72.女神像の謎
「なるほど、『オドネルの民』か……」
ヤーマディス領主の館、拝謁の間。報告を受けた領主ドルフは難しい顔でうなった。
ザゴスとフィオ、そしてヘンリエッタがヤーマディスに戻ったのは、襲撃から7日後のことであった。
朝一番にバックストリアを出て、昼過ぎにヤーマディスへ帰ってきた三人は、すぐにその足で領主の館へ向かった。
ドルフの耳にもバックストリアでの出来事は届いており、「心配していたぞ」と三人を自ら出迎える。そのまま拝謁の間に入り、フィオは今回の事件の顛末をドルフに報告した。
エッタが「異世界転生者」であったことも、ドルフには伝えた。彼も驚き、興味深げにエッタの話に耳を傾けた。
「『転生』、生まれ変わり……。シュンジンでは、そういう考え方もあるそうだが……」
シュンジンは、アドニス王国のあるフォサ大陸から見て遥か南西の海に浮かぶ島国で、「八柱の神を信仰しない」「魔法を使える人間がほとんどいない」「代わりに武術が非常に発達している」といった特徴を持つ、世界的に見ても珍しい文化を持つ国である。
「身体は平気か?」
お陰様で、とエッタは笑顔を作った。目覚めて3日、表面上はすっかり調子を取り戻したように見える。
「無理はするなよ。辛いなら、この『クエスト』から……」
「いいえ、最後までやり遂げます」
きっぱりとエッタは言い切る。
「このお話をお受けした時、わたしはお手伝いするような気分でした。けれど、今は違います。今回のことで、この『クエスト』はわたしにとっても宿命的なものになりましたから」
そうか、とドルフは感じ入ったようにうなずいた。
「しかし、この次はどうするつもりだ? スヴェン・エクセライが、手がかりを追ってくれているのだろう? 彼がその正体を突き止めるまでは、動きようがないのではないか?」
ザゴスらがバックストリアを発つ前日に、スヴェンもまた「スアン高原」へ戻っていた。
(造魔獣の核には、蒼鉛鉱というあまり市場に出回らない材料が使われています。あれだけの数のブキミノヨルの角を用意したとなると、かなりの量が必要になることでしょう)
大量の蒼鉛鉱を調達する方法となると限られてくる。そこから『オドネルの民』に辿り着けるかもしれない。
そちらの調査は任せてほしい。そう言い置いて、スヴェンは発っていた。
「そのスヴェンといくつか話をしたのですが、他に気になる点が出て参りまして」
フィオは懐から白い何かを取り出した。4スイ(1スイは約3センチ。4スイは12センチほど)ばかりの精緻な像であった。剣を携え、二重円の光背を負った女神像である。
「この『戦の女神像』なのですが、ボクはこれを『五大聖女』の家系すべてに伝わるものだと聞いていたのです」
しかし、その「五大聖女」の家系であるはずのスヴェンは「見覚えがない」という。
この話題がフィオとスヴェンの間に出たのは、エッタが「マーガン前哨跡」に捕らわれている最中、その救出を相談していた時のことだ。
あの時は、エッタ救出という火急の事態が目前にあったため詳しい話が聞けなかったが、フィオは後日改めてそれについてスヴェンと話し合っていた。
(父に今回のことを報告しがてら、像のことについても手紙で尋ねてみました)
エッタが目覚めた翌日、スヴェンは父であるエクセライ卿からの手紙を見せながら続ける。
(父も見覚えがないようでした。しかし祖父が、先代の当主が健在なのですが、そっちが覚えておりましてね……)
「『戦の女神像』が、『五大聖女』すべてに伝わっているという話が出てきたのは、この100年ほどのことだ、と手紙には書かれていました」
スヴェンの祖父は御年90、アドニス王国では相当高齢の部類に入る。そのスヴェンの祖父が若い頃に「急に言われ始めたことだ」という。
「話の発信源はヴィーダー家のようです。『五大聖女』の正妻の家系として、ダンケルス家にだけ勇者と女神の縁の品があるのは沽券にかかわると考えたのではないか、そうスヴェンは推測していましたが……」
「ヴィーダーは面子を大事にするからな、さもありなんと言ったところだが……」
半ば呆れたようにドルフは首を振った。
アドニス王国北東のギーコット地方一帯を治めるヴィーダー家は、「勇者の正妻」と称されるレナ・ヴィーダーを祖とし、300年前の魔王討伐により貴族の位を与えられた。
地方最大の街ヤイマストに「健康の神殿」があること、太祖であるレナ・ヴィーダーが勇者パーティの治癒士であったことなどから、「健康の神教団」との結びつきが強い。
特に、精神器官の消耗を癒す霊薬である「魔剤」の製法を独占しており、そのことで大きな影響力を持っていた。成り上がりの新興貴族であるヴィーダー家は、旧来の貴族階級から疎まれていたが、「五大聖女」の中で最も大規模な勢力を保っているのは、その点が大きい。
ドルフの言う「面子を大事にする」傾向も、新興ゆえの劣等感の表れであろう。
「ただ、そう考えると節がそろわないところがありまして」
ここからが本題だ、とばかりにフィオは居ずまいを正した。
「前にお話しした通り、ボクはこの『戦の女神像』からのお告げを受けました」
「そのお告げのせいで、『天神武闘祭』にわたくしが出られなかったわけですが」
エッタが横から口を挟む。
フィオは、自分の家であるダンケルス家が没落の道を辿ったのは、ないがしろにされた「戦の女神」の逆恨みである、と信じている。故に「戦の女神」のお告げに逆らい、「天神武闘祭」に出場する際はエッタをヤーマディスに置いていき、一人アドイックへ向かったのだった。
「しかし、『戦の女神像』を持つ者は、ボクだけではなかったのです」
そうだったな、とうなずき、ドルフはどこか縮こまるようにして座している大男の方に目をやった。
「そうなンスよ。俺、いや自分が持ってた像は、確かゾックス家かどこかの像で……」
ゾックス家もまた、ダンケルス家やヴィーダー家、エクセライ家と同じ「五大聖女」の家系であった。ちらりとザゴスはフィオに目を向ける。
「ザゴスの言うように、像にはゾックス家の紋章が彫られていました」
そこがおかしい、とフィオは断言する。
「ゾックス家が滅んだのは150年前、ヴィーダー家が『「五大聖女」の家系には、すべて「戦の女神像」が伝わっている』と言い出す50年も前です」
ヴィーダー家以外の四家は、「『戦の女神』を信用するな」という勇者ヒロキ・ヤマダの遺言に従い、「戦の女神」への信仰を捨てている。そのせいで没落し、ゾックス家ともう一つのグレイプ家は滅んだ、と言われている。
それ故、ゾックス家が存続している間に、自家の家紋を彫った「戦の女神像」を作ったとは考えにくい。
「思えば、この『戦の女神像』のお告げが、今回のことのはじまりでした」
「加えて、『オドネルの民』のデジールという幹部が、こんなことを口走っていましたの」
フィオの言葉をエッタが継いだ。
「『邪神教団』はタクト・ジンノを召喚したが、何者かに勇者を『掠め取られた』と……」
「掠め取られた?」
どういう意味だ、と尋ねるドルフにエッタは続ける。
「どうやら、タクト・ジンノの動きというのは、『オドネルの民』にとって計算外だったようなのです」
「それは単純に失敗したってことじゃないのか?」
いいえ、とエッタは首を横に振る。
「引っかかるのは『掠め取られた』という表現です。召喚したはいいものの、勇者の動きを操っていたのは『オドネルの民』ではない、まったくの別物……」
「……! つまり、第三勢力か」
ややこしい話になって来たな、とドルフはのけぞった。
「『オドネルの民』も、その第三勢力の正体は掴めていないようです。フィオの実家――ダンケルス家を疑っていましたが……」
「誓って無関係です。ボク一人なら示し合わせておけばいいですが、実際にはザゴスの他にも少なくとも二人以上の人間が、お告げを聞いていますし……」
ふーむ、と難しい顔でドルフはうなった。
「ところで、女神像のお告げを受けたもの残る二人、その内の一人はカタリナという『戦の女神』の熱心な信徒でした」
「カタリナは、あのガキ――タクト・ジンノの世話をして、面倒を一番見てたンス。それに、最初にガキと会ったのもカタリナだって話で……」
それについては報告を受けている、とドルフは二人にうなずいて見せた。
「実はな、『天神武闘祭』決勝戦の直前、俺の可愛い姪っ子――ディアナが、そのカタリナと会って話をしている」
偽勇者の烙印を押された「異世界転移者」タクト・ジンノは、アドニス王国の姫であるディアナに求婚していた。ディアナ姫がそれを受ける条件としたのが、「天神武闘祭」の優勝であり、そのことについてカタリナと「話し合った」のだという。
「ディアナはその時に直接素性を聞いたらしい。カタリナは『戦の神殿』の大祭司・セシル聖の娘だそうだ」
大祭司は、アドニス王国で信仰される八柱の神、それぞれの教団の最高指導者である。
そう言えば「ニギブの森」からの帰り道に、そんな話をしていたような気がする。聞き流していたのですっかり忘れていたが、とザゴスはフィオの顔をうかがう。
「神殿の関係者だとは思っておりましたが、よもや大祭司の身内とは……」
「フィオ、これはやっぱり……」
そうだな、とフィオはエッタを振り返る。
「おいおい、二人でわかってないで俺にも教えてくれよ」
少し冗談めかして、ドルフが先を促す。
「では、ここでまとめておきましょう」
コホン、とわざとらしい咳払いをしてエッタは続ける。
「まず、タクト・ジンノを勇者として召喚したのは『オドネルの民』です。
でも、その勇者を『オドネルの民』は『掠め取られた』と言っています。
そのタクト・ジンノを、実際に勇者として盛り立て面倒を見ていたのがカタリナさんという『戦の神殿』の大祭司の娘です。
そして、フィオやザゴスに勇者にまつわるお告げを与えていたのは『戦の女神』の像。二人の行動を、タクト・ジンノの有利に働くように操作していました……」
さて問題です、とエッタは何故かザゴスの方を振り返る。
「『オドネルの民』から勇者を掠め取った第三勢力として、もっとも怪しいものを挙げなさい。配点は10点です」
はいザゴスくん、と名指しされ、ザゴスは岩のような顔にしわを刻んだ。
「そりゃ……『戦の神殿』じゃねえのか?」
正解です、とエッタは手を合わせた。
「というわけで、我々は『戦の神殿』のあるマッコイへ向かおうと考えておりますの」
マッコイは「商業都市」の異名を持つ港町だ。勇者ヒロキ・ヤマダの仲間である「三賢人」が一人、ドルネロ・ヤードリーを祖とする「ヤードリー商会」が牛耳っており、「戦の神殿」は現在、この街にあった。
ヤーマディスからマッコイまでは、南西へ直線距離にして150マルン(※1マルンは1.5キロメートル、150マルンはおよそ225キロメートル)、早馬車を乗り継いでも5日はかかる距離だ。
「『戦の神殿』が、『オドネルの民』の情報を握っている可能性は高い、とボクらはにらんでいます。無論、それを問いただすのは一筋縄ではいかないでしょうが……」
「なるほど、あいわかった」
長い報告を聞き終え、ドルフはどこか倦んだようなため息を吐いた。しかし、すぐに表情を引き締めて続ける。
「バックストリアの襲撃のこともあり、兄上――陛下の方でも『オドネルの民』に関する調査を行っている。危険な連中だ、これ以上捨て置くわけにはいかん」
この騒ぎ、思っていた以上に大事になりそうだ。ドルフはそう言って天井をにらんだ。




