の分からんことを言いやがるな、とザゴスは肩をすくめる。
「彼のフリーデ・ダンケルスは槍の名手だった。その末裔の腕はどうか、見せてみろ」
「棍と槍では違いはあるが、そう言われてはな……」
フィオは棍を槍のようにしごく。あの召喚装置の起動部品でもあった、豪奢な装飾の棍だ。
今のダンケルス家の始祖であるフリーデは槍の名手であり、故にダンケルス家の女子は槍術を学ぶ。フィオが双剣を武器にしているのは、兄フレデリックの影響であり、幼いころは魔法の他に槍の手ほどきも受けていた。
「『戦の女神』から直々に教えを賜ったという槍術の冴え、ここに見せよう!」
棍の先端に雷が奔り、フィオは先陣を切ってデジールに殺到する。
「だったら……!」
デジールは一つ舌打ちすると、右の拳を開く。その手の中に闇の塊が集まっていく。
「……! フィオ、デジールの右手に注意なさい!」
エッタの警告が飛んだのと同時だった。
「模造・超光星剣!」
黒い光の奔流と呼ぶべきものがデジールの右腕から放たれたのは。
「危ねェ!」
あわやというところで、ザゴスが後ろからフィオに覆いかぶさり、床に転がった。その上を、「超光星剣」がかすめ、対角の壁を破壊する。
「タクト・ジンノの『ゴッコーズ』だと……!」
揺れる地下室の中、フィオとザゴスはすぐさま立ち上がり、デジールに身構える。
「大技の後には隙ができるもの……、連鎖魔法・四!」
錬魔を終えた四つの魔法を、エッタが即座に解き放つ。
「壱式・灼熱波動! 弐式・雷鳴閃光! 参式・金剛飛来! 肆式・黒晶影狼牙!」
熱と雷の二条の光線、高硬度鉱石の槍を放つ三つの中級魔法に加え、エッタの足元から這い出た闇色の狼がデジールに襲い掛かる。三種類の飛び道具で体勢を崩し、強力な上級魔法を当てようという算段であった。
「悪いがそんな隙はない。模造・星雲障壁!」
デジールの周囲に黒い光が輝き、襲いかかった四つの魔法が霧散した。
「な……!」
「ヤロウ、あの防御まで……!」
絶句するエッタにデジールが手の平を向ける。ザゴスが助けに足を踏みだすが、間に合わない。
「今度こそ死ぬがいい、模造・超光星剣!」
黒い光が、立ち尽くすエッタに迫る。
「ッッ!」
「纏い囲え! 甲冑之乙女!」
エッタの足元で風が渦巻いたかと思うと、炎のように吹き上がって黒い「超光星剣」を阻んだ。
「わっ!?」
それでも相当な衝撃があったのだろう、風の壁の向こうから伝わった力で、エッタは床に転がった。
「クロエ……!」
「ボーっとするな、攻撃しろ!」
言われるまでもない、とばかりにフィオが棍を構えてデジールに迫る。
「模造・流星転舞!」
デジールの足元が陽炎のように揺らめき、フィオの一撃をかわす。だが、フィオはそれに雷の速度強化魔法で追いすがる。
「むっ……!」
「それに追いつけるのは、実証済みだ!」
一旦フィオにデジールを任せ、ザゴスはエッタを助け起こす。
「つつ……直撃してたら、危なかったですわね……」
「ちょっと休んでろ。あの防御はお前の魔法でも無理だ」
「ええ、そうさせてもらいますわ……。クラクラして錬魔がおぼつきませんので」
強い衝撃を受けると錬魔できなくなるのが、魔道士に共通して見られる弱点である。それは天才と謳われるエッタも同じであった。
珍しく素直に応じたことから、「相当きついらしいな」とザゴスは推し測った。
ともあれ命は無事らしい、とデジールに追いすがるフィオに目をやる。そこに展開されているのは、まさしく「天神武闘祭」決勝の再現であった。
となると、とザゴスは考える。フィオが息切れするのは目に見えている。ましてや今は病み上がりだ、強がってはいたが……。
「おい、クロエ」
ザゴスは背後に立つ女神官を振り返る。
フィオに回復魔法をかけ、エッタをこうして助けてくれたのなら、今のこいつは味方と考えても差し支えあるまい。あの決勝戦との違いは、ザゴスとフィオの二人きりではないということだ。
「ストなんとかって魔法、あるだろ? アレを俺にかけろ!」
クロエは眉をしかめる。
「スト……?」
「多分、疾風馳夫のことでは?」
それだ、とザゴスは太い人差し指を向ける。向けられたそれを押しのけて、エッタはクロエに言った。
「わたくしは他人への強化ができませんの。お願いできません? さっきわたくしを助けてくれたみたいに」
「カタリナが使ってたし、あんたもできるだろ?」
フン、とクロエは鼻で笑った。意味を図りかねるザゴスとエッタに、クロエは続ける。
「疾風馳夫なんぞでは焼け石に水だ。もっといいモノをかけてやろう」
錬魔は済んでいる、とクロエはザゴスに手の平を向けた。
狭い地下室の中、「模造・流星転舞」で逃げるデジールに、フィオは雷の速度強化魔法で追いすがっていた。
召喚装置の配線や瓦礫、拘束器具などの障害物を器用にかわしながら、どちらも速度を緩めることなく部屋中を飛ぶように駆ける。
「そろそろ、疲れてきたんじゃないかい!?」
フィオの繰り出す棍をかわしながら、デジールは挑発する。
「まだまだ……、こんな程度では音を上げてはいられん!」
言い返しつつも、フィオは冷静にデジールの「ゴッコーズ」について考察を巡らしていた。
先ほどから突きを繰り出しても、デジールは防ぐことはせず、かわしてばかりである。
絶対防御の「星雲障壁」を持ちながら、避けるという選択肢を選んでいるのは、タクト・ジンノと同様に二つの「ゴッコーズ」を同時には使えないことを意味している。
ならば、攻略法もタクトの時と同じでいいかと言えば、そう事は単純ではない。
そもそも、タクト・ジンノとデジールでは身体の頑丈さが違い過ぎる。人並み以下の体力であったタクトに対し、デジールは中級魔法程度なら「少し痛い」程度で済む。
「ゴッコーズ」使用の一瞬の隙をつくやり方を取るにしても、極大魔法クラスの一撃を打ち込む必要があるだろう。
しかし、極大魔法を使うにはこの地下室は狭すぎる。バックストリア襲撃の時のように、百年呪茨森のような防御呪文の内側に閉じ込められればいいが、それを錬磨する隙が果たしてあるだろうか。
この膠着状態をできるだけ長く続け、その隙にエッタが錬魔できれば……。
そんなことを考えた矢先に、不意にフィオの足がもつれる。半日以上拘束されていた体は、フィオの想像よりも早く限界を迎えていた。
「乱れたね!」
それを見逃すデジールではなかった。足を止め、逆にフィオの方へと踏み込んでくる。デジールの刃のような抜き手がフィオに迫る――。
「待ちやがれェ!」
繰り出された一撃は、届くことなく弾かれた。
ザゴスであった。デジールとフィオの間に割って入った大男は、抜き手をかち上げて防ぐと、斧の刃を返して斬りかかる。慌ててデジールは飛び退くも、無防備な胸に斜めの傷が走った。
「ぐぅ……!」
苦悶に呻き距離を取ったデジールを、ザゴスは斧を構えて威嚇する。
「ザゴス!」
かばわれる形になったフィオは、その大きな背を見上げた。ザゴスの体を、緑色の湯気のようなものが取り巻いている。あの「ボクスルート山地」で、カシラマシラと戦った時と同じく、何がしかの強化魔法がかかっているようだった。
「『戦の神殿』に受け継がれし秘伝の魔法、勇猛之乙女だ。名誉に思うがいい」
勇猛之乙女は、人間の身体的なあらゆる能力を向上させる古代魔法である。これによって今のザゴスは、平時を上回る力と速度を得ていた。
「強化魔法か……。が、この攻撃は受け止められるかな?」
「星光聖剣がくるぞ……!」
背後のフィオが警告を発するが、ザゴスはそれを守るように構えを解かない。
「離れてろ、フィオ」
「何をする気だ?」
「アレをブッた斬れるか、試すんだよ!」
ザゴスは斧を両手で握った。剣聖討魔流・斬魔の太刀の構えであった。
「斬る、って……そんなこと、できるのか……?」
「天神武闘祭」の決勝戦では、斬魔の太刀と「星光聖剣」がぶつかり合うことはなかった。斬魔の太刀は魔法を斬り裂いて無効化する技であり、「ゴッコーズ」には通用しないだろうから使わなかった。決勝戦の後、ザゴス自身がそうフィオに語っていた。
「わからねェ。……が、できる気がする」
返ってきたのは、何の根拠もない言葉であった。だが、フィオは微笑を浮かべる。
「ならば、ボクもそれに乗ろう」
フィオは棍を握りしめ、いつでも飛びかかれるように深く身をかがめる。
「こいつはますます、ブッた斬らなきゃいけなくなったな……」
ザゴスの両腕に力がこもる。強化魔法で引き出されたのよりも、何倍も強い力がわき出てくるようだった。
「撃ってこいや、オラァ!」
「そう死に急がなくても、すぐに撃ってあげるよ……!」
デジールの両掌に黒い粒子が収縮していく。これまで片手で放ってきたものよりも、強大な力が集まっているようだった。
「……あいつ、真っ向からあの技と対峙する気か」
デジールの放つ闇色の光は、この地下階すべてを吹き飛ばしかねない程の力がこもっているかのような強い迫力を持って、少し離れた場所にいるエッタらをも照らしていた。
「バカですからね」
クロエの言葉を、エッタは一言で切って捨てた。
「でも、バカなりに10年以上冒険者やって生き残ってきてるわけですから、生存本能みたいなものは人一倍強いはず」
「つまり……?」
「勝算がある、ということでしょう」
理解できない、と言うようにクロエは肩をすくめた。
デジールが両の掌を合わせ、黒い光は一つの玉となる。
「水底で後悔するがいい、模造・星光聖剣!」
玉は強大な闇の奔流となって、ザゴスに襲い掛かった。




