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冒険者ギルドの受付でチート持ち主人公の噛ませ犬にされた男の一生  作者: 雨宮ヤスミ
幕間

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75/222

その時のバックストリアの冒険者(下)

 

 

 悪夢のような襲撃の夜から6日経ったその日、テオバルトは冒険者ギルドへ向かっていた。


 あの襲撃の日から「碩学の蜻蛉広場」に設けられた臨時の救護所で4日ほど療養した後、テオバルトはギルドの呼び出しを受けた。ギルドを通さずに「クエスト」を受注した件についての事情聴取のためである。


 テオバルトは、その場で包み隠さずにすべてを話した。サイラスの弟子を名乗った白い髪の男・デジールのこと、すべてはエクセライ家の意向だと言われたこと、襲撃してきた魔獣――ブキミノヨルに生えていた角を埋めさせられたこと。そして、埋めた場所を見張るように言われていたこと……。


 テオバルトの証言に、同席していた大学の関係者たちは色めき立った。


 しかし、テオバルトにとって意外だったのは、誰も「襲撃の主犯はエクセライ家だ」と言い出さなかったことだ。むしろ、「名前を出されたエクセライ家は被害者だ」と言わんばかりの雰囲気であった。セロが前に話していた、エクセライ家を煙たがっているという理事のルドルフ師も、難しい顔をするばかりだった。


 更には、城門前に出現した巨大魔獣討伐に参加した功績から、「今回の違反は不問に処す」という裁定が下った。冒険者資格の失格処分くらいは、覚悟していたというのに。


 何となく、それで気持ちが宙ぶらりんになったのかもしれない。長らく住んでいた住居も、前の襲撃で跡形もなくなってしまっていた。


 廃業するか。


 浮き草のような冒険者稼業も潮時ということかもしれない。そう感じて、テオバルトは故郷のカーサ村へ帰ることを決めた。そして、冒険者証の返納手続きのためにギルドを訪ねたのであった。


「……!」


 ちょうど入り口から出てきた、冒険者の一団とテオバルトは鉢合わせる。


「テオバルト……、怪我はもういいのか?」


 そのパーティのリーダー・リックが愛想よく話しかけてくる。ほとんどしゃべったこともない、むしろ自分たちを嫌っていたはずの相手だ。テオバルトは眉間にしわを寄せて、リックの顔を見やる。


「……まあな」


 無愛想だなあ、とリックの隣にいたユントが言い、それを押しとどめるように治癒士(ヒーラー)のトレヴァーがその肩に手をやる。


「その……、ウルリスたちのこと、残念だったな」


 思ってもいないことを、とテオバルトは嫌悪感さえ抱く。ラインがリックの妹である探索士(スカウト)のアイリに言い寄って一悶着あったために、両パーティ間の感情は最悪だった。


 とりわけ、ユントなどはかなり辛辣にテオバルトらのことを批判していたはずだ。そのくせ、今は悼むような表情を作っていた。


「相変わらず、お人好しに見せるのがうまいんだな」

「君ねえ……!」

「止すのだ、ユント」


 トレヴァーがまたその肩を掴んでユントを止める。


「同じギルドの冒険者じゃないか。別にポーズで言ってるわけじゃない」


 どうだかな、とテオバルトは肩をすくめ、リックらの端を回りこんでギルドの戸に手をかける。


「なあ、お前これからどうするんだ?」


 その背中に、リックが声をかけてくる。アイリが「もういいじゃん、兄貴……」とたしなめるのも聞こえた。


「パーティも全滅しちまったし、冒険者続けるのか?」

「お前に心配されることじゃねぇよ」


 振り向かずに言い捨てて、テオバルトはギルドの中に入って行った。



「相変わらず感じの悪いヤツ……」


 鼻を鳴らすユントに、アイリも同意する。


「ホントそれ。兄貴も別に気にする必要ないんじゃないの?」

「ここで辞めちまうには惜しいよ。テオバルトの実力は知ってるだろ?」


 あの襲撃の日、城門前に出現した巨大魔獣を撃退した冒険者の一人が、テオバルトであることはリックたちも聞かされていた。それを抜きにしても、素行はともかくバックストリアでは五指に入る魔道士と元々名高い存在だ。


 それが、今日はどこか虚ろな様子だった。怪我をして寝込んでいたのを差し引いても、随分と生気がなく見える。パーティの全滅に伴って、廃業してしまう冒険者は多い。テオバルトもそうなるのでは、とリックは心配していた。


「そんなだからお人好しとか言われんのよ」


 まったく、とアイリは鼻白む。兄に迫力がないから、あのヤらしいラインに自分が付け狙われた、とそう考えているのだ。


「しかしリック、いくら実力があれど本人にその気がなければ、冒険者というこの厳しき生業、続けて行くのは難儀なことでは?」


 そりゃあな、とリックは一つうなずきながらこう続けた。


「でも、このまま終わるヤツじゃないさ」


 そうだろう? 閉じられたギルドの扉を見つめ、リックはそう独り言ちた。




 リックらと別れ、テオバルトはギルドの中に入ると、受付へまっすぐ向かった。


「おや、テオバルト。いいところに来たわね」


 顔を出したエリンにそう声を掛けられて、テオバルトは出鼻をくじかれたような気分になる。そもそも、入り口でリックたちと出くわしたことも、幸先が悪い。切り離した後ろ髪を引かれるような気がしてしまう。


「人をやって、呼び出そうかと思っていたところなの」

「……まだ事情聴取でもするのか?」


 いいえ、とエリンはかぶりを振った。


「あなたに直接依頼したいって人がお越しよ」

「俺に?」


 冒険者ギルドに依頼を行う場合、大きく分けて二種類の方法がある。


 一つが、不特定多数の冒険者に依頼を行う方法だ。依頼の内容からギルドが当該「クエスト」にふさわしい所属冒険者を選定し、斡旋する。先に魔素状況の調査をバックストリア大学が依頼していたが、あのような大規模な「クエスト」にもこちらが使われる。


 もう一つが、所属冒険者を直接指名して依頼する方法である。こちらの方法をとるのは、継続的な依頼であったり、依頼主が冒険者と個人的に面識がある場合などが挙げられるほか、高名な冒険者を指名するという形でも行われる。


 テオバルトは実力はともかく評判は芳しくないため、直接指名の依頼を受けることは少ない。更に言えば、今はパーティが解散中だ。それなのに何故、と訝しむ。


「……依頼主は誰だ?」

「僕です」


 背後からかかった声に振り向くと、そこにはローブをまとった青年が立っていた。バックストリア大学の研究職に掃いて捨てるほどいそうな、活発からは程遠い印象の優男だ。その腕には、何故か黒猫を抱いている。


「はじめまして、テオバルトさん。僕はスヴェンと申します」


 そう名乗った青年は近づいてきて右手を伸ばしてくる。テオバルトは、その伸べられた手とスヴェンの顔を交互に見回した。


「スヴェンさん、詳しい話は奥でなさってください」


 にこやかにエリンはそう声をかけると、受付横の自由扉を開ける。


「では、参りましょうか」


 奥へと歩みを進めるスヴェンに、テオバルトは「いや、待てよ」と声をかける。


「俺は、もう……」

「あら、何かあるの?」


 テオバルトはエリンの方に向き直った。


「俺は、今日脱退の手続きをしに来たんだ。冒険者はもう引退する」


 おや、とスヴェンは足を止めて振り返った。


「では、僕の依頼が最後の『クエスト』になるんですね」

「……いやいや、違うだろ! 受けないって言ってんだよ!」


 え、とスヴェンは「言ってる意味がわからない」とばかりに首をひねる。同じように胸に抱かれた猫も小首をかしげるので、二重に腹が立った。


「引退すんだよ、俺はもう! だから依頼は……」

「受けてもいいじゃない」


 エリンが口を挟む。


「引退はいつでもできるでしょう。せっかくの指名の依頼よ? ほとんど受けたことないんだから、記念にやってみてからでもいいじゃない」

「そうですよ」


 すかさずスヴェンも便乗してくる。


「僕は是非、あなたにやってほしいんですよ、テオバルトさん」

「こんなこと言ってくれる依頼主なんて、そうそういなくってよ?」


 クソッ、とテオバルトは吐き捨てる。半ば押し切られるような形で、スヴェンと共にギルドの二階へ上がった。




 救護室の隣の部屋に、テオバルトとスヴェンは入った。狭い部屋で、中央に置かれた机と二脚の椅子だけで、ほとんどいっぱいのように見えた。二人は机を挟んで椅子に腰かける。


 「どうぞごゆっくり」とエリンが去った後、スヴェンは改めて名乗った。


「改めまして、テオバルトさん。僕はスヴェン・ヴィルヘルム・ヤマダ・エクセライと申します」

「エクセライ、だと……!?」


 否応にも、あの白い髪の男のことが頭をよぎる。何をしに来た? とテオバルトは椅子を跳ね飛ばすように立ち上がって身構える。


「いえいえ、デジールという人とは、何の関わりもありませんよ」


 その思考を読み取ったように、スヴェンは先回りした。


「……今度はギルドを通して依頼する気になったってことか?」

「あなた達のパーティに、あのねじくれた黒い角を埋めるように依頼した彼らは、エクセライ家の人間ではありませんよ」


 こいつ、どこまで知ってやがる? 柔和に微笑んだその顔から読み取れる情報は少ない。それだけに、あのデジールという男の仲間が、自分を始末しに来たとしか思えなかった。


 とりわけ、猫を抱えていることがテオバルトの警戒心を煽っていた。


 猫を抱く者に注意せよ。


 テオバルトが生まれたマティアス地方ではそう言い習わされている。猫とは鼠を捕る狩人だ。腕に抱かれていては、その役割を果たせない。技能のある者を活かさずに閉じ込めているのは、余程のバカ者かあるいは何かしら腹に一物あると目され、故に「信用してはいけない者」という意味になる。


「知りたくありませんか、彼らの正体」

「お前の方が、よっぽど正体不明だろうが……」


 これはこれは、とスヴェンは微笑を浮かべたままかぶりを振った。


「僕は名乗った以上の者ではありませんよ。エクセライ家の次期当主として、それは誓って本当です」


 ねえメネス、と何故か猫に同意を求める。ゴロゴロと黒猫が喉を鳴らしたのを見て、スヴェンは「ね?」と顔を上げる。


「何の証明にもなってねえよ!」

「手厳しいですねえ……」


 心外だ、とでも言わんばかりの様子であった。


「気になりませんか? この街を襲った魔獣の正体――いや、あなたの仲間たちを皆殺しにした黒幕のこと」

「……そりゃ、サイラス・エクセライじゃねえのか?」


 少なくとも、バックストリアの街ではそう言われていた。エクセライ本家とバックストリア大学の接近に反感を抱いていたサイラスが、いにしえの「邪法」を用いたということになっている。これは元老院発行の「ニュース」にも書かれていることで、王国の公式見解である。


 エクセライ、を殊更に協調するテオバルトに、スヴェンは「それの後ろがいるから、黒幕だと申しているのです」冷静に応じる。


「アドニスには、この300年――いや、下手したらもっと長い間、王国を裏から蝕み続けてきた何者かがいます。それが、今回の事件の黒幕だと僕は確信しています」


「急に話がでかくなったな」

「最初から大きな話ですよ。街一つが潰されかけたのですから」


 そう言い返して、スヴェンは続ける。


「そう、大きな話なのです。だからこそ、仲間が必要なんです。でも、誰が信用できて誰が信用できないのか、皆目見当がつかない……」


 あなたのおっしゃるように、とスヴェンの笑みがどこか自嘲気味なものに変わる。

「あのサイラス師も、その一味でした。エクセライ家には、他にもあちらに加担している者がいるかもしれません。だから、時期当主の僕と言えど、おいそれと家の者を信じるわけにはいかないのです」


 だから外の者に依頼するのだ。なるほどな、とスヴェンは椅子を引いて腰かける。


「話を聞いてくれるんですね?」

「……何で俺なんだ?」


 肯定も否定もせず、テオバルトはただそう尋ねる。一連の話は納得できるものではあるが、それが何故自分を指名することに繋がるのか。その理由が知りたかった。


「一つは、あなたがデジールというあの白い髪の男と接触していることです」


 二つ目は、とスヴェンは続ける。


「あの城門前に出現した巨大な造魔獣(キメラ)、あれとの戦いで重要な役割を果たした、そう聞きました」


 あの化物が造魔獣(キメラ)? 訝しむテオバルトを、スヴェンは「けれど最も大きな理由は……」と正面から見据える。


「人間、負けっぱなしでは終われないものです。あなたのことを知り、経歴を聞いて、そう考える人だと僕は思ったのです。だからきっと、力になってくれるはずだと……」

「調べやがったのか?」


 当然です、とスヴェンは平静な様子であった。


「仲間選びは慎重に。相手のことを知っておくというのは、重要なことですから」


 悪びれない野郎だな、とテオバルトは呆れながらも、自分がスヴェンの言うことにどこか惹かれ始めていることに気付いた。


「……そう言うんなら、お前のことも聞かせろよ」

「もちろんですよ」


 依頼の受注と受け取ったのか、スヴェンは明るい表情でうなずく。


「ただ、ここから先は我が家で――『スアン高原』に戻ってからということにしましょう」

「『スアン高原』!? 王国の北端じゃねえか!」


 10日以上はかかるぞ、というテオバルトに、スヴェンは「いえいえ」と首を振って、何故か膝の上の黒猫――メネスをテーブルに上げた。


「この子もいますし、すぐに着きますよ」


 本当にワケのわからん奴だな、とテオバルトは猫の金の瞳をのぞく。メネスは「にゃあ」と鳴いてテオバルトの顔を見返してきた。




 こうして、テオバルト・カーサはスヴェン・エクセライの「クエスト」を受けることとなる。その日の内に、両名は「スアン高原」へ向けて出発した。


 その後の行方については、今はまだ語るべき時ではない。

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