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冒険者ギルドの受付でチート持ち主人公の噛ませ犬にされた男の一生  作者: 雨宮ヤスミ
マッコイ編

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73.商業都市マッコイ

 

 

 アドニス王国の各地を結ぶ街道を血管とたとえるならば、そこを行き来する「ヤードリーのキャラバン隊」はさしずめ血液であろう。その観点で言えば、キャラバンの始点であり終点であるこのマッコイの街は、アドニス王国物流の心臓である。


 無論、それは陸路の話だけではない。マッコイは王国最大の貿易港を構える、海の玄関口でもあった。同じフォサ大陸のクオニシム王国やワウス王国、キュクノス連合などの他、遠くマグナ大陸やシュンジン国などの海の向こうとの交易も行っている。


 300年前までひなびた漁港であったこの街を発展させたのは、「三賢人」が一人ドルネロ・ヤードリーと、彼が創始した「ヤードリー商会」に他ならない。


 元々は時の勇者ヒロキ・ヤマダの魔王討伐を支援するべく、ドルネロを中心に多くの商人が結集したのがはじまりとされる「ヤードリー商会」は、戦後疲弊した国々に金を貸すことで影響力を更に拡大する。


 そして、遂にはマッコイの街の自治権までを得た。貴族階級にない者の集まりが、街の運営を担っているのは、アドニス王国では異例のことである。


 この街に「戦の神殿」が遷(うつ)されたのは、およそ250年前のことだ。


 元々「戦の神殿」は、ダンケルス家の治めるフォーク地方に座していた。しかし勇者の死後、ダンケルス家と「戦の神殿」の間に対立が起こる。これは、「勇者の遺言により、ダンケルス家が『戦の女神』への信仰を捨てたため」とされているが、実情は定かではない。


 ダンケルス家についた領民と、「戦の神殿」についた領民の間で抗争が起きるなど、対立は激化。そこに仲裁に入ったのが、「ヤードリー商会」であった。


 ダンケルス家、神殿、商会の三者間での協議の末、「戦の神殿」をマッコイの街に遷宮する案で合意がもたれ、アドニス王国の元老院もそれを承認した。以後、「戦の神殿」は「ヤードリー商会」の庇護の下にある。


 しかしながら、ダンケルス家との対立などからくる印象の悪化や平和な時代も相まって、他の七神に比べると今一つ存在感が薄いことは否めない。300年前に、魔王を倒した勇者を召喚した神とは思えない程である。


 無論、マッコイの街の中ではそれなりに信徒は存在する。ただ、肝心の商人層にあまり信仰が普及していなかった。商人というものは現実主義なのか、現世利益の薄い神は拝まない。彼らの間で人気が高いのは「健康の神」や、航海や旅の安全をもたらす「海の神」「旅の神」であった。


 ◆ ◇ ◆


 ヤーマディスから長距離馬車を乗り継ぐこと5日、ザゴス、フィオ、エッタの三人は遂にマッコイの城門をくぐった。


 城門を入ってすぐの広場から目抜き通りにかけては、年中門前市が開かれており、露店が軒を連ねている。「全世界の品物が集まってくる」と銘打たれており、大きな賑わいを見せていた。


 喧騒と、潮の香りに包まれた大通りを一行は進む。まずは「冒険者ギルド」を目指し、その後「戦の神殿」を訪ねる腹積もりであった。


「……えらく見張りの方が多いようですわね」


 帽子を少し目深に被り直し、辺りをはばかるようにして、エッタは小声でこぼす。


 その言葉通り、露店や商店の合間に、揃いの胸当てとバケツのような兜をつけた衛兵らしき者たちの姿がちらちらと見受けられた。


「泥棒対策ですかね? それにしてはピリピリしてるような……」

「あんましそっち見んな」


 ザゴスも声を潜めて応じる。


「連中、俺らのことを見張ってやがるぞ」


 そのようだな、とフィオも同意を示した。


「普通の衛兵ではないな……。あの胸当ての紋、『戦の女神』のものだ」


 この街に立つ兵士風の一団は、アドニス王国の街で見かける一般的な衛兵とは装備からして違うようだった。フィオの指摘した二重円の紋章の他、手にしているのも7シャト(約210センチ)近い、長い棍であった。丸木の両端に金属の石突がつけられている独特の武器である。


「あいつら、何モンだ……?」

「わからん。だが、こちらを見張っているというのは確かなようだ」


 門前市の賑わいの底で、殺気立った気配がかわされる。その緊張の糸は、不意に響いた声で断ち切られた。


「ちょいとそこ行くお嬢さん方」


 声の主は露天商のようだった。つい立ち止まってしまった三人は顔を見合わせる。


 奥に座っているのは、黒いジャケットにスラックス、帽子をかぶった男であった。中からこちらへ手招きしている。


「あら、何でしょう?」


 エッタは無警戒にそう応じつつ近づく。「おい」とフィオはそれを追い、ザゴスも続く。


「まあ、何てかわいらしい!」


 カウンターの上には、アドニス王国ではあまり見ない装飾の宝飾品が並んでいる。


「おい、遊びに来たんじゃないんだぞ?」

「少しくらいいいじゃないですか。ほら、これ猫ちゃんのデザインですよ」


 たしなめるフィオに、エッタは「にゃーん」と猫のチャームを指差す。のぞきこんで、また猫かよ、とザゴスはうんざりした。


「おう、お目が高い。そいつはマグナ大陸はモウジ神国で好まれている品さ」


 帽子の男はにやりと笑った。


「あそこのバヌス砂漠には、猫を特別にかわいがる街があってな、そこで買い付けて来たんだよ」

「へー、そんな街があるんですね」


 行ってみたいですわー、とのん気なエッタをよそに、フィオは憮然と応じる。


「悪いが、我々は買い物をしに来たわけではない。別段用がないというなら……」

「あるさ、用事はな」


 不意に帽子の男の目つきが鋭くなったように感じ、フィオは警戒をあらわにする。ザゴスも、腰の斧に手を回した。エッタだけは気付かないのか構わないのか、宝飾品を見ている。


「俺はこういうもんだ」


 帽子の男はジャケットの襟を指差した。そこには上を指す三本の矢印を束ねたような、「ヤードリー商会」の社章が金色に光っていた。


「そちらも綺麗ですわね。でも、それが何か?」

「『ヤードリー商会』の社章か。だが、この街で商売をしているなら珍しくもあるまい」


 二人の反応に、帽子の男はガクッと肩を落とした。ずれた帽子をかぶり直し、気を取り直したように顔を上げる。


「この社章は、一般社員は金属光沢なしの白、役職付きは銅や銀色って階級で色が決まってんだよ。つまり、これ見てピンと来てほしいってわけよ」

「ピンと来て、と言われましてもねえ……。で、金色は何なんです?」


 よくぞ聞いてくれました、とばかりに男はにやりとする。


「十二番頭。『ヤードリー商会』のイェンデル・リネンとは俺のことだよ」


 帽子の男――イェンデルは不敵な笑みを浮かべた。間違いなく、ばっちり衝撃を与えられたことだろう、と得意げですらあった。


 しかし、フィオもエッタも、その背後のザゴスも、軒並みきょとんとしている。


「いや、そんなドヤ顔浮かべられても」


 エッタから不審げなじっとりとした視線を送られて、イェンデルはたじろいだ。


「ドヤが……?」

「十二番頭だかなんだか知りませんけど、会社の中でしか通じない役職をドヤっても、この生き馬の目を抜くような社会では生きていけませんわよ? 終身雇用が当たり前だった時代とは違うのですから。ポータブルスキルを持ちなさい」

「さっきから何の話だよ!?」


 ドヤとかポータブとか、昔いた世界の言葉か? とザゴスは後ろで首をかしげた。


「彼女の言うことはともかく」


 エッタを手で制し、フィオは一つ前に進み出た。


「十二番頭と言えば『ヤードリー商会』の取締役であり、このマッコイの自治にも携わっている、言わば首長だ」


 「ヤードリー商会」では、数多いる商人や商店の代表である十二人の番頭による合議制が取られている。マッコイの街の統治も、彼ら十二番頭によって行われていた。


「そんな人間が、こんな屋台で宝飾品を手ずから売っているとは信じがたい。社章を見せられたからと言って『はいそうですか』とはいかん」

「そうそう、わたくしが言っていますのも、そういうことですわよ!」


 絶対違うだろ、とザゴスは思ったが、またどうせ構ってほしいだけだろうとも思い、口には出さなかった。


「こいつは手厳しい」


 帽子を片手で押さえ、イェンデルは首を横に振った。


「フィオラーナ・ダンケルス卿、聞きしに勝る冷静さだ」


 名前を呼ばれ、「む」とフィオは顔をしかめる。


「こいつ、何モンだ……? 何でフィオの名前を……」

「ボクの名前や肖像は、『天神武闘祭』の件で『ニュース』に出ている。商人の端くれなら、知っていて当然だ」


 イェンデルの評価通り、冷静な口調でフィオは応じる。


「俺が知ってるのはあんただけじゃない。そっちのお姉さんはヘンリエッタ・レーゲンボーゲン、かの有名な『七色の魔道士』だ」


 おやおや、とエッタは少し嬉しそうに笑う。


「そして向こうのおっかない顔のお兄さんはザゴス・ガーマス。アドイックの中堅冒険者で、ダンケルス卿を助けて『天神武闘祭』で優勝した」


 ぬお、とザゴスは流石に驚いた。これまで、こんな風に名指しされたことはない。「ニュース」でもフィオが主たる扱いで、ザゴスは従者扱いであったから。


「エッタはともかく、俺の名前まで知ってるとは、あんたホントに何モンだ?」


 ザゴスの驚愕に満足したのか、イェンデルは含み笑いする。


「ふっふっふ、この俺は……」

「ザゴス、自分で言ってて悲しくなりません?」


 そんなイェンデルを構わず、エッタはザゴスを見やった。


「……コホンッ、この俺は……」

「どうです? この有名で美しく天才のわたくしが、涙を拭いて差し上げましょうか?」


「俺は……」

「何なら、二つ名も考えて差し上げましょう。『山賊あがり』なんていうのはどうです?」

「茶々入れんな! 話しにくくなってんだろ! あと元山賊じゃねえよ!」


 寄せ二人とも、とフィオは間に入ると、イェンデルに続きを促した。


「失礼した。で、貴殿は何者だ?」


 深々とため息をついて、イェンデルは居ずまいを正した。


「スヴェン・エクセライを知ってるだろ? 俺は彼の数少ない友人の一人でね」


 その名を聞いて、にわかにフィオの目が真剣になる。


「あいつから頼まれたのさ。あんたらがマッコイの街に来るから少し案内してやれってさ」


 俺も忙しいってのに……、とボヤきながらもイェンデルは笑った。

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